やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩はグチグチと文句を言っていたが、戸塚先輩に押し切られて一緒に映画館に入る。ほんとにこの人は戸塚先輩に弱いなぁ……ちなみに今は、玉縄さんと戸塚先輩が人数分のチケットを、結衣先輩と折本さんはパンフとか飲み物を買いに行っており、私と先輩は待機中である。
「先輩ってやっぱり――」
「断じて違うからな」
「ですけど、戸塚先輩の言うことは素直に聞くじゃないですか」
「戸塚が特別なだけで、他のヤツに興味は無い。これが例えば材木座だった場合、俺は迷わず帰ってるからな」
「何だか凄い説得力ですね……」
確かに戸塚先輩のような美少年に懇願されたら言うことを聞くでしょうが、材木座先輩のような人に頼まれてもぐっと来ないという感覚は、私でも理解できる。
「でもそれって、先輩が同性愛者じゃないって理由にはなりませんよね? だって先輩、私がどれだけ近づいても嫌そうな顔しかしませんし」
「前にも言ったが、お前あざといんだもん」
「あざとくないですよー!」
確かに葉山先輩や他の男子の前では可愛く見られようとしていた時もあったが、先輩の前では結構素だったりするのだ。それなのに先輩は私の態度を演技だと思っているようで、何時まで経っても私の気持ちに気付いてくれない。
「というか先輩だって結構あざといと思うんですよ」
「どこが」
「なんだかんだ言って優しいですし、今朝だって私の朝食をしっかり用意してくれてたじゃないですか。あれだけ帰れとか言ってたんだから、普通用意しませんよね?」
「それはー、あれだ! 朝食を食べないと頭に栄養が回らないから、朝食はしっかりと摂った方がからであって――」
「急に説明クサいですよ? そんなに誤魔化さなくても、先輩の愛情はしっかりと受け取りましたから」
満面の笑みで告げると、慌てていた先輩が急に冷めた表情に変わる。これはもしかして、演技したことがバレた?
「そういうところがあざといって言ってるんだよ、俺は」
「確かに今のは演技ですけども、普段は結構素だったりするんですからね? まぁ、先輩以外の前では猫被ったりしてることは認めますけども」
「いや、俺の前でも猫被ってんじゃん」
「それは最初の頃だけですよー。最近ではかなり素を出して接してると思うんですけどね」
先輩の前では演技をする必要もない――というか、先輩には私の素の部分をかなり知られてしまっているので、今更取り繕う必要が無いのでそういう態度だということも否定しないけども、先輩には本当の私を見てもらいたいという気持ちが強いからそうしているのだ。断じて演技するのが面倒になったとか、そう言うことではない。
「お待たせ。さすがに六人横続きの席は取れなかったけども、並んで座れる席は取れたよ」
「でも、五人が横並びで、通路を挟んで一人ってちょっとかわいそうだけどね」
「なら俺が一人席で構わない。どうせボッチには慣れてるからな」
「駄目ですよ、先輩! 先輩はそうやって貧乏くじを引くことに慣れてるのかもしれませんが、ここは公平に決めないと」
「そうだよ八幡。せっかくみんなで遊びに来てるんだから、八幡だけがそういう思いをする必要は無いんだよ」
私と戸塚先輩が必死に説得し――実質戸塚先輩の説得だけだったかもしれないが、先輩はとりあえず一人席を自分から選ぶことは止めてくれた。
「どうかしたの?」
「いや、一人だけ通路の向こう側の席になっちゃって、八幡がそこで良いって言うから止めてたんだ」
「ヒッキー、また一人ぼっちになるつもりだったの?」
「いやなに? 通路挟んで離れたらお前ら俺のことをハブにするつもりだったの? まぁ、そう言うことには慣れてるから良いんだけどね」
「そんなつもりはありませんけど、ほら、映画が始まっちゃうとさすがに話しかけられないじゃないですか」
「大人しく観てろよ」
「兎に角! チケットをこうやってシャッフルして裏返しにして、どのチケットが一人席なのかを分からなくして選びましょう。こうすれば公平性が保てるはずですから」
「それが良いね。さすがいろはちゃん、良い考えだ」
玉縄さんが私の肩を叩こうと近づいてきて――
「いやっ!」
「っ!?」
「あっ……ゴメンなさい」
思わず玉縄さんの手を払って結衣先輩の背後に隠れてしまう。玉縄さんをはじめ、戸塚先輩や結衣先輩、折本さんは驚いた表情を浮かべているが、先輩だけは真顔で何かを考えている。
「いろはちゃん、どうかしたの?」
「もしかして玉縄に言い寄られてるとか? そんな事態、さすがにウケないんだけど」
「そんなことしてない!」
「力いっぱい否定するところがまた怪しいんだけど?」
「ち、違うんです……実は――」
私は前にあったこと話して、まだちょっと異性が怖いということを説明した。事情を知って玉縄さんは頭を下げてきたが、誰も悪くないのでその話題はこれで終わらせることに。
「じゃあいろはちゃんの隣は女の子の方が良いよね?」
「あっ、いえ……そこは公平にしなきゃいけませんので」
隣が玉縄さんになったらちょっと嫌だなと思いつつ、私はチケットを選んだ。全員一斉にチケットを確認した結果、一人席は玉縄さんになり、私は先輩の隣の席になった。ちなみに、反対側の席は結衣先輩で、とりあえず安心して映画を観られる席になり安堵したのだった。
映画が終わり、女子三人でトイレにやって来ているのだが、さっきから結衣先輩と折本さんが私のことをチラチラと見てきている。
「どうかしたんですか?」
「いや……異性が怖いって言ってた割に、比企谷のことは怖がってないと思って」
「だって先輩ですよ? 女子と二人きりになってもあの人が襲ってくるなんて考えられないじゃないですかー? 曰く『理性の化け物』ですよ?」
「なにそれウケる―」
「あっ、平塚先生が言ったとか言わなかったとか聞いたことがある」
私も誰が言ったかは覚えていないけども、先輩のことをそうやって表した人がいると聞いたことがある。先輩のことを的確に表しているとその時は思ったが、今はそのことがありがたいとすら感じられる。だって、先輩と一緒にいても怯える必要がないから。
「それに、戸塚先輩が隣でも私は落ち着いていたと思いますよ?」
「まぁ彩ちゃんだしね」
「あれで男だって言うんだから、女としての自信を失くしそうだよね」
「ほんとそうですよねー。戸塚先輩を初めて見た時、正直『負けた……』って思いましたもん」
「ヒッキーも最初、彩ちゃんのことを女の子だって思ってたくらいだしね」
とりあえず私が先輩に窮地を救ってもらったことを話すことなく、私が先輩のことを怯えないことに納得してもらえたようで一安心。これ以上嘘を重ねたらいずれ破綻してしまうので、できる限り誤魔化す方向で行きたかったからよかった。
「とりあえず戻ろうか。何時までもトイレに入ってたら恥ずかしいもんね」
「あの面子じゃ、気にするのは玉縄くらいじゃない? 比企谷も戸塚君も、そう言うこと気にしないだろうし」
「そうですねー」
玉縄さんの折本さんへの気持ちを知っている人間からすれば、折本さんは完全に玉縄さんに興味がないと言ってあげたいのだが、人の恋路に口を挟んで痛い目に遭いたくないので黙っていましょう。
「それで、この後はどうするんですかね?」
「とりあえずお昼じゃない? その後はその辺をぶらぶらして、行きたい店に入るみたいな感じで」
「その方が気楽でいいですね。玉縄さんのスケジュールはきっちりし過ぎて堅苦しかったですし」
元々は映画ではなく何処かテーマパークに行く予定だったようだが、直前になって折本さんが「映画が観たい」といったおかげでこのようなスケジュールになったのだ。テーマパークなど、不特定多数の異性がいる場所に行くなんて、今の私にはちょっとハードルが高い。
「いろはちゃんも、映画の方が安心できたし、カオリンのお陰だね」
「いや、一色ちゃんの事情は知らなかったけども、結果オーライならよかったよ」
この二人に嘘を吐き続けるのは心苦しいが、まさか先輩に窮地を救ってもらったなんて知られたら色々と面倒なので、このままにしておこう……
まぁ戸塚だから