やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩が作業に逃げたので、私は追いかけることはせず結衣先輩たちとのお喋りに戻ることに。結衣先輩はまだ少し先輩の手伝いをしたそうだったけども、自分の料理の腕を自覚しているので無理に押しかけることはしなかった。
「それにしても比企谷がキッチンに立ってる姿を見ることになるとはウケるんだけど」
「でもヒッキーって要領は良かったから、少し練習すればできるようになっていても不思議ではないと思うけど」
「その理論だと、結衣先輩は要領が悪いってことになりますけど?」
「わ、悪くないし!」
そもそも結衣先輩の場合は、要領以前の問題だと思うけども、そこまで追求して場の空気を最悪にすることは避けたい。なのでこれ以上結衣先輩をイジメることはせずに、視線を戸塚先輩にずらした。
「戸塚先輩は料理とかしないんですか?」
「あはは……一人暮らしだからしなきゃいけないって分かってるんだけどね……」
「意外だね。戸塚君なら完璧な料理とか作れそうなのに」
「折本さんは僕を何だと思ってるのさ。僕だって一般的なイメージ通りの男子大学生の一人暮らしだよ? 面倒な時はコンビニのお弁当や外食で済ませることが多いって」
「それでそのスタイル……羨ましい」
確かに戸塚先輩のスタイルは羨ましいものがある。男性からしたらもう少し筋肉を付けたいとか、ひょろく見られるんじゃないかと思うのかもしれないけども、女性の目線からしたら、その細さは羨ましいものでしかない。ましてその容姿……先輩が戸塚先輩の言うことを聞く理由が何となく分かってしまうのが口惜しい……
「(まぁ、先輩はあくまでも恋愛対象として戸塚先輩を意識してるわけじゃないですから良いんですけどね)」
もしそんな展開になるとしたなら、私は速攻で部屋を変えるだろう。まさか自分の隣の部屋で生活している人が同性愛者だなんて……もちろん、そういう趣味嗜好の人を否定するわけではないが、自分の想い人がそうだったらちょっとね……いったん距離を置きたくなってしまっても仕方がないだろう。
「(って、私は誰に言い訳をしてるんだか)」
「いろはちゃん? どうしたの?」
「なんでもないですよ? というか、結衣先輩は何でさっきから先輩のクローゼットを見てるんですか? あっ、ひょっとして気になるんですかー?」
「見てないし!? そっちに彩ちゃんがいるからそっちを見てるだけで、ヒッキーの服とか下着が気になってるわけじゃないから」
ほぼ自爆してるようなものですが、結衣先輩はそのことに気付いていない様子。折本さんも気付いたようですが、それを指摘してさらに慌てさせると面倒なのでスルーしたのですが、空気の読めない人が一名いたのを忘れていた。
「でもそれって、意識してるって言ってるようなものだよね?」
「「っ!」」
「?!?!?」
あえてスルーした私と折本さんは玉縄さんを睨みつけ、結衣先輩は悲鳴にならない悲鳴をあげて戸塚先輩の背後に隠れた。
「な、何か変なことを言ってしまったのかな?」
「玉縄、アンタサイテーだわ」
「さすがにないですよね」
「由比ヶ浜さん、大丈夫?」
「うん……」
「お前ら、俺の部屋で騒ぐなよ――って、なにやってるんだ?」
私たちの声は聞こえていたようだが、内容までは把握できていなかった先輩が戻ってきてこの惨状を見て一言……まぁ、内容が分からなかったらそんな感想しか出ませんよね。
「――なるほどな。玉縄、お前最悪だな」
「確かに失言だったようだ……由比ヶ浜さん、悪かったね」
「だ、大丈夫……私の方も泣いちゃってゴメンね」
こんな時でも相手のことを気遣える結衣先輩は、やっぱりいい人なのだろうな……私だったらあんなこと言えないだろうし。
「とりあえず玉縄、今日はお前帰れ」
「そうだね……由比ヶ浜さん、本当に申し訳なかった」
さすがにこのまま居続けるわけにもいかないと判断したのか、玉縄さんは先輩に言われた通り部屋から去っていく。それで漸く落ち着いたのか、結衣先輩も戸塚先輩の背中から顔を出して私たちに頭を下げた。
「急に泣いちゃってごめんね。ちょっとびっくりしちゃってさー、あはは……」
「気にしなくて良いって。あれは結衣ちゃんじゃなくて玉縄のヤツが悪い」
「そうですよね。あんなデリカシーのないことを言うなんて信じられません」
「そもそも一色が冗談を言わなければそんなことにならなかったんじゃないのか?」
「先輩シー! 今それはシーです!」
せっかく玉縄さんが全て悪いみたいな感じで終わりそうだったのに、先輩の一言で余計なことになりそうになったので私は全力で先輩の口を塞ごうとしたが、そんな光景を見て結衣先輩は笑ってくれた。とりあえず、今後の関係が微妙な感じにはならなさそうで良かった。
先輩の家で過ごしてからまた暫く経ち、私も漸くバイト先が決まった。
「じゃあ、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
初日ということもあっていろいろと教わったり、一緒に作業をすることしかなかったけども、ここならそれ程苦労することもなく働けそうだなと感じた。だって、殆どの従業員が女性で、客層も女性多めだから。
「そうそう、一色さんの他にももう一人雇うことになってるから、後で挨拶しておいてね」
「一緒の時間じゃないんですね」
「一色さんより少し遅い時間を担当してもらうのよ。前までなら別の人がいたんだけど、この職場でしょう? 居心地が悪かったみたいでね」
「男性だったんですか?」
「えぇ。さすがに全て女性の店じゃ、男性のお客さんは望めないかなーって」
そういう目的のお店ではないので、女性だらけの場所に男性が入るのは勇気がいるだろう。だが一人でも男性店員がいてくれればその敷居は多少低くはなる。そういう考えのようだ。
「もうそろそろ来てくれるとは思うんだけどね」
「おはようございます」
「あっ、来たみたい」
背後から掛けられた声に、私は聞き覚えがあった。というか、ほぼ毎日聞いているような声だった気がするのは気のせいだろうか。
「おはよう、比企谷君。今日からよろしくね」
「こちらこそよろしくお願い――って、一色?」
「やっぱり先輩でしたか」
「えっなに? 知り合いなの?」
私と先輩の遣り取りを見て、事情説明を求めてくる先輩店員。まぁ、初対面ではないことは今の遣り取りで分かるだろうけども、さすがに詳細までは分からないだろう。
「高校の先輩なんですよ。今もいろいろとお世話になってるんですけど、まさか同じバイト先になるとは思っても見ませんでしたよ。と言うか先輩、バイト何個掛け持ちするつもりなんですか?」
「俺はあくまでも次が見つかるまでのつなぎだ。ここのお店のオーナーとちょっとした知り合いで、次が見つかるまでと頼まれてな……」
「先輩の交友関係って、相変わらず謎ですよね」
「ほっとけ。というかお前こそ何でここで?」
「先輩は私の事情、知ってますよね?」
「まぁな……」
私が若干男性恐怖症であることは面接の時正直に話している。だからそこは深く追及されなかったが、別ことを聞かれてしまう。
「一色さんは比企谷君のことは大丈夫そうだけど、何か事情があるのかな?」
「それは……」
明らかにからかえそうなネタがあると分かっている顔で確認してくる先輩店員。どう答えるべきか考えていると、先輩が代わりに答えてくれた。
「こいつがそうなった原因は聞いてますか?」
「まぁ一応ね。採用するにしても、全く異性がダメじゃ雇わないし」
「なら詳細は省きますね。その現場から助け出したのが自分だから、恐らく自分のことは恐れなくても大丈夫だと思っているのではないかと」
「そうなの?」
「真相は自分には分かりませんが」
そう答えた先輩の背後から、オーナーらしき人が先輩を呼び、先輩はそちらに向かう。先輩の姿が見えなくなってから、先輩店員が私に耳打ちしてくる。
「てっきり比企谷君のことが好きだから大丈夫なのかと思っちゃった」
「なっ……」
「おっ、図星?」
結局からかわれてしまったが、その後の仕事は問題なくこなすことができた。何かあっても先輩がいると思えたことが、一番の原因なのかもしれないけど……
いろはも結構分かり易いと思うんだが