やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
まだ少し男性客には身構えてしまうが、先輩店員たちのフォローもあり、私は順調にバイトを続けられている。もちろん、先輩店員たちのフォローだけじゃ続けられていなかったかもしれない。
「(何かあっても先輩が奥にいるって思えるから、こうして耐えられるんだろうな)」
期間限定と言っていたが、今のところ先輩がこのバイトを辞める様子はないし、偶に私の様子を窺っているようだと先輩店員たちから聞いている。
「(本当にあざといのは先輩の方なんですから……そんな風に心配されたら、気にしちゃうに決まってるじゃないですか)」
先輩が特別な感情で私のことを気にしているわけではないということは分かっている。そもそもあの人がそんな感情で動くとも思えないし、むしろ私にそんな感情を向けてくるなんて思えない。
「(それでも、私は先輩との関係を続けたい)」
何時までも後輩扱い――妹扱いのような気もするが――で満足していられるわけがない。だって私は、先輩が欲した『本物』が欲しいのだから。
「一色さん、そろそろ上がっていいよ」
「あっ、はーい。お疲れさまでしたー」
そんなことを考えながらバイトをしていた所為か、何だか今日は凄く早く終わったような気がする。
「比企谷君も、お疲れ様」
「お疲れさまです」
「どうせなら、一色さんのことを送ってあげなよ。比企谷君なら、一色さんも身構えずに済むだろうし」
「はぁ……一色、どうする?」
「そうですねー、先輩がどうしてもって言うなら送ってもらっても良いですけど」
「じゃあどうしても嫌なので。俺は先に帰る」
「冗談じゃないですかー! そんなに拗ねなくても良いじゃないですか」
本気で先に帰りそうな感じだったので、私は慌てて先輩を止める。一人でも帰れるが、今日は帰りに買い物をしておきたいのだ。先輩がいてくれた方がスムーズに買い物ができる。
「比企谷君も一色さんも仲が良いわね。羨ましいわ」
「そうですかね? ほら一色、帰るならさっさと支度しろ」
「はーい」
先輩の方も冗談だったようで一安心。私は急いで着替えて通用口前で待っていてくれた先輩と合流することに。
「それじゃあ、さっさと帰るか」
「ちょっと買い物したいので付き合ってください」
「買い物? そんなの一人で――」
「行きたくても行けないって分かりますよね?」
「……はぁ、いい加減俺以外に大丈夫な相手を見つけてくれませんかね?」
「そんな人いないので、当分は先輩で我慢してあげてるんです」
「我慢してまで俺が付き合う必要なくね? 一人でも行けるんだから行けばいいじゃないか」
確かに一人でも十分に買い物を済ませることはできる。だが何時この前のようなことがあるかもしれないと考えると、遅い時間に一人で外出するのは避けたい。その点先輩が一緒ならば安心できるし、いざとなれば楯になってくらいには私のことを心配してくれていることを知っている。だからこうして悪態を吐きながらも付き合ってくれるのだ。
「今度お礼しますからー」
「いらん。お前のお礼でまともだった覚えがない」
「そんなこと無いと思いますけど? ……はっ! もしかして性的なお礼を期待してましたか? すみません、先輩とそういう関係になるのもやぶさかではないですけどまだ気持ち的にちょっと無理です。ゴメンなさい」
「そんなこと言ってないがな……ほら、さっさと済ませて帰るぞ。明日も早いんだから」
「ちょっとはときめいたりしてくださいよー」
「だってお前のソレあざといし、何度目の遣り取りか分からないし」
「……演技ってわけでもないんですけどね」
「何か言ったか?」
聞こえるか聞こえないか微妙な声量で言ったので、先輩には聞こえなかったようだ。まぁ、聞こえていたら聞こえていたでこの後気まずかったので、聞こえていなくて良かった。
「なんでもないですよー。それじゃあ、先輩が奢ってくれるみたいだし、普段買わない物を――」
「さて、帰るか」
「ちょっとした冗談じゃないですかー! って、本気で帰ろうとしないでくださいよー」
私のことを無視して家に帰ろうとする先輩の腕を掴んで何とか買い物に同行してもらう。本当にこの先輩は扱いが簡単そうで難しいんだから……
私がバイトしていることは結衣先輩の他にも友人の間で知られている。だが私の事情を知っているのは結衣先輩のみ。他の友達には心配かけたくないので話していない。
「いろはさー、今度バイト先に遊びに行っても良い?」
「良いけど、冷やかしならお断りだからね。ちゃんとお金を落として行って」
「言い方。まぁ、ちゃんと食事していくから安心して。結衣さんも行くでしょ?」
「今月ピンチだから、行くならまた今度かなー」
「結衣先輩、何にそんな使ってるんですか?」
「ま、まぁ……いろいろと」
「結衣先輩もバイトした方が良いんじゃないですか?」
結衣先輩が何にお金を使っているかなんて分からないけども、一人暮らしで制止してくる相手がいないから散財しているのだろうと決めつけ、私は少しお金を稼ぐ苦労をした方が良いのではないかと告げる。こっちに来る前はしていたようだけども、少なくとも今、結衣先輩はバイトをしていないから。
「したいとは思っているんだけどねー。課題とかレポートで忙しいから中々時間取れなくて」
「それは私も一緒ですよ? 結衣先輩の作業効率とかの問題では? 高校時代もそういう作業は先輩や雪乃先輩がやってた印象がありますし」
「そんなこと無いし!? ……あれ? ヒッキーやゆきのんがやってる記憶しかない……」
「前から思ってたけど、その『ヒッキー』や『ゆきのん』って誰です?」
「私の友達」
「雪乃先輩は海外留学中ですし、先輩はエリート大学の法学部に通ってますよ」
「いろはちゃんも知り合いなんだよね。今度会わせてよ」
友達に頼まれ、私と結衣先輩は顔を見合わせて苦い顔をする。会わせたくないのではなく、先輩が会おうとしてくれないだろうと考えたからだ。
「ヒッキー、あまり人と関わりたくないって感じだし」
「無理矢理頼み込めば付き合ってくれないこともないですけど、ある程度親交が無いと難しいと思いますよ」
「彩ちゃんが頼めば確実だろうけども」
「また新しい人が出てきた。彩ちゃんって誰です? 女の子ですか?」
「女の子じゃないんだけど、正直女の子よりもかわいいかも」
「ですよね……戸塚先輩、下手な女子より人気高かったですし」
高校時代、そういう趣味の人から絶大な人気を誇っていた戸塚先輩だが、現在はよりその美しさに磨きが掛かっている。事実を知らない男が戸塚先輩のことをナンパしていたと、以前玉縄さんから聞かされたくらいに……
「あっ、そろそろバイトの時間なので、私はこれで失礼しますね」
「頑張ってねー」
「結衣さんもレポート、明日までじゃなかったでしたっけ?」
「あっ!? すっかり忘れてた……」
「結衣先輩も、頑張ってくださいね」
レポートといっても、この前の講義で感じたことを書いてまとめるだけの簡単な小レポートなので、私はさっさと終わらせて提出したのだが、結衣先輩はすっかり忘れていたようだ。
「(相変わらず結衣先輩はしっかりしてるようで抜けてるんですよね……)」
私の友達たちともすっかり仲良くなっているのは凄いとは思うが、こういう所は尊敬できない。というか、少しは改善してもらいたい。
「まぁ、私には直接関係ないから良いんですけどね」
「何がだ?」
「っ!? ってなんだ、先輩ですか……こんなところで何してるんですか?」
「いや、今日は俺もシフトに入ってるから早めに来ただけだが」
「真面目ですねー。高校時代の不真面目な先輩は何処に行ってしまったんでしょう」
「何を言う! 俺は何もしないことに本気で取り組んでた真面目な学生だっただろうが」
「はいはい、そう言うの良いんで」
先輩とのコントを早々に切り上げて私は仕事着に着替える為にロッカールームに逃げ込む。まさか背後に先輩がいるなんて思っていなかったので、私の心臓は早鐘を打っているのだ。それを気付かれないように早々に切り上げたのだが、本当はもう少し先輩と話していたかったのに……
「(今夜、先輩の部屋にでも遊びに行こうかな)」
そんなことしても何も起こらないと分かっているから考えられることなのだが、少しくらい何かあればいいのにと期待してしまう自分に、私は心の中でツッコミを入れて仕事に向かうようにしたのだった。
いろはすはこれでいい気もするが