やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
講義後時間があったので、私は結衣先輩や他の友人たちと食堂でお喋りに興じていた。初めの頃は結衣先輩に遠慮していた友人たちだが、最近では同い年の相手をしているような感覚で接している。
「そういえば結衣さんってそろそろ誕生日じゃなかったっけ?」
「うん、そうだよ~」
そう言えばそんな話を昔したような気もする。六月十八日が結衣先輩の誕生日だ。今が六月十日だから、約一週間後といったところか。
「私もいよいよ大人の仲間入りか~」
「年齢が二十歳を超えたからって、それだけで大人になれるわけじゃ無いですよ? そもそも結衣先輩は見た目が幼いですから、年齢を答えても信じてもらえないと思いますし」
「そんなこと無いし!」
「あーでも確かに、結衣さんって年上感ないよね~」
「物腰が柔らかいから忘れがちだけど、私たちより一つ上なんだもんね」
「別に学年は一緒なんだから気にしなくてもいいんだけどな」
「でもいろはが『先輩』って呼んでいるので、どうしても遠慮をかなぐり捨てることができないんですよね」
「だってしょうがないじゃない。高校の先輩だったんだから」
普通に知り合ったのならそんな風に呼ばなかっただろうけども、結衣先輩とは高校時代からの付き合いなのだ。だからどうしても呼び方は当時のままになってしまう。結衣先輩もそれを気にしていないから私もそのままだったけども、こういった弊害があったとは……
「まぁまぁ、それじゃあ当日は結衣さんの為に盛大なパーティーを開こうよ」
「でも、そんなにお金に余裕なくない?」
「自分たちで用意すれば、それなりに費用は抑えられると思いますけど」
「さすが元生徒会長。そう言った考えは得意って感じ?」
「別にそういうわけじゃないけど……」
「あっ、せっかくだから結衣さんの高校時代のお友達も呼んで、皆でお祝いするって言うのはどう? ほら、良くいろはが言ってる『先輩』にも会ってみたいし」
「えっー、ヒッキーは来ないと思うけどな」
「そうなんですか? 結衣さんも仲いいんですよね?」
「先輩はそういうイベント、絶対に嫌いですからね」
ただでさえ引き篭もり気味だった人だ。多少交友関係が広くなったとはいえ、見ず知らずの女子がいる場所に好んで来る人ではない。それは結衣先輩も知っているので、先輩を呼ぶのには消極的だ。
「あっでも、彩ちゃんも呼べばヒッキーも来てくれるかも」
「戸塚先輩がお願いすれば、恐らく来てくれるでしょうけども、まず戸塚先輩のスケジュールを聞かなければどうにもなりませんよ?」
「分かった。彩ちゃんに連絡してみる」
先輩が来る可能性があると分かった途端、結衣先輩はあからさまな態度で戸塚先輩に連絡をしに私たちの側から離れる。その姿を見て、友人たちがくすくすと笑う。
「相変わらず結衣さんは分かり易いよね~」
「絶対に『ヒッキーさん』のことが好きだよね」
「だからあれだけ告白されても断ってるんだって、絶対」
結衣先輩の人懐っこい態度に勘違いした人が結衣先輩に告白しているということは私も知っているが、友人たちの会話を聞く限りかなりの数が玉砕しているようだ……
「(無自覚ってのが罪ですよね……)」
結衣先輩からしてみれば普通なのだろうが、男子からしてみれば自分に好意を持っているのではないかと勘違いさせるような距離感なのだろう。なにせあの先輩ですら、結衣先輩との距離感に戸惑っていた時期があるのだから……
「お待たせー。彩ちゃん大丈夫だって。ついでにヒッキーも連れてきてくれるって」
「じゃあ場所はどうします? ここ、借りられるのかな?」
「大丈夫じゃない? 別に部外者立ち入り禁止ってわけでもないし」
「じゃあ、持ち込みは?」
「聞いてきます」
とんとん拍子に話が進み、食堂の使用許可と持ち込み許可をもらえたので、当日はここで結衣先輩の誕生日パーティーを開くことになった。大学内だし、知人程度の人たちも気軽に参加できるだろうし、結衣先輩に対して好意を持っていても個人的な付き合いは無い人たちも、お祝いすることができるだろう。まぁ、結衣先輩にとっては、その好意は嬉しくないのだろうが……
話し合いで結構時間を喰っていたようで、私が帰宅したのはだいぶ遅い時間だった。人通りもそれ程多くなかったのですれ違う男性に怯えることは無かったが、逆に人がいなさ過ぎてあの時と似たようなことに巻き込まれるのではないかとビクビクしながら帰ってきた。
「――で、何で当たり前のように俺の部屋にいるわけ?」
「先輩が招き入れてくれたんじゃないですか~」
「いや、お前が俺をすり抜けて勝手に入ってきたんでしょうが」
「まぁまぁ、細かいことは気にしないで。結衣先輩の誕生日パーティーについて、詳しくお話しておかなければと思いまして」
勝手知ったる何とやら、私は先輩の部屋でくつろぎながらお茶を飲み、さっきまで話していた内容を先輩に伝える。
「――というわけですので、当日は先輩の料理、期待してますね」
「えっ、何? 俺が作るの? お前たちが用意するんじゃないの?」
「もちろん私たちも作りますけど、先輩だって手ぶらで参加するわけじゃないですよね?」
「そもそも参加したくないんだが……」
「それは却下です。戸塚先輩に誘われて、参加するって言ったんですよね?」
「それは……」
相変わらず戸塚先輩に頼まれると断れないのが、先輩の弱点らしい弱点ですよね……その相手が私だったらよかったのに。
「そもそも何で誕生日パーティー? もう祝われても嬉しくない歳じゃないの?」
「そこらへんは性別の差じゃないですか?」
「そんなものか?」
「はい。あっ、今からでも良いので、私の誕生日を祝ってくれても良いですよ?」
「お前の誕生日って、四月だろ? ほんとに今更だな」
「ちゃんと覚えててくれてるんですね。ほんとそういう所律義というか、あざといというか」
「お前にだけは言われたくないな、その言葉は」
「なんですとー!」
こんな風に誤魔化しているが、先輩が私の誕生日を覚えててくれていたことが凄く嬉しい。些細なことなのだが、自分のことを把握してくれてるということが嬉し過ぎて、私は口早に誕生日パーティーの詳細を伝えた。
「――と言う感じですね」
「随分と大雑把な計画だな……まぁ、それが大学生っぽさなのか?」
「先輩だって、お友達の誕生日をお祝いしたり――あっ……」
「なに、その気付いちゃいけなかったみたいな『あっ』は? この間戸塚の誕生日をお祝いしたぞ、俺だって」
「そういえば戸塚先輩ももう誕生日来ていたんですよね」
「あぁ……あの時は凄かった」
「……何があったんですか?」
あの先輩が視線を逸らすような出来事があったのだと理解しながらも、私は好奇心を抑えきれずに尋ねてしまった。
「戸塚がせっかくだからって酒を呑んだんだが……うん」
「その光景を見たいような見たくないような……」
暴れ出したのか、それとも乱れたのかは分からないが、戸塚先輩がお酒を呑まない理由はそこらへんになるのだろうなと理解し、間違っても呑ませないでおこうと決意した。
「まぁ、由比ヶ浜に呑ませるかはお前たちに任せる。俺は責任持たんがな」
「結衣先輩が酔っぱらったら、先輩や戸塚先輩以外の異性は耐えられないでしょうね……なにせ、胸部に凄い武器を持っていますから」
「その言い方どうなの?」
「でも、先輩だって気になりますよね?」
「………」
無言で視線を逸らす先輩……ホント分かり易い時は分かり易すぎるんだから……
「兎に角そういうわけですので、結衣先輩のストッパー役としても期待してますからね」
「えっ、それって俺がしなきゃいけないの?」
「私じゃ本気になった男子を止められませんし。力的にも、心情的にも……」
「はぁ……まぁ、そんなことにならないことを祈るがな」
とりあえず先輩も参加してくれることが確定したので、私は使っていたコップを洗って隣の自室へ戻る事にした。先輩のことだから、私がコップをそのままにしても変なことに使ったりはしないだろうが、一応念の為に。
酔っぱらった戸塚……見たいような見たくないような