やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
そろそろ夏休みが近づいてきているということで、私はバイトのシフトを増やそうと相談している。このお店はほとんどが女性客なので、私みたいな体質の人間でも十分に働くことができるのだ。
「――こんな感じですかね」
「お店的にはありがたいけど、一色さんは夏休みに予定とか無いの?」
「遠出することは無いでしょうから、休みの日にでも遊びに行くくらいだと思いますよ。あぁ、後は実家に顔を出しに行くこともあるかもしれませんが、一日あれば十分ですし」
お父さんがしつこく「たまには帰ってこい」というメッセージを送って来るので、一日くらいは顔を見せに帰ろうかなと思っている。地元に戻ったからと言って、会いたいと思う相手がいないのは寂しいことなのかもしれないが。
「一色さんって千葉だっけ?」
「はい」
「一人で大丈夫? 夏休みということは、それなりに電車も混むだろうし」
「そうなんですよね……そこが心配なんですよ」
普段の電車ならそれなりに空いている場所で大人しくしていればいいだけなのだが、夏休みともなれば勝手が違う。時間帯を変えてもそれなりに混んでいるだろうし、誰かと一緒ならこの心配は解消するのかもしれないが……
「そういえば比企谷君は帰らないの? 地元、一緒なんでしょ?」
「ウチは妹が受験生なので、邪魔だから帰って来るなと言われていますので」
「あー、なら無理か」
「そういえば由比ヶ浜が帰るとか言ってたから、一緒に帰ればいいじゃないか」
「由比ヶ浜さん?」
知らない人の名前が出てきたので、バイト先の先輩は首を傾げるが、私はあの人が一緒ならとりあえずは大丈夫かなと考える。問題は、結衣先輩が帰る日程が私の休みと合うかどうかだ。
「結衣先輩と一緒ならとりあえずは安心ですけど、あの人夏休みの間ずっと千葉にいるつもりじゃないですよね?」
「その辺は知らん。そもそもお前は大学が一緒なんだから、今度会った時にでも聞けばいいだろ。俺は戸塚経由で聞いただけだからな」
「なる程」
何故先輩が結衣先輩の予定を知っているのか不思議だったが、戸塚先輩から聞いたのか。確かにあの人なら結衣先輩とつながっていても不思議ではないし、そこから先輩に話が流れても納得できる。本当は先輩が個人的に結衣先輩と遣り取りをしているのではないかとやきもきしていたのだが、これでその疑問も解消した。
「というか、先輩小町ちゃんに邪魔者扱いされてるんですか?」
「いや、小町にというか、両親に」
「そうなんですか、可哀想ですね~」
「笑顔で言われても嬉しくねぇよ」
「相変わらず仲いいわね」
先輩バイトにからかわれ、先輩は奥に引っ込んでしまう。私としてはもう少し仲良くなりたいところなのだけども、こればっかりは仕方ないかな……
テスト期間に入り、結衣先輩となかなか顔を合わせる機会が無かったので、連絡をして会うことにした。といってもどこかに出かけるわけではなく、学食で話をしようと誘ったのだが。
「お待たせ、いろはちゃん」
「すみません、結衣先輩。テストで忙しいのに態々予定を空けてもらって」
「これくらい大丈夫だよ。それで、話って何かな?」
結衣先輩に「話がある」とメッセージを送ったので、この質問は当然のものだろう。私はとりあえず結衣先輩が注文を済ませるのを待ってから本題に入った。
「結衣先輩って夏休みに千葉に帰るんですよね?」
「そのつもりー。ママだけじゃなくってパパもたまには戻ってこいって言って来てるし」
「それって何時帰るんですか?」
「まだ決めてないけど、ヒッキーの誕生日が過ぎてからにしようとは思ってるかな」
「ということは、八月の中旬以降ってことですか」
「お盆休みと重なりそうだけど、それならパパも家にいるだろうし」
成人している結衣先輩が『パパ』と呼んでいるのに若干の違和感は残るが、この先輩は前からそのように呼んでいたから仕方ないのだろう。まぁ、結衣先輩の雰囲気に合っているから良いのかもしれないが。
「それ、私も一緒に行って良いですか?」
「いろはちゃんもウチに来たいの?」
「いえ、私も千葉に帰るつもりだったんですけど、電車の事をすっかり忘れてまして」
「そう言うことか。それならヒッキーに頼めば良かったんじゃないの?」
「先輩は、小町さんの受験勉強の邪魔だから帰って来るなと、ご両親に言われているそうです」
「あー、小町ちゃんも来年受験だもんね~。でも小町ちゃんならそれ程必死に勉強しなくても大丈夫だと思うんだけどな」
「さすが結衣先輩。浪人していた人が言うと何だか説得力を感じますね」
「なんか全然褒められている感じがしないんだけど」
「気のせいですよ~。ところで、結衣先輩」
「なに?」
私は最初から疑問に思ってたことを結衣先輩にぶつけることに。
「結衣先輩って、単位大丈夫なんですか?」
「大丈夫だし! 良だろうか可だろうが、単位は単位だし」
「初めから望みが低すぎません?」
「そ、そんなこと無いし!」
とりあえず結衣先輩がギリギリの成績であることは分かったので、私はジト目で結衣先輩を見詰める。すると慌てたように紅茶を飲み誤魔化そうとした結衣先輩が盛大にむせたので、私は思わず笑ってしまったのだった。
無事に夏休みを迎えることができ、そろそろ先輩の誕生日ということで、私と結衣先輩、そして戸塚先輩の三人で先輩の誕生日プレゼントを買いに行くためにお出かけをすることになっている。
「彩ちゃん、やっはろー」
「うん、やっはろー由比ヶ浜さん」
「いろはちゃんも、やっはろー!」
「こんにちはでーす」
待ち合わせ場所に最後に現れた結衣先輩と挨拶を交わして、私たちはお店へ向かう。これと言って何を買いに行くかを決めていないので、とりあえずショッピングモールで物を探そうということなのだ。
「先輩って、何をあげたら喜ぶんでしょうか?」
「うーん……ヒッキーって基本的に物欲無さそうだしねー。彩ちゃんは何か知ってる?」
「八幡は基本的に自分で何でも揃えちゃうから、欲しいものがあったとしても買ってる可能性が高いんだよね」
さすがボッチエリート……友人からプレゼントされるという経験が少ないのか、欲しいものは自分で手に入れるらしい。それじゃあ誕生日プレゼントを何にしたらいいのかのヒントにはならないな……
「誕生日ケーキを用意するって言うのは?」
「結衣先輩、それって祝いたいんですか? 呪いたいんですか?」
「ど、どういう意味だし!?」
「由比ヶ浜さんの案はありだとは思うけど、八幡より美味しいケーキを用意できる自信がないかな……」
「先輩、一人暮らしを初めてめきめきと料理の腕を伸ばしてますからね……」
私たち三人で協力したとしても、先輩に勝てるとは思えない。むしろ結衣先輩がいる分、こちらにとってはマイナスだろう。
「こう言うのって気持ちが大事だって言うから、何をあげても八幡は喜んでくれると思うよ」
「そうですかね?」
確かに戸塚先輩からのプレゼントなら、あの先輩は物が何であろうと喜ぶだろう。だが私や結衣先輩からのプレゼントで、無条件で喜ぶとは考え難い。むしろ下手の物をあげたら、好感度が下がるまである。
「ヒッキー、あんまりアクセサリーとか付けないからね」
「服装も拘ってる感じはありませんしね」
装飾品売り場を見ながら、私と結衣先輩は頭を悩ませる。あの先輩がこういったものを付けている姿を想像できないのだ。
「新しい趣味を開拓してあげるって言うのはどうかな?」
「あの先輩が人に勧められてハマるとは思えないんですけど……」
「そっか……ヒッキーだもんね」
ひねくれた性格ですし、あの人は勧められたら恐らく、意地でもそのことに触れないで生活するでしょう。それくらい私は結衣先輩なら分かってしまうので、結衣先輩の提案は却下。
「とりあえず私はあっちで探してみるね」
「分かりました。私は向こうで戸塚先輩と探してみます」
「気を付けるんだよ」
「結衣先輩こそ、迷子にならないでくださいね?」
「さすがに迷わないし!」
さすがに一人で行動する勇気はないので、戸塚先輩と二人であちこち見て回り、とりあえずプレゼントは買うことができた。だが、これで先輩が喜んでくれるかどうかは、私には分からない……
後輩に心配されることではない