やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩の誕生日を祝うつもりだったのだが、何故か先輩が料理の配膳や片付けをしている姿を見て、私は何故こうなってしまったのかと頭を抱える。原因はほんの少しの好奇心なのだが、まさかこんな状況になるなんて……
「先輩は知ってたんですよね?」
「戸塚の酒の弱さはな。すぐに酔っぱらって側に居る人に絡んで、少ししたらつぶれる」
「まさか結衣先輩もだったなんて……」
好奇心とは、この三人がお酒を飲んだらどうなるのか、ということ。戸塚先輩は以前失敗してから飲まない様にしていたとは言っていたが、結衣先輩が戸塚先輩も巻き込んで飲酒をしたのだが、二人ともすぐに酔いつぶれて今は床で寝ている。一緒に飲んだ先輩は特に変わった様子も無く、何時も通りに作業を済ませ私にお茶を淹れてくれた。
「ここって私の部屋なんですけど」
「知ってる」
「先輩、どうして茶葉の場所が分かったんですか? もしかして私の生活空間が気になって隅々まで調べたんですか?」
「片付けしてた時に見付けただけだ。というか、あんな分かり易いところに置いてあったら由比ヶ浜でも気付くだろ」
「何気にひどいこと言ってません?」
先輩が淹れてくれたお茶を飲みながら、私は酔いつぶれた二人を覗き込む。結衣先輩は幸せそうな顔をしているが、戸塚先輩は何処か神秘的な寝顔をしていて、思わず吸い込まれそうな錯覚に陥った。
「結衣先輩は兎も角、戸塚先輩をこのままにしておくわけにはいきませんよね……いくら中性的だとはいえ男性ですし」
「戸塚なら俺の部屋で寝かせればいいだろ。由比ヶ浜はこのまま一色の部屋で寝かせておけばいい」
「ですが、私の部屋にタオルケットなんて一枚しかありませんよ?」
「夏なんだから何も掛けなくても大丈夫だろ。最悪上着でも掛けておけば風邪はひかないだろうし」
冷たいように見えて、しっかりと結衣先輩の体調を心配している先輩を見て、何だか複雑に思う。もし私が酔いつぶれても先輩は心配してくれたのだろうか、何てくだらない考えが頭に浮かんでは消えていく。
「こんなことなら私も飲めば良かったですかね?」
「お前未成年だろ。仮にも法学部の学生の前で未成年飲酒するとか、黙って見逃すと思ってるのか?」
「先輩って変なところで真面目ですよね~。法学部の学生だって悪いことしてる人だっているんじゃないですか?」
「そりゃいるかもしれないが、俺はお前にまで酒を勧めるつもりは無いからな。お前まで酔いつぶれたら敵わん」
「私は多分甘え上戸ですよ~。先輩にくっついて甘々な空気を作ってあげますよ」
「いらん。それじゃあ戸塚はこっちで引き受けるから、由比ヶ浜のことは任せたぞ」
小柄とはいえ男性の戸塚先輩を軽々と背負って隣の部屋に戻っていく先輩を見送って、私はクローゼットから薄手の上着を取り出して結衣先輩に掛ける。
「うーん……ヒッキーはゆきのんのこと……」
「っ!」
結衣先輩の漏らした言葉に、私は心臓が掴まれたような錯覚に陥り、少しの間呼吸困難になる。それだけ結衣先輩の口から出てきた名前は威力があるのだ。
「どうして……どうして先輩は、雪乃先輩の告白を断ったんですか?」
隣の部屋にいる先輩に聞こえるはずもないが、聞かずにはいられなくなってしまった思いを吐露し、私は逃げるようにベッドに潜り込んで思考を放棄する。こんな気持ちのままで寝られるはずもないと思ったが、何も考えたくないという気持ちが強かったのかすぐに眠りに落ちたのだった。
お盆に入り結衣先輩が千葉に帰るのと一緒に私も千葉に戻ることに。本当なら先輩に付き添ってもらった方が安心できるのだが、今年は先輩の妹の小町ちゃんが受験で、今追い込みの真っ最中らしく帰って来るなとご両親に言われているらしく、先輩はバイト三昧とのこと。一応帰る時に迎えに来てくれないかと打診したところ、時間があればという返事をもらっているので結衣先輩が何日滞在するかによっては帰りは先輩と一緒ということになる。
「彩ちゃんもサークルで忙しいみたいだし、私といろはちゃんの二人だね」
「以前は当たり前のように見てましたけど、東京と比べると千葉ってやっぱりちょっと落ち着きますよね。帰ってきたって感じがするというかなんというか」
「何となく分かる。去年まで普通に住んでたのにね~」
結衣先輩とお喋りしながら地元を歩いていると、結衣先輩に似た感じの女性が正面から手を振っている。
「お帰り~」
「ママ!」
「あれが結衣先輩のお母さん……」
以前先輩が「遺伝子スゲー」と思ったらしいお母さんを見て、確かにそんな感想を抱きたくなるような人だと私も思う。結衣先輩が今二十歳だから、若く見積もっても四十前後のはずなのに、結衣先輩と姉妹と言われても信じてしまいそうな見た目だ。
「貴女がいろはちゃん? 結衣から色々と聞いてるわよ」
「初めまして、一色いろはです。結衣先輩には色々とお世話になっています」
「こちらこそ、結衣と仲良くしてくれてありがとね~」
私との挨拶を済ませた結衣先輩のお母さんは、辺りを見回して少し残念そうな表情を浮かべた。
「ヒッキー君とは一緒じゃなかったのね」
「ママっ!」
「せっかく久しぶりにヒッキー君に会えると思ってたんだけどな」
「先輩とお知り合いだったんですね」
「以前家に来てくれたこともあるしね~」
「っ!?」
まさか先輩を紹介済みだったなんて……結衣先輩も奥手の癖にやることはやっているのか……
「何を心配しているのかは聞かないけど、お菓子作りのお手伝いをしただけよ?」
「そ、そうですか……」
「それに初対面の時はゆきのんちゃんも一緒だったしね」
「もう、余計なこと言わなくて良いから!」
「きゃー」
「………」
実に仲の良い母娘だなという感想しか出てこない遣り取りを見せられて、私はどうすればいいのだろうか。
「それじゃあ私はここで。結衣先輩、ゆっくりしてくださいね」
「いろはちゃんもね」
「パパが心配してるから早く帰りましょう。色々と聞かれると思うから覚悟してね」
「うぅ……それを聞いて帰りたくなくなったかも」
「あはは……どこの家も娘の心配をするんですね、父親って」
「そりゃそうよ。子供の心配をしない親なんていないわ」
「そう、だね……それじゃあいろはちゃん。帰りのタイミングが合えばまた」
「はい、失礼します」
結衣先輩と別れ、私は少しぶらぶらしてから実家の最寄り駅へ向かう。元々最寄りが違うので車内で別れても良かったのだが、久しぶりにこっちも満喫したかったので一緒に降りたのだ。さすがに東京程混んではいなかったが、実家までの数駅間、男性の視線が気になって仕方なかったのはまだあの時のショックが抜けきっていないからだろうな……
実家で二日ゆっくりして、そろそろ東京に戻ろうと思って結衣先輩に連絡したのだが、あちらはまだお父さんが解放してくれないみたいで数日はこっちにいるとのこと。私は結衣先輩と東京に戻るのを諦めて先輩に電話をすることに。
「――という感じなので、家まで迎えに来てくれませんか? 今ならお母さんとお父さんに挨拶できるオプション付きですけど」
『一人で帰ってこい』
「無理ですって! 千葉であれだけ怖かったんですから、東京なんて無理です!」
『今の東京は帰省ラッシュで人が少ないんだ。ひょっとしたら大丈夫かもしれないだろ?』
「それじゃあ先輩は、私が見ず知らずの男共に連れ去られても良いって言うんですか?」
『大袈裟な……そもそも俺はお前の実家の場所を知らないんだが』
「位置情報送りまーす」
最初から迎えに来てもらう気満々なので、私は先輩に実家の住所を送り逃げ道を塞ぐ。まだ何か言いたそうな感じだったが、先輩は諦めてこちらに来てくれると約束してくれた。
「それじゃあ、よろしくでーす」
『せっかくの休みが』
「こんな可愛い後輩とデートできるんですから、喜んで来るべきですよ」
『はいはい、可愛い可愛い』
「何ですかその返事ー!」
おざなりな返答だったが、先輩に可愛いと言われて頬が緩んだのは、絶対に先輩には教えてあげないんですから。
いろはママってどんな感じなんだろう