やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩がお迎えに来てくれるので、私はそれまでのんびりと実家で過ごすことに。あの先輩は面倒だと言いながらもちゃんと来てくれる人だから安心して過ごせる。
「いろは、帰るんじゃなかったの?」
「お迎えが来てくれるからそれまでゆっくりする」
お母さんに不審がられたけども、事情を知っているので特に追及はされなかった。きっと一緒に千葉に帰ってきた結衣先輩が来ると思っているのだろうが、まぁ先輩とお母さんが会うことは無いから気にしなくても良いだろう。
「お迎えに来てくれるのは良いけど、荷物くらい纏めておいたら? それに、あんまりのんびりしてるとお父さんが帰ってきちゃうわよ?」
「仕事じゃなかったの?」
お父さんは朝早くから出かけているので、てっきり仕事に出かけたものだと思っていたが、よくよく考えれば今はお盆休み。仕事だとしたら相当なブラック企業に勤めているということになってしまうではないか。
「お父さんの方の実家のお墓参りに行っただけで、そろそろ帰って来るわよ」
「それは、ちょっと面倒だね……」
結衣先輩の家程ではないが、ウチのお父さんも相当な心配性だ。私が一人暮らしをする時も最後まで反対していたし、お盆に帰らないと言ったらかなり怒られたくらいだ。ここで先輩とお父さんが鉢合わせでもしたらかなり面倒な展開になるだろう。
「あっ、先輩からメッセージだ」
そんなことを考えていたタイミングで先輩から「最寄り駅に着いた」とのメッセージが。私は荷物を纏めて実家から駅へ向かう事にした。
「それじゃあお母さん、私はこれで」
「そんなに慌てるってことは女性の先輩じゃないわね。もしかして良い人?」
「そ、そんなんじゃないよ!」
「あらあら~」
お母さんには私の気持ちなど筒抜けの様で、楽しそうに笑いながら私の携帯を取り、先輩にメッセージを送ろうとし始める。
「何するの!?」
「せっかくだしご挨拶しておきたいじゃない? いろはがお世話になってるんだし」
「そんなことしてもしお父さんが帰ってきたらどうするの!? 先輩に迷惑かけちゃうでしょ!」
「そこまで必死になるってことは、高校の時みたいに『彼氏にしたら自慢できる』って理由じゃないわね」
「なっ……」
まさか私が葉山先輩を狙っていた理由まで知られていたとは……恐るべし、母親の勘。
「それじゃあ今度お父さんがいない時にでも紹介してね。せっかくいろはが本気で好きになった相手だし、お母さんもちゃんと挨拶しておきたいから」
「そう言うのじゃないって言ってるでしょ!」
お母さんは最後まで笑顔で「はいはい」というだけだったが、私はとりあえずお母さんに納得してもらってから駅へと向かった。途中男性とすれ違った時は少し怖かったけども、先輩が視界に飛び込んできてからは不思議と安心して歩けた。
「先輩、遅いです!」
「いや、お前から連絡貰ってすぐに家を出たんだが……というか、一人で駅まで来られるなら一人で帰れるんじゃないか?」
「それは、先輩が駅にいるって分かってたから来れただけで、一人だったら家から出ることすらできなかったかもしれません」
「それは大袈裟だろ……」
先輩は呆れてるのを隠そうともしない表情で私を見詰め、一つ息を吐いてから来た道を引き返す。私はその横に並んで歩き、千葉の景色をしっかりと眺めながら東京へ帰ることにしたのだった。
東京に戻ってきて暫くは、バイトで忙しい日々を送っていた。他のバイトがお盆休みでいない為、私がフルで出勤したりしていたので、お給料はだいぶ多くなっているだろう。
「ゴメンね、一色さん。お陰で助かったけど」
「気にしないでください。どうせ家でゴロゴロするしか予定も無いですし」
「彼氏とかはいないの?」
「いませんよ~。というか、私の場合は彼氏の前に男性恐怖症をどうにかしないといけませんので」
「そういえばそうだったわね。でも比企谷君のことは大丈夫なんでしょう? だったら彼に告白でもしてみたら?」
「どうしてそこで先輩の名前が出るんですか? あの人もあの人で人間不信ですから、告白してもドッキリとか疑いそうですけど」
「そうなの? でも比企谷君、お客さんに人気高いのよ? まぁ、男性スタッフが少ないから目立つってのもあるんだろうけども、偶にホールに出てくるとお客さんの視線が彼に集まるのは、一色さんも気付いてるわよね?」
「それは……」
それくらい言われなくても分かっている。というか、先輩の事をよく知りもせずに先輩のことをあれこれ言うお客にイラついたこともあるくらいだ。もちろん、表にはその感情を出すことなく、心の中で悪態を吐いたりしているので、クレームに直結することは無い。
確かに先輩は高校時代と比べてだいぶかっこよく見えるようになってきている。元々素材が良かったと言うのもあるのだろうが、あの時の死んだ魚のような目ではなくなったのも要因の一つだろう。いったい、何が原因で先輩の目に活力が宿ったのだろうか……
「三番上がったよ。五番も」
「さっ、仕事しましょうか」
「そうですね」
厨房からお声が掛かり、私たちは仕事に戻ることに。今はそれ程忙しい時間ではないのでこうしてお喋りに興じる時間もあるが、忙しい時は本当に忙しいのだ。こうした時間が取れるのは本当に稀である。
ゆっくりと過ごせる時間はあっという間に無くなり、残りの時間は忙しく働いていた所為か、時間の概念がすっかりと抜け落ちており、気付けば上がりの時間になっていた。
「それじゃあ、私はこれで。お疲れさまでした」
「はーい、お疲れ様。そろそろ比企谷君も上がりだから、一緒に帰れば?」
「そうですね。少しお腹も空きましたし、賄いでも食べながら先輩を待とうと思います」
「ほーんと、もったいないよね」
「……何がですか?」
急にそんなこと言われても何について言っているのか分かるはずも無く、私は首を傾げながら先輩バイトに尋ねる。
「こんなに可愛らしいのに彼氏がいないなんて、って思っただけよ。まぁ事情が事情だし、一色さんにも好みがあるから仕方ないって分かってるんだけどね」
「そういう先輩こそ、彼氏いないんですか?」
「あ、あはは~……これは手痛いカウンターを……」
あっさりと先輩バイトを撃退して、私は休憩室で賄いを食べながら今の会話を思い返す。
「彼氏なんて、いたこと無いなぁ……」
何回か一緒にお出かけ、くらいはあるけども、それだって彼氏彼女のデートというわけではない。むしろそのお出かけで採点してたくらいだし……
「(……あれ? 私と一緒に出掛けたのって、先輩が一番回数多いんじゃ……)」
二人きりという概念でもそうだが、皆で一緒にと言うのでも先輩が一番多いということに今更ながら気付く。ここ最近の事を差し引いたとしても、葉山先輩より先輩と出かけてる方が多い気がする……もちろん、部活の遠征とかを加えれば、葉山先輩の方が多いのだが。
「(また先輩と二人っきりで……)」
そこまで考えたところで、休憩室の扉が開かれた。私は反射的にそちらに視線を向け、入ってきた人を見て慌てて思考を放棄した。
「一色? お前帰ったんじゃ……」
「ちょっと疲れたので賄いを食べてたんですよ。それじゃあ先輩も終わったみたいですし、帰りましょうか」
「何、その言い方……」
「こんな可愛い子の送り迎えができるんですから、先輩は幸せ者ですよね~」
「部屋が隣ってだけだろ……というか、この時間なら人通りは大してないんだから一人でも帰れただろうが」
「万が一、ですよ先輩。それに、幾ら人通りが少なかろうと怖いものは怖いんです」
「やれやれ……さっさと俺以外に大丈夫な相手を見付けろよな。そうすれば俺もお役御免だし、一色だって俺と一緒にいなくて良くなるだろ?」
「それはそうなんですけど~……先輩以上に使い勝手のいい――安心できる人ってそうそういないじゃないですか~」
「いや、言い直さなくても良いけどね……」
何としても本音を先輩に見透かされないように誤魔化したが、我ながら酷い言い分だと思う。まぁ先輩が真に受ける性格じゃないって言うのは分かっているので、これくらいの毒舌でショックは受けないだろうと分かっていたからこそだが……
「それじゃあ着替えてきまーす。先輩、覗いちゃダメですよ?」
「覗くわけ無いだろ」
先輩をからかってから更衣室に入り、実は覗いてもらいたいと思っていた自分の気持ちを落ち着かせるのに少し時間が掛かってしまった。だが先輩はしっかりと待っていてくれたので、とりあえず安心して家に帰ることができる。本当に、この先輩は優しいんだから。
何かガハママみたいないろはママになったな……