やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
前の噂が漸く収まってきたと思っていたらまた新しい噂が流れて、私と結衣先輩はげんなりしていた。先輩と戸塚先輩が注目されるのは仕方ないにしても、旧知の間柄でしかない私たちに嫉妬するのは間違っているのだろうが、お近づきの機会に恵まれない人たちが嫉妬しているのだろう。そう考えると多少は気が楽になるのだが、どうしても嫉妬の視線の中で生活していると精神的に参ってきてしまうのである。
「――という感じなんですけど、どうしたらいいと思いますか?」
「……その前に、何でお前は当たり前のように俺の部屋にいるんだ?」
「だって、先輩が原因の一端なんですよ?」
先輩の部屋に上がり込んで愚痴をこぼしていた私に、先輩は呆れながらもお茶を出してくれる。多分無意識なのだろうが、この人は本当にあざとい人だと思える行動に、私は呆れ気味の視線を向ける。
「先輩が戸塚先輩と一緒に行動しているだけで注目されるんですよ。それをちゃんと理解してなかった先輩が悪いんです」
「物凄い責任転嫁だな……そもそもお前たちが声を掛けてこなかったら良かっただけだろ? まぁ、声を掛けてきたのは由比ヶ浜だが」
「このままじゃ私、ストレスで体調を崩しそうですよ……ただでさえ忙しくてまともに食事を摂れてないって言うのに……」
そこで私は先輩をチラッと見る。自分でもあざといなーっと思っていたので、先輩が盛大にため息を吐いた理由もちゃんとわかっている。
「ホントあざといな、お前は……」
「なんですとー! というか、先輩の方があざといって何度も言ってますよね?」
「はいはい」
軽くあしらわれたような気もするが、先輩が立ち上がってくれたのでこれは私の勝ちだろう。このまま先輩に作ってもらったご飯を食べて、ゆっくりと過ごせると思っていたのだが、どうやら思惑が外れたようだ。
「さっさと帰れ」
「え? この流れは、先輩が晩御飯を作ってくれるって展開じゃないんですか?」
「あのな……この後バイトだって部屋に入ってくる前に行ったよな? それなのに一時間近くも喋り倒しやがって」
「そんなに時間経ってました?」
先輩に言われて時計を見ると、確かに一時間近く経っていた。どうやら相当鬱憤が溜まっていたようで、吐き出せるだけ吐き出していたらしい。
「それじゃあ、先輩の部屋でお留守番しておいてあげますよ」
「帰れ。お前に部屋にいられたんじゃ、安心して勉強を教えられないだろ」
「別に何も盗りませんよー。まぁ、食材は探るかもしれませんけど」
「……帰ってきたら何か作ってやるから、大人しく部屋に帰れ」
「約束ですよ! 先輩から言ったんですから、後で無かったことにするのは駄目ですからね!」
半ば強引に言わせたんだが、先輩から言い出したことだとしっかりと確認して、私は大人しく自分の部屋に戻る。私の背後で先輩がもう一回ため息を吐いていたような気がするが、あの先輩は意外と押しに弱いと知っている私の勝ちです。
先輩が帰って来るまでの間、部屋でレポートでも作成していようと思っていたのだが、どうやら寝てしまっていたらしい。鬱憤だけでなく、疲れも溜まっていた所為だろう。
「今、何時……?」
手元にあった携帯を手繰り寄せて時間を確認すると、先輩が出かけてから二時間近く経過していた。仮眠にしては寝すぎだと思いつつ、私はうがいをしてから水を飲む。
「そろそろ先輩も帰ってくる頃だし、ちゃんと可愛らしくしておかないと」
別に寝起きが酷いわけではないが、何時もより機嫌が悪かったりするので、しっかりと目を覚まそうと軽く頬を叩き、滞ってしまったレポート作成の為にPCの前に座り直す。
「結衣先輩じゃないけど、私もレポート作成遅れてるし……」
何時もなら大学で済ませてしまうのだが、今の状況でレポート作成を黙々とできる程精神的に強くない。なので仕方なく家で作ろうと思っているのだが、家だとどうしても怠けてしまうのだ。
「監視されてるようで嫌だから大学でしてないのに、家でするなら監視が欲しいなんて、ちょっとおかしな話だよね……」
キーボード入力をしながら苦笑いを浮かべる私。最近独り言も増えてきたような気もするが、別に友達がいない寂しいヤツではない。ないのだが――
「私の愚痴に付き合わせるのもなぁ……」
――現状を知っている友人たちは、同情しつつも遠巻きに私を見てくるだけ。私も無理に巻き込みたくないので、挨拶程度しか交わしていないのが今の友人関係だ。酷いとは思わないけども、少し薄情だなとは思っている。
「先輩なら、誰かに見られても気にしないんだろうけども……」
高校時代あれだけ周りに敵を作っても気にしないで作業出来ていたメンタルの持ち主だ。嫉妬されようと好機の目に曝されようと気にせず作業出来るのだろう。
「やっぱり鬱憤が溜まってるのかな……」
無意識で作業していた所為か、レポートの内容は途中から愚痴に変わっていて、私はため息を吐きながら文字を削除していく。これもそれもすべて、先輩が悪いんだと思いながら。
「ん? メッセージだ」
携帯が鳴り、私はメッセージの送り主を見て顔を綻ばす。その内容は素っ気ないものだったが、ちゃんと私のことを考えていると分かるものだったから。
『何が食べたいんだ』
この一文しかないが、先輩が私のことを考えてくれていると分かる。それだけでさっきまで責めていた先輩に心躍らされてしまう。
「先輩が作ってくれるものなら何でもいいですよ、っと」
ハートでも付けてやろうかと思ったが、あの先輩にそんなことしても意味は無いと思い止めた。内容だけ見れば同棲しているようにも見えるが、残念ながらその様な事実は存在しないのだ。私はもう一度先輩からのメッセージを眺め、気合いを入れ直してレポート作成に取り組んだのだった。
先輩が帰って来るまでに仕上げたかったのだが、どうにもこうにも進みが遅かった所為で終わらず、私は先輩に泣きついた。
「このままじゃヤバいんです~」
「そういう時はだいたいまだ余裕がある時だろ? 自分で何とかするんだな」
「じゃあ、脱線しないように先輩が見ててください」
「何で俺が……」
先輩の家でご飯を食べながら、私は先輩に監視をお願いする。他の人に見られていると嫌な気分になるのだが、この人なら無遠慮に見てくることはしないので安心できる。そう思ってお願いしているのだが、私は私自身の考えに疑いを持った。
「(本当にそれだけの理由で? 別の理由は無いの?)」
自問しながら私は他の理由など無い、と即答できない。確かにレポート作成が遅れてマズい状態であるのには変わらないし、先輩なら安心して部屋にいれることができるという理由はある。だが、それ以外の理由があるのではないかと、自分で分かっているからだろう。
「(少しでも先輩と一緒にいたいという気持ちが、レポートの進みを遅くしているんじゃないか)」
それ程大変なレポートではないので、やる気さえあれば終わらせることができるだろう。だが単位が懸かっていると分かっていながら進まないのは、疚しい気持ちがあるからなのかもしれない。
「まぁ、見てるだけなら構わないが」
「あっでも、私の下着を漁ったりしないでくださいよ?」
「やっぱり断る」
「冗談じゃないですかー、本気にしないでくださいよ。あっそれとも、先輩は私の下着に興味があるんですか?」
「無い」
「即答はさすがに酷くないですか?」
少しは焦ってくれれば可愛げがあるのに、この人は無表情で言い切りやがった……しかも、みそ汁を飲みながら。
「監視のお礼にデートしてあげますから」
「はいはい、別にお礼なんて要らないから、さっさとレポートを終わらせることだけ考えろ」
「たまにはお出かけしましょうよ~」
甘えるように腕にしがみつくと、先輩は一瞬顔を顰めたがすぐに表情を改めた。
「お前の買い物に付き合わされるだけだろ」
「あっ、バレました?」
「はぁ……片づけはお前がやれ」
食べ終えた食器を押し付けられたが、作ってくれたお礼はそれで十分だということだって解釈し、私は片づけを終わらせて私の部屋に先輩を連れ込んだのだった。
連れ込んですることはレポート作成……