やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩に用意してもらったご飯を食べながら、私はふと付き合いたてのカップルみたいな雰囲気だなと思っていた。
「――まぁ、男女逆なような気もしますが」
「は?」
「いやいや、こっちの話です」
思わず声にしてたみたいで、先輩が不審がっている目を向けてくる。まぁ私だって一緒にいる相手がいきなり訳の分からないことを言いだしたら不審がるだろう。
「というか一色、お前少しは自分で家事とかした方が良いんじゃないのか?」
「してますよ。ただ先輩のご飯が食べたかっただけです」
「俺はお前の母親じゃないんだが?」
「分かってますよーだ。……はっ! もしかして私の作った料理が食べたいとか? それってもしかして遠回しのプロポーズですか?」
「何でそうなるんだよ」
心底呆れたような顔をされたが、私も殆ど冗談のつもりだったので笑って流す。もし先輩にその気があるのならお付き合いしても良いかなーとは思ってたけど、このタイミングでプロポーズされても返事に困っていただろう。
「お前か由比ヶ浜が俺か戸塚と付き合ってるという噂で悩んでるとか言ってた割には、堂々と人の部屋に来るよなお前」
「だって私の部屋も先輩の部屋も、噂を流してる人は知りませんし。こんなメンタルの時に自分一人の為に家事なんてできませんって」
「いや、一人暮らしだろうが……自分のことは自分でしろ」
「そう言って面倒を見てくれる先輩が好きでーす」
「はいはい……」
割と本心だったのだが、先輩には何時もの冗談だと思われてしまったようだ。まぁあれだけ振りまくっていたんだから、今更「好き」という言葉に特別な意味があるとは思わないか……
「(つまり、私の自業自得か)」
今の状況は別に悪いものではないと思う。だがこれ以上を望む場合、昔の私がしてきた行動が邪魔になる。そうなった場合、圧倒的に結衣先輩の方が有利だろう。
「先輩、お茶が飲みたいです」
「部屋に戻って自分で淹れればいいだろ」
「先輩が淹れてくれたお茶が飲みたいんです!」
「誰が淹れたって大して変わらないだろ、インスタントなんだし」
文句を言いながらもティーパックでお茶を淹れてくれる先輩を眺めながら、やっぱりこの人は基本的には良い人なんだろうなと思ってしまう。
高校時代には他人に嫌われるように行動していたから気付けなかった人も多かっただろうけども、大学ではそんなことはしていないということなので、私や結衣先輩以外にもこの先輩を狙っている人は多いだろう。もしかしたら、戸塚先輩以上かもしれない。
「先輩は彼女とか作らないんですか?」
「いきなりだな……そんなリア充なもの、この俺が作れるわけ無いだろ」
「でも、雪乃先輩の告白は断ったんですよね?」
「………」
「どうしてですか?」
知っていても踏み込まなかった領域に足を踏み入れた。これで先輩との関係が終わってしまうかもしれないと思って聞けなかったが、聞かないと先に進めない気がしたからだ。まぁ、これが原因で先どころではなくなってしまうかもしれないが。
「雪ノ下の気持ちは嬉しかった。だがアイツの感情は恋愛じゃない。共依存の延長でしかないと気付いたからだ」
「きょーいぞん?」
「共依存。互いに相手がいることが当たり前だと思ってるから、離れると不安になる。だったら付き合ってしまおうって感じだ。最初はそれでもいいかと思ったが、アイツの成長の妨げになると考えて、告白は断った。これから先アイツが目指す場所にたどり着くには、俺という存在が邪魔になる可能性の方が高い。そうなった時、アイツは目標か俺かの選択肢を突き付けられるだろう。恋愛ではなく共依存でしかないのだから、アイツは目標を捨てて俺を選ぶ可能性もある。そうなったらアイツの努力が水の泡だ。俺がいた所為でって周りに言われる。つまり、それが嫌で逃げただけだよ、俺は」
「じゃあもし雪乃先輩の気持ちが本当に恋だったら、先輩は付き合ってたんですか?」
「どうだろうな……雪ノ下のことは――いや、由比ヶ浜もか。アイツらのことを恋愛対象として見たことは無かったかもな」
何処か遠い目をする先輩を眺めて、私は少し後悔し始める。気軽に聞いていい内容じゃなかったと言うのもあるんだけども、それだけ先輩が雪乃先輩のことを考えていたということを知らされ、小さくないショックを受けたからだ。
「そういうわけで、この気持ちに整理が付けられるまで彼女とかそう言うのは無理だな。色々と小難しい理由を付けたが、要するに恋愛に憶病になってるだけのヘタレなんだよ、俺は」
「でも、先輩は雪乃先輩の夢を応援する為に断ったんですよね? 自分がその夢の妨げになってはいけないって思って」
「その時にそんな殊勝なことを考えていたかは分からないが、今あえて理由を考えるとすればそうなんだろうな」
「十分立派ですよ。あっでも、そのことを結衣先輩には?」
「話してない。話す必要も無かったからな。当時は小町にも散々罵られたっけ。『あんなチャンスを自ら捨てるなんて、ゴミいちゃんは本当にダメだ』って」
表情は笑ってるんだけども、目が笑っていない……何だか昔の先輩に戻ったような表情に私は顔を引きつらせたのだった。
「別に由比ヶ浜に話すのなら話しても良いぞ。隠し続ける必要もないだろうし」
「結衣先輩は知る権利があるでしょうしね……二人の所為で、奉仕部は空中分解したんですから」
私が顔を引きつらせた原因を、結衣先輩に話していいのかどうかで悩んでると勘違いした先輩だったが、許可をもらったのでその内結衣先輩に教えてあげようかなと思ったのだった。
先輩から過去の事実を聞いて数日後、私は結衣先輩と二人で大学の側にあるカフェに来ていた。
「それでいろはちゃん。話って?」
「先輩からは話しても良いって言われたんですけど、簡単に話せる内容じゃなかったのでとりあえず他人の耳がない場所に連れ出しました。それはゴメンなさい」
「うん……って、先輩ってヒッキーだよね? そんなに深刻な話なの?」
「簡単に人に話して良い話ではないのは事実ですが、結衣先輩はある意味当事者だと思うので。本当は先輩の口から聞いた方が良いんでしょうけども、あの人が話すとも思いませんし」
「というか、いろはちゃんはそんな話を何時聞いたの?」
「数日前です。大学で浴びせられる視線に辟易して先輩に愚痴ってた日に」
「そんな日があったのなんて知らないんだけど!?」
「まぁそれはさておき」
結衣先輩が何か言いたげな視線を向けてくるが、とりあえず今はそんなことはどうでもいい。私がこの数日、どれだけ悩んだかを考えれば結衣先輩の疑問なんて些末事だ。
「先輩が、雪乃先輩の告白を断った理由……知りたくないですか?」
「っ!」
私のセリフに結衣先輩が息を呑む。まさか私がその理由を知っているなんて思っていなかったから驚いたのか、それともその理由が知れるなんて思っていなかったから驚いたのかは分からないが、とりあえず結衣先輩は小さくない衝撃を受けている。
「……ヒッキーが教えてくれたの? 自分から?」
「いえ、私が踏み込みました。教えてくれないかもとは思いましたが、素直に話してくれました」
「そう……教えて?」
「聞いて、後悔しませんか? あの人は、雪乃先輩が嫌いだから断ったわけじゃないんですよ?」
「聞かせて! そもそも、ヒッキーがゆきのんのことが嫌いで振ったなんて思ってないし」
あの二人を一番近くで見てきた結衣先輩だ。先輩が雪乃先輩に少なからず好意を向けていることには気付いていたのだろう。だからこそ、告白を断ったと知った時に驚いただろう。
「――という理由らしいです」
「そうだったんだ……ヒッキー、ちゃんとゆきのんの夢を応援してたんだ」
「その夢の為に断ったんですから、応援しないわけ無いですよね」
「そっか……つまり、ゆきのん以上に本気にならなきゃ、ヒッキーに振り向いてもらえないってことなんだね」
「あっ、嘘かもしれませんが、お二人のことは恋愛対象として見てなかったって言ってましたよ」
「ゆきのんは兎も角として、私のはガチっぽくないっ!?」
結衣先輩以上に、私のことをそういう目で見ていないのは明らかだ。今のままでは手のかかる妹扱いのままだし、もう少し先輩の中に踏み込んでいかなければと意気込むのは良いのだが、何をどうすればあの人の興味を引けるのか、それが分からないのだった。
何か重い感じになってないか……?