やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
結衣先輩に先輩の真実を話した翌日、大学構内で折本さんと遭遇した。折本さんは例の噂が嘘だということを知っているので、それを周りに広めてくれているところなのであまり会わない様にしていたんだけども、向こうから近づいてくるから逃げるわけにもいかない。
「一色ちゃん、ちょっといいかな」
「はい、何ですか?」
折本さんは結衣先輩と違って大学でも先輩になるのでしっかりと従わないと私の評価が悪くなる。ただでさえありもしない噂の所為で見ず知らずの先輩たちから注目されているというのに、ここに先輩をないがしろにする一年というレッテルまで貼られたらたまったものじゃない。
「さっき結衣ちゃんにあったんだけど、何だか深刻そうな顔をしてたからさー。一色ちゃんなら何か知ってるんじゃないかって思って」
「結衣先輩が、ですか? すみませんけど、思い当たる節はありませんね」
「そっか。ゴメンね、急いでたところに」
「それ程急いでなかったので大丈夫ですよ。それじゃあ、失礼します」
折本さんの前では顔に出さなかったが、結衣先輩が悩んでいる理由なんてあれしかないだろう。タイミング的にも、先輩と雪乃先輩のことだ。
結衣先輩にとって――私にとってもそうかもしれないが――雪乃先輩が日本にいないことが救いになっている。もし雪乃先輩が日本にいて、万が一にもバッタリなんてことになったら気まずいことこの上ないだろう。それでなくても、先輩が雪乃先輩の告白を断っていこう気まずい雰囲気だったのだから……
「どうしてこんなことで頭を悩ませなきゃいけないんだろうな……」
「何が?」
「えっ? な、何でもないよ」
いつの間にか隣に立っていた友人に問われ、私は慌てて否定する。誰かに聞かせるつもりの無かった独白を聞かれたのだから、これくらい動揺しても普通だろう。
「また何か悩み事を抱え込んだのかなーって思ったんだけどね」
「何それ。私ってそんなに悩んでる風に見られてるの?」
「いろは自身は悩んで無さそうだけども、根も葉もない噂が結構広まってるじゃない? だからそのことを気にしてるのかなって」
「気にしてないわけじゃないけど、あれはだいぶ落ち着いてきてくれたし」
「でもまぁ、いろはと結衣さんに嫉妬する気持ちは分からなくもないけどね」
「なによ、それ」
友人の話では、私と結衣先輩が先輩と戸塚先輩と無条件でお近づきになれていることが羨ましいとのこと。そんなこと言われても、私は高校の後輩だし、結衣先輩に至ってはクラスメイトだったのだ。無条件というより既に知り合いだというだけの話なのだが、それで納得してくれない人も大勢いるということなのだろう。
「というか、本当に付き合って無いの?」
「だから違うって。そもそも先輩も戸塚先輩も、そういうことに興味薄そうだし」
「あー、それは何となく分かるかも」
そもそもあの二人が「そういう関係」なんじゃないかと疑われるくらいだし……戸塚先輩の見た目も相まってのことなんだろうけども、二人ともそっちの趣味は無いとハッキリ言い切れない態度だし……もちろん、そんなこと無いって分かってるんだけども、どうしても不安になってしまう空気があの二人の間にはあるのだ。
「結衣さんも悩んでる感じだったから、いろはも同じ悩みなのかなーって思ったんだけどね。違ったようだし、私は行くね」
「それだけの用事だったの?」
「偶々見かけたってのもあるけど、友達が悩んでる風だったら声を掛けるのが普通じゃない?」
「……そうかもね」
弱々しい笑みを浮かべながら友達を見送って、私は自分の講義の為に移動する。だがこんな悩みを抱えたまま講義を受けても意味は無さそうなんだよな……
結局一日中講義を上の空で聞いていた所為で、気付いたらすべての講義を消化していた。どうやら結衣先輩も似たような状況らしく、私たちは食堂で互いの顔を見てため息を吐きながら笑みを浮かべていた。
「いろはちゃんも?」
「えぇ……何の成果もない一日でした」
互いに虚無感を覚えながら席に座り、今後どうすればいいのかを話し合うことになった。
「結衣先輩はどうするんですか?」
「どうするって?」
「だから、先輩に対してどう動くか、ですよ」
「ヒッキーのことは昔から好きだけど、ヒッキーは私のことを恋愛対象として見てないんでしょ?」
「そう言ってました。それが本音かどうかは分かりませんけど」
あの人のことだから嘘という可能性も大いにある。なにせ結衣先輩の胸が当たるたびに顔を赤面させていたわけだし、少なくとも異性だということは認識していたはずだ。私が詰め寄っても赤くなっていたんだし、異性に興味がないというわけでもないだろう。
「ゆきのんの気持ちを考えたら、私がヒッキーに告白するなんて面白くないって思っちゃうんだよね」
「どうしてですか? 雪乃先輩は先輩に振られたわけですし、その後に結衣先輩が告白しても問題ないじゃないですか。むしろ、どうして遠慮してたんですか? 結衣先輩なら、雪乃先輩の後に告白するチャンスなんて幾らでもあったじゃないですか」
空中分解していたとはいえ、奉仕部は残っていた。することは無いがあの教室に集まることは止めていなかったし、小町ちゃんが中心となって何かしようとしていた。だから先輩も雪乃先輩も、ついでに結衣先輩もあの教室にいたのだから、隙を見つけて先輩に告白することだってできたはずだ。ましてやあの時には、先輩に気持ちを知らなかったんだし。
「だって、私はヒッキーがゆきのんのことが好きだって思ってたから。告白を断ったって聞いた時は驚いたし、もしかしたら私にもチャンスがって思ったこともあるよ」
「じゃあ何で?」
「だって、ズルいじゃん」
いったい何が狡いと言うのだろうか。狡さで言うのなら、結衣先輩の気持ちを知っているに違いないのに先輩に告白した雪乃先輩の方だと思うのだが。まぁ、同じ人を好きになったんだし、どちらが狡いというわけではないのだろうが……
「ゆきのんが振られたって分かってるのに私がヒッキーとお付き合いしちゃったらさ。ただでさえ気まずい空気だった奉仕部の中にさらに居づらい空気が流れちゃうし。ゆきのんが振られたから私の番だって感じでもなかったし」
「まぁ、結衣先輩が告白してもいい結果だったとは思えませんけどね」
「だよね……私も何回か告白しようとは思ったんだけど、成功する未来は見えなかった」
「三年になってから、先輩は常に忙しそうにしていましたからね。お陰で生徒会の仕事を手伝ってもらおうとしてもなかなか捕まえられませんでしたし」
実際に忙しかったのかフリだったのかは分からないけども、先輩は常に忙しない感じだったので、手伝いを頼むのも憚られる感じだったのだ。でもまぁ、手伝ってもらったんだけども。
「ヒッキーはやる気を出さなかっただけで実力があったからね……」
「あの人が本気になれば葉山先輩すら凌駕する力があったでしょうし」
「意外に人気あったしね」
先輩は捻くれてるだけでちゃんと人のことを考えられるからなのか、一部の人間から好意を寄せられていたのだ。もちろん、私もその中の一人だが。
「ヒッキーのことは平塚先生も注目してたし、他の先生からも一目置かれてたし」
「あの先生は先輩のことを異性として見てた節もあるでしょうけどもね」
「大人の色香があったしね」
「哀愁じゃないですか?」
結婚できないという嘆きから先輩に同情されていた感じだったし、先輩がもし十年早く生まれていたらって考えてると知っていたらあの先生の人生も変わっていたのだろうか。
「先輩が本気を出してから、結衣先輩との距離もできてましたしね」
「ヒッキーがどんどん遠くなっていっちゃった感じだったし」
「ですよね」
偶々私が隣の部屋に引っ越してきたお陰でまた縁ができたけども、もしあのままだったら一生近くに戻れなかったんだろうな……
「いろはちゃん」
「何ですか?」
「私、一度本気で考えてみるね」
「何を?」
「ヒッキーとの関係を」
「そうですね……私も、考えようと思います」
このままでも十分幸せなのですが、現状では引っ越したら終わってしまうのでまた一歩踏み込まなきゃいけないと心に決めたのだった。
関係を変えようとするのは難しい