やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない   作:猫林13世

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好みは人それぞれ


踏み出す一歩

 戸塚先輩に話を聞いてもらったおかげで、今後の方針は決まった。だが問題は、ここ数日先輩相手に気まずさを懐いていた私の心。

 

「いきなり先輩の部屋を訪ねたら不審がられるだろうし、かといって偶然を装って部屋に入り込むのも難しそうだしな……」

 

 

 以前なら気軽に先輩の部屋を訪ねることができていたのに、今はそれができない。それだけ私が先輩に対する気持ちを理解してしまったからなのだろうけども、理解したからこそ踏み出さなければいけない。私は自分にそう言い聞かせて家に帰ろうとして――

 

「あれは……先輩?」

 

 

――視線の先に見覚えのある男性と、また見覚えのない女子を見つけた。

 

「何をしてるんだろう」

 

 

 それ程親しい間柄ではなさそうだし、先輩は女子相手に何かを説明しているように見える。暫くして先輩に説明を受けていた女子が頭を下げてこちらに向かってきたので、私は慌てて身を隠し先輩の様子をのぞき見る。

 

「何だ、道を聞かれてただけだったんだ……」

 

 

 今の時代、調べれば道なんて分かるはずなんだけども、最終的に頼るのはその地域の人らしい。だから偶々通りかかった先輩に道を尋ねただけなんだろうけども、私だったら異性には尋ねないだろう。心情的な問題もあるが、何となく身の危険を感じるから。

 

「あっ……先輩も行っちゃう」

 

 

 慌てて隠れたお陰で先輩にもバレずに隠れられたのは良いが、その所為でせっかくのチャンスを不意にしてしまうと思い、私は慌てて先輩の後を追った。

 

「せーんぱい!」

 

「一色か……相変わらずあざとい声の掛け方だな」

 

「なんですとー!」

 

 

 こちらは無理して何時も通りを演じているというのに、先輩は相も変わらず不愛想……これは、私のことも恋愛対象として見ていないということなのだろうか……それとも、私の心の裡を見透かして、あえて何時も通りを演じてくれているのだろうか……

 

「こうして先輩とお話するのって何だか久しぶりですよね」

 

「そうだな。俺と雪ノ下の話をして以来だろ」

 

「そう…でしたっけ……」

 

 

 雪乃先輩の名前が出て、私は途端に気まずくなる。当事者である先輩は気にしていないのに私が過剰に気にしているのは傍目から見てもおかしな話だ。だがどうしても雪乃先輩の名前を聞くと硬直してしまうのだ。

 

「それで、何か用があって声を掛けてきたんじゃないのか?」

 

「偶々見かけたので、先輩を蚊取り線香にして家に帰ろうかと思いまして」

 

「何だ、まだ駄目なのか?」

 

「簡単に克服できるならトラウマなんて言いませんよ」

 

 

 以前路地裏で襲われそうになってからというもの、私は一人で外に出るのが怖い。まだ明るい内はそれ程気にならないのだが、こうして日が落ち、周りに人が少なくなってくると途端に駄目になる。だからなるべく遅い時間に一人で外に出ることはしないのだが、どうしてもでなければならない時はかなり勇気がいるのだ。

 

「先輩が辞めちゃったから、バイト帰りとか怖いんですからね」

 

「だからさっさと俺以外に大丈夫な相手を見つけて送り迎えしてもらえばいいだろ? お前はモテるだろうし、相手を見つけるくらい簡単だろ」

 

「確かにモテますけど、それと大丈夫かどうかは別問題です。そもそも下心全開の相手に告白されても嬉しくないですし」

 

 

 結衣先輩相手なら下心全開でも分かるのだが、私くらいでも興奮するのだろうか? まぁ、中には雪乃先輩くらいが一番だと思う人もいるのだろうし、別におかしくは無いのだろうけども……

 

「(女の気持ちを男が分からないのと同じで、男の気持ちを女が理解できなくても不思議じゃないのかもしれない……分かりたくはないけど)」

 

 

 そもそも高校時代に付きまとっていた相手があの葉山先輩だし、今付きまとっている相手はこの先輩だ。それ程異性に対して貪欲ではないひとたちを見てきたからかもしれないが、私に告白してくる相手がそんなことを考えていそうだと思ってしまうのだ。

 

「(相談相手も戸塚先輩だったし、もしかして私って一般的な男性の知り合いっていない?)」

 

 

 玉縄さんは折本さんに対してだけで、私や結衣先輩に対しては普通に対応してたし、材木座先輩はそもそも現実にあまり興味が無さそうだったし……

 

「一色」

 

「なんですかー?」

 

 

 急に声を掛けられ、私は内心ドキドキしながら平静を装って答える。

 

「何って、もう部屋の前なんだが」

 

「へ?」

 

 

 いつの間にか自室の前に到着しており、私はそんなに長い時間考え事をしながら歩いていたのかと思い知る。先輩が隣にいたから考え事に集中できたんだろうけども、もう少し話しかけてくれても良かったんじゃないかと不満を覚えた。

 

「それじゃあ」

 

「もうちょっとお話ししましょうよ~。というわけで、おじゃましまーす」

 

「お前はまた……」

 

 

 図々しく部屋に上がり込む私を、先輩はため息を吐きながらも追い出そうとはしなかった。なんだかんだで私を受け容れてくれているのだと解釈し、私は普段腰を下ろす位置に移動し、先輩に飲み物を要求するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局先輩にご飯も用意してもらい、私は先輩の部屋を全力で満喫した。ここ数日の気まずさが嘘のようだと思いながら、先輩はこんなにも何時も通りだったのかとうじうじ悩んでいた自分を恥じる。

 

「お前、一人暮らししてる自覚あるのか?」

 

「ありますよー。でも、たまには楽をしたい日だってあるじゃないですかー? でもこんな体質じゃ外食も難しいですし、それなら先輩に作ってもらうしかないじゃないですかー?」

 

「その語尾伸ばすのバカっぽいから止めろ」

 

「なんですとー! 馬鹿じゃないですよー」

 

 

 ぽかぽかと先輩の腕を叩きながら抗議する私……うん、バカっぽい。だが急にキャラ変更しろと言われても難しい。これ以外には無関心な相手にする態度くらいしかないですし……それだと先輩に対して何とも思っていないって勘違いされそうだしで、どうすることもできないのだ。

 

「せっかくだし、今日はこのままここで寝ます」

 

「は? 何がせっかくなんだよ」

 

「お腹いっぱいで動きたくないんですよ。あっ、先輩は私の部屋から私の着替えを持ってきてください。これ、鍵です」

 

「お前……」

 

「お礼として下着の一枚くらい持っていっても良いですよ」

 

「いらねぇよ。というか、本気でこっちで寝るつもりか、お前……」

 

 

 既にだらけモード全開の私を見て、先輩は本気で呆れてるような目を向けてくる。

 

「先輩が悪いですよ」

 

「何が」

 

「あんなに美味しいものを出してきたら、手が止まらなくなっちゃうじゃないですか。それで満腹になって動きたくなくなったんですから、しっかりと責任取ってくださいね」

 

「自重しなかったお前が悪いだろ……人の分まで食べやがって」

 

 

 ここ数日悶々と過ごしていたからか、食事を摂るのも最低限しかやっていなかった。だからではないが、先輩の料理をがっつり食べてしまったのだ。

 

「先輩が小皿に取り分けなかったのが悪いですよ。私は悪くありません……」

 

「責任転嫁にもほどがあるだろ……ったく」

 

 

 先輩は腰を上げ、私から鍵を受け取り隣の部屋へ。なんだかんだ言って私を受け容れてくれるのは先輩だけなのだと、いい加減自覚してほしいくらいですよ、まったく。

 

「……って、先輩に私のカップを知られちゃうんじゃ」

 

 

 そこまでじろじろ見る人じゃないと思うし、あまり興味を持って無さそうだとも思うけど、意識してしまうと急に恥ずかしくなってきた……

 

「でもまぁ、先輩だしな……」

 

 

 慌てるだけアホらしいと思い、私は先輩が淹れてくれていたお茶を啜りながら戻ってくるのを待つ。五分もしない内に先輩が戻ってきて、私の着替えを私の前に放り投げる。

 

「投げないでくださいよ」

 

「うっせぇ! 家族でもない女の着替えを用意する俺の身にもなりやがれ」

 

「なんですか、俺と家族になろうって口説いてるんですか? ゴメンなさい、遠回し過ぎて気持ち悪いです。もっと分かり易くして出直してきてください、すみません」

 

「何でそういう解釈になるんだか……」

 

 

 こうして誤魔化しておかないと私自身が落ち着けない。だからそうふざけたのだ。

 

「お風呂借りますねー」

 

「動けてるじゃねぇかよ……」

 

 

 先輩のツッコミは聞こえないふりをして、私はお風呂で早鐘を打つ心臓を落ち着かせるのだった。

 

「あれ? 私、何処で寝れば良いんだろう」

 

 

 その疑問にたどり着き、私の心臓は再び早鐘を打ち始める。




一気に前進した気がする
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