やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない   作:猫林13世

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絶賛混乱中


気持ちの整理

 勢いで先輩の部屋のシャワーを使ったが、冷静になって考えればこの状況は色々とマズい気がする。だって私と先輩は付き合っているわけでもないので、私のお風呂上がりの色香に惑わされて――

 

「って、そんなことで篭絡できるなら、結衣先輩がとっくに篭絡してるか……」

 

 

 先輩と結衣先輩は同級生で、修学旅行でお風呂上り姿を見せることはできたはずだ。あの結衣先輩の色香で堕とせないなら、私程度の色香では堕ちないだろう。それよりも問題は、私は何処で寝ればいいのかである。

 

「先輩のベッドを借りるにしても、そこに染み付いている先輩の匂いで寝られないかもしれないし、そもそも先輩は何処で寝るんだって話になりますし……」

 

 

 だったら先輩がベッドを使って私は床で寝る? 

 

「あの先輩がそんな状況を善しとするとは思えないですね……冷たい様に見えて優しい人ですし」

 

 

 自己犠牲を厭わない性格だったので、自分か私かを選べと言われ、私を床に寝かすという選択をするとは思えない。でもそれだと先輩を床で寝かせることになってしまう……それはそれで心苦しい。

 

「一番いいのは、私が部屋に戻って寝ることなんだけど、せっかく勇気を出してお泊り宣言したというのにそれは……」

 

 

 少しでも先輩との関係を前進したくてしたことなのに、何も進展がないまま逃げ出すのは負けに等しい結果だ。そんなの、私が納得できない。

 

「まぁ良いか……先輩が何とかしてくれるでしょうし」

 

 

 昔から無理難題にぶち当たったら先輩を頼ってきた。生徒会長にした責任という言葉で脅していたとも言えるが、先輩はしっかりとその無理難題を解決してくれた。

 

「プロムの件は、私と雪乃先輩だけじゃどうにもならなかっただろうし……先輩だからできた手段ということだったけども、詳細は私には教えてくれなかったしな」

 

 

 雪乃先輩はなにかを察していたようだったけども、私は何故先輩が雪乃先輩のお母さんをはじめとする保護者を説得することができたのかを知らない。だが結果から先輩がプロム反対派を黙らせたということは分かる。誰も何も言わなかったけども、先輩が最低な手段をとって反対派を押し切ったということは、合同プロムを開催したことから分かっているから。

 

「よくよく考えたら、私って先輩のことを何時から信頼してるんだろう……」

 

 

 初めて見たのは奉仕部に連れていかれた時。城廻先輩と一緒に平塚先生に連れていかれたのだ。その時は結衣先輩と雪乃先輩が主に話を聞いてくれて、先輩は私が嫌われている子なんだなという視線を向けてきた印象しかない。だが実際に事態を収拾してくれたのは先輩だ。雪乃先輩と結衣先輩を仲違いさせること無く、かつ私をバカにしてきた子たちを見返すチャンスを作るという、最高にスカッとする結末を用意したのだ。

 その結果生徒会長をしなければいけなくなったのだが、先輩がフォローしてくれたお陰で、問題なく生徒会活動はできていた。

 

「その時から? それとも、葉山先輩に振られて泣いた時?」

 

 

 あの時は本気で悔しくて本気で泣いた。本気の恋じゃなかったと今では言い切れるけども、あの時は結構本気で葉山先輩を狙っていたのだ。彼氏にできたら自慢できるとか、人気者を堕とせば私の評価が上がるとか、そんな理由だったにしてもだ。

 

「でも、いつの間にか吹っ切れて、それからは先輩に纏わり付いていたような気もしないでもないですね」

 

 

 あんな見た目だから誤解されがちだが、先輩は決して最低な人間ではない。選ぶ手段は最低でしたけども、人間性は立派だ。詳しくは知らないが、文実での出来事は相模先輩の尻拭いの結果であり、先輩が泥をかぶったお陰で無事に文化祭を終えることができたらしい。

 だが噂として出回ったのは、先輩が相模先輩を侮辱し泣かせたということだけ。先輩も噂を否定しなかったから仕方が無いのかもしれないが、あそこで相模先輩を切り捨てたら、奉仕部が受けた依頼『相模先輩の成長を促す』を達成することはできなくなっていただろう。自分の力を過信し、できなくなったから逃げ出し、挙句に周りからそれを指摘されたら相模先輩は終わっていただろう。

 

『一色、何時まで風呂に入ってるんだ? 逆上せてるんじゃないだろうな?』

 

「大丈夫ですよ? それとも、一緒に入りたいんですか?」

 

 

 外から声を掛けられ、私は長い時間考え事をしていたんだと気付いた。冗談で言ったことだが、半分くらいは期待もあった。

 

『バカなこと言ってないでさっさと出てこい。何時までも占領されてると俺が使えないからな』

 

「仕方ないですね、先輩」

 

 

 何時も通り注意されただけで終わったが、がっかり半分安堵半分の気持ちで私は脱衣所に移動する。もし先輩が乗り込んできたら、先輩のことを恐れるようになっていただろうし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先輩が用意してくれたタオルで身体を拭き、寝間着に着替えてから部屋に戻ると、先輩はPCに向かって何かをしていた。レポートでもやっているのだろうと思ったので後ろから覗き込むと、中学生の問題を見ていた。

 

「それって何ですか?」

 

「担当している子のテスト結果だ。何処を理解していないかを把握して、何処を重点的に教えればいいかを考えていただけだ」

 

「先輩は社畜の素質がありますよね。仕事を持ち帰ってるわけですし」

 

「ほっとけ」

 

 

 そう言って先輩はPCを閉じてしまった。怒ったのかと焦りそうになったけども、先輩はお風呂に入る為に作業を中断しただけだった。

 

「一色、お前はベッドを使って良いから」

 

「先輩は何処で寝るんですか?」

 

「クッションでも重ねてそこで寝るから心配するな」

 

「……一緒に寝ます?」

 

 

 計算して行ったあざとさではない。今のは紛れもない私の本当の気持ち。この人となら一緒に寝ても問題ないと思えたから誘った。ただそれだけ。それ以外の考えは無い。

 

「………」

 

 

 私の真意を探ろうとしているのか、先輩は無言で私の目を覗き込んでくる。ここで逸らしたら二心ありと思われそうだったので、私はじっと先輩の目を見返す。

 

「お前が心配してくれたのは分かった。だが女の子がそんな風に言うもんじゃないぞ」

 

 

 私の頭を少々乱暴に撫でる先輩に、私は何時も通り計算して作るあざとさで抗議する。

 

「妹扱いしないでくださいよ! こんなに可愛い女の子が誘ってるんですから、素直に受け入れたっていいじゃないですか!」

 

「本当に据え膳だったら頂いたかもしれないが、お前は純粋に俺のことを心配して提案したんだろ? だからその心配は無用だって言っただけだ」

 

「……先輩って、損な性格してますよね」

 

「自覚はしてる」

 

 

 引き攣った笑みを浮かべながら風呂場へ向かう先輩を見送り、私はその場で脱力する。もし先輩が一緒に寝ることを選んでいたら、私はどうなっていたのだろう。

 

「最悪先輩に恐怖心を抱くようになっていたかも……」

 

 

 自分から誘っておいて、そうなるかもしれないと思っていながらも、私は先輩に嫌悪感を抱くことになっていただろう。だから先輩が断ってくれてホッとしている。

 

「でも、想像していた反応とちょっと違ったんだよな……」

 

 

 何時もみたいにバカなことを言うなみたいな感じで怒られるかと思っていたのだが、先輩は私の心の裡を見透かし、そして妹に向けるのとは違う感じの気持ちで私を注意してくれた。

 

「……ん? そう言えば先輩、とんでもないことを言っていたような気も」

 

 

 確か『本当に据え膳だったら頂いていた』って言ったよね……それってつまり、私が本気で誘えば応えてくれる可能性があるってこと? 私のことを異性として見てくれてるってこと?

 

「あ、あれ? なんだろうこの現象……」

 

 

 お風呂上りだから身体が熱いというわけでもないのに、身体の内から熱が湧き上がってくる。こんなことは今まで無かった。

 

「もしかして私、本当に先輩に抱かれたらって想像して興奮してる?」

 

 

 自分がこんなにもイヤラシイ子だったなんて気付き、私は恥ずかしさから先輩のベッドに潜り込む。こんな気持ちを忘れる為にさっさと寝てしまおうと思ったのだが、先輩の匂いがして暫く落ち着くことすらできなかった。




逃げ込んだ先は死地だったと……

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