やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
普段嗅がない匂いで目が覚めた私は、ここが何処だか一瞬理解できなかった。だがすぐに先輩の部屋に泊まった――無理矢理居座ったとも言うが――ことを思い出し、匂いの先にいるのが先輩だと理解する。
「せーんぱい、おはようございます」
「朝からあざとさ全開だな……」
「なんですかー! 朝から可愛い後輩が挨拶してあげたんですから、もうちょっと何かあっても良いんじゃないですか?」
「可愛い後輩は勝手に部屋に泊まりベッドを占領したりはしないと思うがな? まぁ使って良いって言ったのは俺だから別に良いんだが」
先輩が許可してくれなくても勝手に使ってただろうけども、許可が下りたから先輩のベッドに潜り込んだのだ。その所為で暫くは先輩の匂いに包まれているような気がして寝られなかったけど……
「(もしかして今、私の身体には先輩の匂いが染み付いている? そう言えば昨日、先輩のシャンプーを使ったわけだし……)」
不意に不安になった私は自分の身体の匂いを嗅ぐ。だが一晩中その匂いに包まれていた所為で鼻が麻痺しているのか、自分がどんな匂いなのか分からなくなってしまっていた。
「先輩、私の匂い変わってますかね?」
「は? 俺がお前の匂いなんて知るわけ無いだろ」
「本当ですかー? しょっちゅう抱き着いたりしてるんですし、嗅ぎなれてると思うんですけど」
「人聞きの悪いことを言うな。お前から抱き着いて来てるだけだろうが」
「この際どっちでも良いですよ。それで、何時もと違いますかね?」
今日は普通に講義とかあるので、匂いが変わっていたら気付かれるかもしれない。結衣先輩はどことなくイヌっぽいし……
「そんなに気にすることか? 何時も通りテキトーに誤魔化せばいいんじゃないのか」
「さすがに先輩の匂いが私からしてたら誤魔化せないと思うんですが」
「は? 俺の匂い?」
「だって私、昨日先輩のシャンプーで洗って先輩のベッドで寝たんですよ? 私から先輩の匂いがしてたら誤解されるかもしれませんし」
「誤解? 何を誤解するって言うんだよ」
「それはその……」
ある種のセクハラじゃないかとも思ったが、先輩は本気で分かっていないような顔をしている。普段どうでも良いことは気付くのに、どうしてこういう時だけ鈍感になるのだろう……
「私が先輩と朝チュンしたって」
「あー……そういう考え方もあるのか」
この表現で伝わるかなとも思ったが、どうやら理解してくれたようだ。そう言えば先輩の交友関係にあのオタクがいましたし、伝わっても不思議ではなかったですね。
「着替えれば匂いなんて変わるだろうし、シャンプーはテキトーに『入ってから無かったことに気付いて借りた』とか言っておけばいいだろ。部屋が隣だってことは知られてるんだし、それで誤魔化せるだろ。由比ヶ浜相手ならな」
「それって結衣先輩に失礼じゃないですか?」
「そうか? 由比ヶ浜ならそれで誤魔化せそうだが」
私が言った「失礼」とは、結衣先輩の気持ちを知っていながら抜け駆けなようなことをしておいて誤魔化すのは失礼という意味で言ったのだが、先輩はさすがに馬鹿にし過ぎじゃないかという意味で使ったと思っているようだ。まぁそっちの意味もあったので間違っているわけではないのだが……
「そんなに気になるなら、出かける前に自分の部屋で髪を洗えばいいだろ。そうすれば匂いも誤魔化せるだろうし」
「でもせっかく先輩の匂いに包まれてるのに……」
「どっちなんだよ……」
呆れながらも朝食の準備を済ませ、自分だけ先に食べ始める先輩。
「どうして先に食べちゃうんですかー!」
「朝から用事があるんだよ、俺は」
よく見れば先輩の分の朝食は簡単に摂れるもので、私のはちゃんと栄養を考えて作られているものだと分かる。
「お前が出かける時に鍵は閉めておいてくれ。ポストにでもしまっておいてくれればいいから」
「分かりました。先輩、ご馳走様です」
「食べる前に言われるとはな」
先輩は脱衣所で着替えてから私に鍵を渡し出かけていった。残された私は先輩が作ってくれた朝食に満足してから部屋に戻り、断腸の思いでお風呂に入ってから着替えたのだった。
自分のシャンプーで洗ったからか、匂いの事を結衣先輩に追及されることは無かった。初めから心配し過ぎだったのか、それとも先輩に言われた通り自分の部屋で洗ったからなのかは分からないが、私が先輩の部屋に泊まったことを結衣先輩に気付かれることは無さそうだ。
「そういえばこの間彩ちゃんから遊びに誘われたんだけど、いろはちゃんも一緒に行かない?」
「えっ、戸塚先輩にですか?」
「うん。ヒッキーたちも一緒だって言ってたから、私の方も友達誘って良いよって言われてるんだー」
「先輩たちってことは、玉縄さんたちもってことですか?」
「何時もの四人だって言ってたよ」
「なる程」
これが誘って来ているのが玉縄さんなら、折本さんを呼べと催促しているように感じたでしょうが、戸塚先輩なら純粋に遊びに誘ってくれているということが分かる。
「それで、結衣先輩は他に誰か誘ったんですか?」
「カオリンは誘っておいたよ~。後は面識ある人あまりいなかったから断られたけど」
「まぁ、居心地は悪そうですしね」
面識はあっても会話したこと無いという人が殆どでしょうし、ただでさえ戸塚先輩の見た目に圧倒されてしまう人が多そうだ。それに加えて先輩までいるとなれば、慣れていない人は遠慮してしまうだろう。
「それじゃあ、私も参加しますよ」
「じゃあ彩ちゃんに言っておくねー。これで週末は皆でお出かけだね」
「というか、良く先輩が付き合ってくれましたね」
「彩ちゃんが頼み込んだみたいだよ」
「なる程」
戸塚先輩の頼みは断れないのは相変わらずで、先輩を連れ出したいときは戸塚先輩に頼めばいい。これは私たちだけではなく玉縄さんたちの中でも知られているようだ。
「それじゃあね、いろはちゃん」
「はい、また明日です、結衣先輩」
最寄り駅に着いて結衣先輩と別れた私は、心の中で結衣先輩に謝罪した。
「(先輩の部屋に泊まったことを黙っていてゴメンなさい)」
さすがにそんなことを堂々と宣言できる程、私は図太くない。ましてや付き合ってもいない異性の部屋に泊まったなんて知られれば、それこそビッチだと思われかねない。
「あっ、そう言えば先輩の部屋の鍵……」
私が出かける時にポストに入れておこうと思っていたのを忘れ、今もバッグの中に入っている鍵の事を思い出し、私は気持ち早足で部屋に向かう。これが合鍵だということは分かっているので、先輩が部屋に入れないという心配はしていない。だが鍵を持ち逃げされたとか思われたくないので、一刻も早く先輩にお詫びをしなければ。
「あっ先輩」
「一色?」
「何、比企谷君の知り合い?」
見知らぬ女性に絡まれていた先輩を見つけ、思わず声を掛けてしまった。先輩の方は助かったという顔をしているが、女性の方は少し不機嫌そうに私を見詰めている。
「えぇ。それじゃあ俺はこれで」
私の手を取りその場から立ち去る先輩。まだ何か言いたげな女性だったが、先輩が相手をするつもりがないということが分かったのか追いかけてくることは無かった。
「悪い、助かった」
「別に何もしてないですけど……というか先輩、手……」
「ん? あぁ、すまん」
女性が見えなくなったのを確認してから、先輩は私の手を解放する。別に不快じゃなかったのでこのままでも良かったんですけど、何となく気恥ずかしかったから……
「さっきの人は?」
「ゼミの先輩でな。なんでか知らないが言い寄られてて困ってたんだ。一色がタイミングよく通ってくれて助かった」
「へー、先輩ってモテるんですね」
「よく知りもしない相手に言い寄られても困るだけだろ。それは一色だって分かってるだろ?」
「それはまぁ……」
しょっちゅう顔くらいしか知らない相手から言い寄られてるので、先輩の気持ちは分かる。でもさっきの人はそれなりに美人だったし、スタイルだってよかったと思うのにどうして困ってたんだろう。
「付き合ってみようとか思わないんですか?」
「気になってる相手がいるのに、それ以外の人と付き合える程、俺は器用じゃねぇよ」
「そう、ですか……」
先輩が気になってる相手。それが誰なのか聞く勇気が無かった。だって、恐らくは雪乃先輩のことだろうと思ったから……
八幡は普通にモテると思うが