やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩に気になっている人がいると聞かされて、私は少なからずショックを受けている。先輩が雪乃先輩のことを本当はちゃんと想っているということは分かっていたはずなのに、どうしてこんなにもショックを受けているのだろう……
「(もしかしたら、先輩は私のことを気にしてくれているのかもとか思ってたのかな……)」
ある意味気にしてくれてはいるだろう。先輩は私が男性恐怖症になった現場に立ち会っているし、私が唯一身構えなくても大丈夫な――戸塚先輩は別だ――異性だし、こうして隣で生活しているからいろいろと気にしてもらっている。
「(でも、それはやっぱり後輩としてとしか見てくれてなかったってことなんだろうな……)」
週末に結衣先輩たちと一緒に遊びに行くと誘われた時は嬉しかったのに、今はこんなモヤモヤした気持ちで過ごすなんて……
「何であのタイミングであの場所を通っちゃったんだろう」
思わず声に出してしまったが、隣の部屋に聞こえるわけもない。先輩の独り言だって聞こえたことなんて無いのだから、私が呟いた愚痴など聞こえないだろう。
「というか、先輩は週末ちゃんと出かけるつもりなのかな?」
戸塚先輩に頼み込まれたらしいが、恐らくは玉縄さんが折本さんを呼ぶための餌として呼ばれたのだろう。いい加減自分の力で誘えば良いものを……
「とりあえず前日は先輩の部屋に居座って、なにがなんでも一緒にお出かけしてもらおう」
先輩がいないあの面子を考えると、結衣先輩は戸塚先輩とペアになるだろうから地獄でしかなくなる。玉縄さんは折本さん狙いだから、必然的に私の相手はあの材木座先輩になる……
「考えるのは止めよう」
あの先輩に何かされるとは思えないが、だからといって安心できるかどうかは別問題。私は先輩に何が何でも同行してもらおうと強く心に誓ったのだった。
もやもやした気持ちで過ごしていたら、あっという間に週末に。明日は結衣先輩たちとお出かけの日。というわけで私は朝から先輩の部屋に乗り込んでいた。
「せーんぱい、明日のこと忘れてないですよね?」
「できることなら行きたくないんだがな……」
「駄目ですよ。結衣先輩や戸塚先輩も先輩が来るものだって思ってるんですから」
「はぁ……」
非常に憂鬱そうにため息を吐いてから、先輩は私の前にカップを置く。最早何も言わなくてもお茶を用意してくれるようになったのだ。
「ありがとうございまーす」
「追い返しても無駄だからな」
先輩はそれだけ言ってPCの前に座り直す。今日の夕方は家庭教師の日らしく、その準備らしいと作業を見て理解した。
「先輩なら前日までに終わらせてると思ってましたけど、ギリギリまでやってなかったんですね」
「最終確認だ。さすがにギリギリじゃ終わらないからな」
「真面目ですねー……どうしてそれが高校時代に発揮出来なかったんですか?」
「俺程真面目な生徒はいなかっただろ?」
「何言ってるんですか。先輩はトップクラスの不良生徒だったじゃないですか」
言うほど悪い噂は無かったのだが、むしろそれは存在が知られていなかったからだろう。先輩の人間性を考慮すれば仕方が無いのだが、先輩が二年次に残した功罪は、先輩を悪く言うには十分すぎるくらいの威力がある。
「屋上で女子生徒を泣かせて、修学旅行で告白を横取りして、生徒会の企画と同じ内容を別団体としてぶつけてきた最悪な人ですよ? 何処が真面目なんですか?」
「お前はその裏事情を全部知ってるだろうが……」
「はい。先輩が泥をかぶることでその場を丸く収めようとした結果ですよね」
その裏事情だって結衣先輩から聞いたことだ。この人ならそれくらいするだろうと今では思えるが、先輩という人をちゃんと理解していないと最悪な人としか思えない所業だ。
「そんな先輩だから、遠慮なく面倒事を押しつけ――手伝いを頼めたんです」
「いや、言い直さなくて良いからねもう……」
「だから、明日もちゃんと来てくださいね? 来ないと全員でこの部屋に押しかけますから」
「いや辞めて? 怖いからな? そんな風に宣言されたら鍵かけて引き篭もるからな?」
「あっ、合鍵返して無かったですね。その鍵で開けますね」
「いや、返せよ……」
「部屋のバッグの中なので、後で返しますね」
取りに行くつもりがないというのが伝わったのか、先輩は盛大にため息を吐いて立ち上がった。
「俺はもう出るから、お前も帰れ。そのついでに鍵を返せ」
「お留守番しておいてあげますよ。そうすれば鍵を掛ける必要もないですし、ついでに私も先輩の晩御飯をご馳走になれますし」
「お前はまた……」
「それじゃあ先輩、行ってらっしゃい」
満面の笑みで送り出してあげると、先輩はガックリと肩を落としながら出かけていく。こんなに可愛い後輩が見送ってあげているというのにあの態度……これは仕返しをしなければ気が済まないですね。
「というわけで、先輩のお部屋点検開始」
何か弱みでも握れればいいと思い部屋を捜索したが、弱みになりそうなものは何も出てこない。それどころか自分の部屋よりも整頓されている部屋を見せつけられた気分だ。
「やっぱり何も無いのかな……ん? これは」
クローゼットの奥に置かれている写真を見付け、私はその写真を確認する為に手を伸ばし――後悔した。
「これって雪乃先輩とのツーショット……」
別にこの写真だけが特別というわけではないだろう。隣には小町ちゃんの写真とか、戸塚先輩との写真とかも飾ってあるのだが、どうしてもその写真だけが私の心に重くのしかかってくる。
「私だって先輩とツーショット撮ったことあるのにな……」
先輩の告白を聞いてからというもの、どうしても雪乃先輩と自分を比べてしまう。近くにいないという時点で脱落したと思っていたのに、まさかこんなにも私の心にダメージを与えてくるとは……やっぱりあの人は扱いにくい。
「側にいる結衣先輩の方がよっぽど敵になると思ってたのにな……」
誰もいない部屋でぽつりとつぶやき、私は携帯に保存されている写真を眺め思わず涙するのだった。
いつの間にか寝てしまっていたのか、私は人の気配を感じ身体を起こす。
「ここは?」
「お前、本当に人の部屋にいたんだな……」
「あっ先輩。お帰りなさい」
「ただいま」
寝起きだったので可愛い顔ができたかどうかは分からないが、先輩は普段と変わらない感じで返事をくれた。何だか同棲カップルのような会話だが、私たちの関係はあくまでもお隣さん。先輩後輩でしかない。
「何だか泣いてたようだが、何かあったのか?」
「乙女の寝顔を見るなんてサイテーです! 先輩はバカです! ボケナスです! 八幡です!」
「最後のは罵倒じゃないだろうが。というか、そのフレーズ知ってたのか……」
「小町ちゃんが言ってるのを聞いたことがあったので」
学校で先輩が小町ちゃんに罵倒されていたのを偶々聞いただけなのだが、何だか面白いフレーズだったから何時か使いたいと思っていたのだ。まさかこんなタイミングで使えるとは……
「泣いてたわけじゃないですよ。ちょっと欠伸して涙が出ただけです」
「なら良いが……また何か抱え込んでるんじゃないかと思っただけだ」
先輩は「気にするな」という感じでキッチンに向かっていくが、私は先輩の気遣いが嬉しかった。
「先輩、どうしてクローゼットの奥に写真なんて置いてるんですか?」
「おまっ!? 見たのか」
「はい! 先輩の弱味を見つけようと思いまして」
「相変わらずいい性格してるよな、お前」
「先輩には負けますけどね」
先輩の隣に立って料理のお手伝いをしようと思ったのだが、私がいたらむしろ邪魔になりそうだったので回れ右をして元の位置に戻る。
「堂々と飾っておくもんでもないだろ? だから奥に置いてあるだけだ」
「何だったら私との写真もプリントアウトしてあげますよ? 先輩がノリノリでピースサインしてるあの写真です」
「まだ消してなかったのかよ」
「すっかり忘れてましたので」
嘘だ。本当は先輩との思い出を消したくなかったから、意図的に消してなかっただけ。だがそのことは言わない。言えるわけがない。だって先輩の心の中には、私ではなく別の女性がいるのだから。
いろはが八幡の部屋にいるのが当たり前になってきた