やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
大学の入学式なんて特に緊張する事も無いだろうと思っていたけども、私は昨日知った事実が気になっていた。あの結衣先輩が私と同期生になるということ。もしばったり会ってしまったらどう反応すれば良いのかに頭を悩ませていた。
「(結衣先輩の事だから特に気にしないのかもしれないけども、こっちはそんな風に考えられないよね)」
先輩に相談したかったけども、昨日再会してすぐにバイトに行ってしまったので相談できなかった。というか、先輩が出かけてから結衣先輩が同期生になるということを聞いたから相談することが出来なかったのだ。
「(まぁ、同じ大学だって言っても学部が違うかもしれないし、これだけ人がいれば会うこともないかな)」
結衣先輩が私と同期生になるって知っていれば会ってしまうかもしれないけども、戸塚先輩に黙っててほしいとお願いしておいたので、恐らく結衣先輩は私がこの大学にいるということは知らないだろう。
「あれ? いろはちゃん?」
「………」
何故こんな人が多いのに聞き覚えのある声が聞こえてくるんだろう? というか、何故考えてるとその人と会うんだろう……
「えっ、結衣先輩? お久しぶりでーす。どうしたんですかー?」
動揺していることを隠すために、私は高校時代結衣先輩にしていた態度で対応する。大学生にもなってこんな喋り方はおかしいかもしれないけども、結衣先輩相手ならこれくらいでも問題ないだろう。
「いろはちゃんもこの大学なの?」
「そうですけど、何で結衣先輩が入学式にいるんですかー? 確か私の一学年上だったと思うんですけど」
「やはは……浪人しちゃってねー。今回も危なかったけど、何とか合格できたんだ~」
「そうだったんですかー。あっ、結衣先輩は何学部なんですかー?」
「文学部だよ」
あっ、やっぱり一緒だった……まぁ先輩がいるかなーって思って文学部を選んだから仕方ないけども、まさか結衣先輩と一緒になるなんて思ってなかった……
「いろはちゃんこの後時間ある? 久しぶりにお喋りしようよ」
「いいですよー。あっ、結衣先輩は何処に住んでるんですか~?」
「えっとね――」
結衣先輩の住所を聞いて、私は随分と近所だなって思った。これなら家の近くでお喋りすることになっても問題なさそうだ。
「結衣先輩はその辺りのお店知ってますかー? 私昨日引っ越してきたのでまだ分からないんですよー」
「私もまだこっちに来てそんなに時間経ってないけど、ある程度なら分かるよ。それじゃあ今日は私がお店決めて良い?」
「お願いしまーす」
入学式後の予定が決まって、私はただただ退屈な式典に参加することにした。まぁ、結衣先輩とのお喋りもそれほど楽しみではないけども、入学早々直帰する寂しさは感じなくてよくなったので、それはそれで良かった。
結衣先輩の案内で近所の喫茶店へ入る。落ち着いた雰囲気でこの時間帯はお客さんも少ないのか、先輩あたりが好きそうな感じだ。
「それにしても結衣先輩と同じ大学、同じ学部になるなんて思いもしませんでしたよー」
「私もー。まぁ、私が浪人してたから仕方ないけども、まさかいろはちゃんと同期生になるなんてねー」
「浪人してたのって結衣先輩だけなんですか?」
「戸部っちたちも浪人してたよ。まぁ、今年もダメだったって聞いたけども」
「そうなんですかー」
さすが戸部先輩。中途半端にチャラい人だったけども、知り合いが後輩になるかもしれないと思うと何だか複雑だな……まぁ、同じ大学に入る可能性は限りなくゼロだろうけども。
「ゆきのんは海外留学してるし、隼人君も一緒に留学してるしね」
「お二人って付き合ってたんですか?」
「家同士が何とかして付き合わせようとしてるらしいんだけど、ゆきのんの方は隼人君に興味ないみたいなんだよね」
「それは見てて感じてましたけどね」
雪ノ下先輩はどう考えても葉山先輩に興味なさそうでしたし、そもそも先輩に好意を持っていたようですしね。
「彩ちゃんやヒッキーはエリート大学だし」
「結衣先輩、まだ先輩と連絡してたんですか?」
「一応ね。卒業の時に告白しようと思ってたんだけども、ゆきのんに先を越されて……」
「雪ノ下先輩が先輩に告白したのって、三年生になってすぐくらいじゃなかったですかー? それなら先輩はフリーのままだったと思うんですけど」
「いや、ゆきのんがフラれたのを見てたから、なんだか勇気が出せなくてね……結局そのことがあって奉仕部はバラバラになっちゃったし」
あの部室に行っても誰もいなかったので、私も何かあったんじゃないかと思って調べたけども、何でまだ集まる可能性がある段階で告白したのかよく分からなかった。フラれるなんて思ってなかったのだろうか? それとも、先輩が遠ざかって終わりだと思っていたのだろうか? その答えは雪ノ下先輩しか分からないだろう。
「そろそろ注文しないと店員さんに怒られそうだね」
「そうですね。面倒だし、食事も済ませちゃいましょうか」
「ここのサンドウィッチ美味しいんだよ~。ホットサンドにしてもいいし」
「そうなんですか?」
メニューを見たけども、食事系で興味を惹かれたのはサンドウィッチだけだ。帰って用意するのも面倒だし、結衣先輩お薦めの物を食べるとしよう。
「私ホットコーヒーとサンドウィッチ。いろはちゃんは?」
「私も一緒のでお願いします」
注文を取りに来た店員にそう告げて、私は結衣先輩の方へ向き直す。どうしても聞いておきたい事もあるし、このまま注文した物が来るまで黙っているのは居心地が悪い。
「結衣先輩はまだ先輩の事が好きなんですか?」
「えっ? ……うん、私はヒッキーが好き」
まさか正直に答えてくれるとは思っていなかったので、私は聞いておいてなんだが結衣先輩の答えに対して反応出来なかった。
「だからヒッキーと同じ大学、同じ学部を受験したんだよね。私の成績じゃ無謀だって分かってたし、ママや先生たちからも止めた方が良いって言われてたんだけど」
「それで浪人してたんですね」
「……いろはちゃん、知らないフリは別にしなくて良いよ?」
「へっ? 何の話ですか?」
一瞬心臓が掴まれたような錯覚に陥ったが、私は表情を変える事無く結衣先輩に尋ねる。
「昨日彩ちゃんからメールが着たんだ。夜遅くにね」
「そうなんですか?」
「いろはちゃんと会って私が浪人してる事話しちゃったって」
「………」
「でもまさか同じ大学、同じ学部だなんて思ってなかったからびっくりしちゃった」
「そうですね。こんな偶然ってあるんですね」
一瞬戸塚先輩が喋っちゃったのかとも思ったが、私が戸塚先輩にお願いしたのは「私が結衣先輩と同じ大学に通う事」なので、私が戸塚先輩と会った事を結衣先輩に喋っても何ら問題は無いのだ。
「今度みんなで集まろうよ」
「みんなって?」
「彩ちゃんとヒッキーが同じ大学なのは聞いてるでしょ?」
「えぇ」
聞いているどころか、先輩は私の部屋の隣で生活しているのだ。無理に集まろうとしなくても顔を合わせることはできる。
「どうせだから四人で何処か遊びに行こうよ。ほら、私といろはちゃんの入学祝とかなんとか言ってさ」
「それいいですね。でも、先輩が来てくれますかねー? ほらあの人、人混み嫌いとか言ってましたし」
もっと言うのであれば「人が嫌い」とも言っていたような気もするけども、あの人が素直に遊びに付き合ってくれるとは思えない。
「彩ちゃんが誘えば来てくれるよ。相変わらず彩ちゃんには素直みたいだし」
「そうなんですね」
知っている。昨日間近で見たばかりなので、結衣先輩に言われるまでもなく知っている。先輩が戸塚先輩に対してだけ素直だということは。
「でもヒッキーもバイトが忙しいって言ってるから、時間を合わせるのは大変そうだけどね」
「結衣先輩はバイトしないんですか?」
「一応してるよ? でもヒッキー程はいれてないから」
「そうなんですか? ところで、先輩ってどんなバイトしてるんですかね」
「えっと、チェーン店の居酒屋の厨房と、閉店後のファミレスの清掃バイト、それからスーパーの早朝警備と、いろいろやってるって聞いてるけど。でも一番は家庭教師じゃないかな」
「家庭教師? 先輩が?」
「ほら。あれでもエリート大学の法学部だからさ。勉強は出来るみたいだし」
先輩が見ず知らずの女子と二人きりで部屋にいるところを想像して、私はなんだか怒りを覚える。そりゃ私は先輩の彼女ってわけじゃないですけども、面白くないと思ってしまうのは仕方ないじゃないですか。私だって、先輩の事が好きで、二人きりになりたいって思ってるんですし……
八幡の家庭教師は想像出来ない……