やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩と二人きりだったのに、まさか知り合いと遭遇するなんて……しかもその相手はあの雪乃先輩が一目を置いていた鶴見留美さんだなんて……
「(会うことないって思った矢先に会うなんて……しかもこのタイミング)」
特別な雰囲気ではなかったが、核心を突こうとしていたのに邪魔をされてしまった。これでまた、先輩の気になる相手を聞きにくくなってしまいましたね……
「何してるんだ、こんなところで」
「八幡こそ何してるの? もしかしてデート?」
留美さんの視線が私に向けられ、私はそこはかとなく雪乃先輩の威圧感に似ているなどと思っていた。
「そんなわけないだろ」
「だって二人きりだし、男女で水族館に来てる」
「別に二人きりじゃない。今は別行動してるが、あと三人いるからな」
「別行動? 何で八幡はこの人と行動してるの?」
値踏みされていると感じる視線に、私は思わず視線を逸らす。ここまであからさまな視線なんて向けられたことが無いのだ。逸らしてしまっても仕方がないって私は思うのだか、留美さんは違ったようだ。
「何で目を逸らしたの? 何か疚しい気持ちがあるから?」
「そ、そんなものあるわけ無いじゃないですか! そもそも貴女は先輩とどんな関係なんですか?」
詳しく事情は知らないけど、先輩と面識のある年下の女の子ってだけでここまで敵視される筋合いはない。
「八幡は私の恩人なの。だから八幡には幸せになってもらいたい。でも貴女のような人じゃ八幡を幸せにできるとは思えない。私に八幡との関係を聞いたんだから、貴女こそ八幡とどういう関係なの?」
私を貫く留美さんの視線。ここでその視線から逃げたら恐らく、留美さんは先輩を連れていってしまうだろう。
「私は――」
「留美」
私が答える前に先輩が遮る。留美さんは先輩を睨んでいるが、先輩は動じることもなく淡々と続ける。
「俺たちの関係と留美と、どんな関係があるって言うんだ?」
「さっきも言った。八幡には幸せになってもらいたい」
「その気持ちはありがたいが、それと一色を敵視するのとは繋がらないんじゃないのか?」
「だって八幡には――」
留美さんが何かを言おうとしたタイミングで、結衣先輩たちがイルカショーから戻ってきた。
「あれ? もしかして留美ちゃん?」
「誰?」
「かおりんは話したこと無かったっけ? クリスマス合同イベントで手伝ってくれてたんだけど」
「あー、見たことあるかも。というか、何で比企谷たちと一緒にいるの?」
そう言えば追及されてばかりで気にしてなかったけども、留美さんは千葉在住じゃなかったっけ? それが何故東京の水族館にいるのでしょうか……
「私は両親と遊びに来てただけ。でも二人がはしゃぎすぎて私のことを忘れてデートを始めたから、休憩スペースに来ただけ」
「何それウケる。親が娘を忘れるくらいはしゃぐとかあるんだ」
「あるから私はここにいる。それで、八幡は本当にその人と付き合ってないんだよね?」
「あぁ」
何故そこまで気にするのか……もしかして留美さんも先輩のことが好きで、先輩に彼女がいないと信じたいのではないのか、という疑問が私の中に生まれる。
「というか留美ちゃんはどうしてヒッキーに話しかけたの?」
「久しぶりに見たから」
「でもよく分かったよね。今の比企谷、以前ほど目は死んでないし、眼鏡かけてるし」
「多少変わっても八幡は八幡。見てすぐわかった」
確かに私も約一年ぶりに先輩を見てすぐに分かったし――あの時は戸塚先輩が先に名前を呼んでいたからかもしれないが――基本的に先輩は見てすぐわかる容姿をしている。だから留美さんの言いたいことも分かる。
「それじゃあ私はこれで。あっ、八幡」
「何だ?」
「今度連絡しても良い? 確か八幡って、総武高校だったよね」
「ここにいる大半が総武だけどな」
折本さんだけ海浜総合だけど、確かに私たちも総武高校出身だ。それなのに何故留美さんは先輩にだけ話しかけるのだろう。
「今度勉強を教えてもらいたいんだけど」
「俺に分かる範囲なら構わないが」
「分かった。それじゃあまた」
そう言って留美さんは私たちから離れていったけども、最後の最後まで私は留美さんに睨まれた――ような気がする。
「いろはちゃん、何で留美ちゃんに嫌われてるの?」
「そんなの分かりませんよ……というか先輩ってやっぱり年下好き?」
「何でそうなるんだよ……」
「だって留美さんにはだいぶ甘い顔をしてましたし」
「そんなこと無いだろ」
先輩は否定していますが、結衣先輩や折本さんと話している時と比べればだいぶ甘い顔をしていました。まぁ、私と話している時と似たような感じなので、先輩は特に意識しているわけではないのでしょうが。
「もしかして留美さんのことも妹扱いしてるんじゃないですか?」
「確かに八幡は年下の女の子の扱いが上手だよね。テニスサークルの後輩女子のこともだけど」
「それ程交流もないだろうが」
「でも、僕や他の先輩じゃなくて八幡に相談してるのを見た人がいるし」
「そうなの、ヒッキー?」
結衣先輩が詰め寄って問いかけると、先輩は迷惑そうに手を出して距離を取り答える。
「偶々学部が一緒だったから相談されただけだ。そうじゃなきゃ俺に相談するわけないだろ」
「そうかなー? 私だったらヒッキーに相談すると思うけど」
「そもそも結衣先輩って悩みだらけじゃないですかー? 相談して解決するんですか?」
「するし! ……多分」
「結衣ちゃん……」
急に尻すぼみした結衣先輩を折本さんが呆れた顔で見詰める。戸塚先輩も苦笑いをしているので、さすがの結衣先輩も恥ずかしそうに視線を逸らす。
「ヒッキーのバカ……」
「何で俺なんだよ……今のは一色だろ」
「女の子に責任を押し付けないでくださいよ」
完全に私が悪いのだが、結衣先輩は先輩を責め、私はそれに便乗して責任逃れをする。
「とりあえず移動しようぜ。何時までもここにいても仕方が無いしな」
「あっ逃げた」
そそくさと移動する先輩の背中に、折本さんがそんなことを投げ掛ける。確かに逃げたようにも見えるけども、何時までも休憩スペースにいるのもあれだというのも確かだ。とりあえず私たちはその後も水族館を満喫し、お土産コーナーで再び先輩と戸塚先輩を置き去りにする勢いで盛り上がるのだった。
水族館に行った次の休日、何故か先輩の部屋から呆れた声が聞こえてきた。
『だから俺は千葉にいないって言ってるだろ』
「電話かな?」
相手が誰だか気になるが、壁越しでは先輩の通話相手が誰なのかを知ることはできない。せめて会話にヒントがないかと耳を澄ませていると――
『メールとかで教えてやるから、分からない問題を送ってこい』
――なんて会話が聞こえた。これは恐らく、先週再会した留美さんから勉強を教えて欲しいと頼まれているのだろう。もし小町ちゃんなら、先輩が千葉にいないことは分かっているだろうし。
『あぁ、届いた』
どうやらPCのメールに問題を送り、電話をしながら教わろうという形に収まったようだ。
「もしかして留美さんも先輩のことを……? いや、あり得ないでしょ、あんな捻くれた男を好きになるなんて」
出会った時は小学生だったかもしれないが、今の留美さんは中学三年生のはず。助けてくれた相手に好意を抱くのは分からなくはないが、それが異性に対しての好意かどうかの分別は十分につくはずだ。それにあの子は大人びた雰囲気だったし、尚更感謝と恋愛の情を勘違いするとは思えないし。
「何となく雪乃先輩に似ている雰囲気を感じ取ったからなのかな……」
苦手意識ではないが、私は留美さんと話すのが苦手だと感じている。雪乃先輩とも初めの方は苦手で困った覚えがある。だからではないが、先輩と留美さんが話しているのを見ると心がざわつくのだ。
「私ももう少し歳が離れていたら、先輩に勉強を――って、そうしたら先輩との接点が無くなっちゃいますね」
私は同じ高校の後輩として先輩と出会っているので、もし留美さん程年が離れていたら先輩と出会うことすらなかっただろう。そう考えると、今の状況は歳が近かったからなればこそだ。
「とりあえず、近くにいない人で悩むのは止めておこう……」
留美さんは千葉、雪乃先輩は海外にいるのだから、それ程悩まなくても良いだろう。それよりも問題は、どうやったら先輩との関係を進展させることができるかなのだから。
新たなライバルになるのでしょうか