やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
オープンキャンパスで再会した先輩の妹、小町さん。結衣先輩とは楽しそうに話しているけども、私とは最低限しか会話していない。
「(そりゃ出会った時は『お米ちゃん』って呼んでたから仕方が無いのかもしれないけど、もうちょっと私とも話してくれればいいのに)」
それ程話したいわけではないのだが、結衣先輩とばかり話しているのを見ると私がオマケみたいな感じになる。
「ところで、お兄ちゃんは在宅中なんですか?」
「多分いると思いますよ。今日は夜のバイトの日だって言ってた気がしますし」
「そうなんですか。ですがなぜいろは先輩がお兄ちゃんのスケジュールを把握してるんでしょうか?」
「いろはちゃんの部屋はね、ヒッキーの部屋の隣なんだよ」
何故か結衣先輩が自慢げに話してしまう。別に隠そうとしていたわけではないし、小町さんはいろいろと気が付く人だから、先輩の部屋を訪れる際に私の部屋の前を通っただけで気付いてしまっただろうと私も思う。だが、結衣先輩が自慢げに話すことではないと思ってしまうのも仕方が無いだろう。
「そうだったんですか。偶然ですか?」
「それ以外の何が? 私は再会するまで先輩と連絡すらしてなかったんですから」
何度か連絡しようと思ったこともあったが、結局勇気が出せずに一年以上連絡を取らなかった。それなのに偶然以外でどうやって隣に引っ越せたと言うのだろうか。
「お兄ちゃんが隣で生活してるなんて、いろは先輩も不運ですね。万が一引っ越す場合は兄に引っ越し代を請求しても構いませんよ」
「今のところはその予定はないので大丈夫。というか、結構助けてもらってることが多いので」
「そうなんですか?」
一人暮らしを初めて早々、私は風邪をひいてダウンした。その際に先輩に看病してもらったりもしたし、今も男性が多くいそうな場所に出かける際には先輩のお世話になっている。
「まぁ、あんな兄ですけど使えないこともないですからね。無駄にスペックが高過ぎでそのスペックをダラダラすることに使ってたくらいですから」
「確かに、ヒッキーてやろうとすれば結構できたはずなのに、やろうとしなかったからね」
それは私も感じていたことだ。実際生徒会長として私がやってこれたのは先輩の力添えが大きい。あの人がいなかったらまともに会長職を全う出来たかどうか……
「そろそろ到着だね」
「先輩がいなかったら私の部屋で少しお話ししましょうか」
「それいいね。小町ちゃんともうちょっとお話したいし」
「でもさすがに帰る時間を気にしておかないといけませんよね。明日も学校ですから」
小町さんは東京に住んでいるわけではないので、帰宅に掛かる時間を考えればそれ程長い時間はお話し出来ないだろう。だがそれでもすぐに帰ろうとしないあたり、あちらもこちらと話がしたいのだろう。
「ここですか?」
「本当にヒッキーは小町ちゃんに教えてなかったんだね」
「両親は知ってるのかもしれませんけど、私には教えてくれなかったんですよね」
小町さんは受験生ということで、先輩の両親が先輩に帰って来るなと言っていたのは先輩から聞いている。なので小町さんがこの場所を知らなくても不思議ではない。
だが高校時代の先輩の言動を鑑みると、絶対に妹の小町さんには部屋の場所を教えていそうなんですよね……本人は否定している――むしろ開き直っていたような気もする――が、あれはシスコンって表現していいのかどうか分からないくらい、小町さんを溺愛していたし。
「ヒッキー、遊びに来たよ~」
結衣先輩がインターホンを鳴らしながら声を掛けると、明らかに不機嫌そうな顔をした先輩が中から現れ――
「小町?」
「お兄ちゃん、やっほー」
――同行者がいることに驚いていた。
どさくさに紛れて私も先輩の部屋にお邪魔しているので、先輩は三人分のお茶とお菓子を用意してくれた。
「何で小町がこっちにいるんだ? 受験勉強はどうしたんだよ」
「オープンキャンパスでこっちに来てたんだよ。まさか結衣さんといろは先輩の通ってる大学だとは思わなかった」
「小町のレベルなら、もう少し上を狙えとか言われてそうだがな」
聞きようによっては私たちが低レベルだと聞こえるが、先輩にそんな意図はない。むしろ私が気にし過ぎなのだろう。
「お母さんは兎も角、お父さんは家から通える距離の大学にしろって五月蠅くてさ。あの距離なら通えなくもないから一応見ておこうって感じ」
「相変わらず小町には甘いんだな、あの親父殿は」
「過保護だよね。私も一人暮らししたいって言ったんだけどさ、許してくれそうにないんだよね」
「分かります。私も父が特に反対してきたので大変でした」
「私もー。パパが絶対にダメだって言ってたけど、ママが説得を手伝ってくれたお陰で一人暮らしができてる」
「やっぱりどこの家も娘の一人暮らしを父親が反対してるんですね」
しみじみと呟く小町さんに、私と結衣先輩は苦笑いを浮かべる。反対というレベルではないぐらいの勢いで反対されていたので、その当時のことを思い出しての苦笑いだろうと、勝手に結衣先輩の心の裡を推測してみた。
「お兄ちゃんは簡単に許可してもらえてたよね」
「さっさと追い出したかったんだろ。正月や盆も帰ってこいとは言われないし」
「どうせ家にいないことの方が多いし、お兄ちゃんが帰ってきたら私が勉強サボるって思ってるんじゃないの?」
「かもな。特に今年は『小町が受験だから』って念を押されたくらいだ」
「別にお兄ちゃんがいても勉強はしたと思うんだけどな。むしろカマクラの世話をお願いしたまである」
「ちゃんと世話してやれよ」
兄妹で会話が盛り上がってしまうと、私と結衣先輩は黙ることしかできない。なにせ久しぶりの兄妹の会話なのだから、割って入って邪魔をするわけにもいかないって思ってしまうから。
「それで、何で今日はここに来たんだ? 小町は俺の部屋、知らなかっただろ?」
「結衣さんの提案だよ。せっかくだから会っていこうって」
「ヒッキーも小町ちゃんに会いたかったかなーって思って」
「まぁ、久しぶりだしな。それだったら予め連絡してくれればよかったのに」
「結衣さん曰く『サテライト』だよ」
「わざと間違えただけだからっ!」
あれは完全に素で間違えていたと思うのだが、私も小町さんも余計なことは言わない。むしろ結衣先輩が必死に否定しているのを見て、その説明は必要なくなったのだ。
「それで、小町は何時までこっちにいるんだ? 早く帰らないと親父殿が心配するんじゃないか?」
「そうなんだよね。でもせっかく自由になれたし、もうちょっとこっちにいたいところだけど……お兄ちゃんはバイトがあるんでしょ?」
「まぁな。だがまだ時間は大丈夫だし、小町を駅まで送るくらいはできるぞ?」
「そこまでしてもらわなくても大丈夫だよ」
小町さんに対しては優しく接している先輩。私や結衣先輩のことは邪険に扱うことのほうが多いくせにこの人は。
「ところでお兄ちゃん」
「何だ?」
「彼女はいないの?」
「「っ!」」
小町さんとしては何気ない会話なのだろうが、私と結衣先輩は弾かれたように先輩の方へ視線を向けてしまった。その行動を見て、小町さんがニヤニヤと笑っているのを視界の端で捕らえたが、何も言わない方が良いだろう。
「いない。小町こそ、彼氏はできたのか?」
「小町もいないよー。まぁ、大志くんとは一緒に勉強したりはしてるけど、付き合ってるわけじゃないしね」
「サキサキの弟さんだね」
「一緒の大学に通うんですか?」
「どうですかね。大志くんは千葉の大学に通うつもりらしいですし」
川崎家の事情を鑑みればそれも仕方が無いだろう。だが本音では小町さんと同じ大学に通いたいのではないだろうか。
「そろそろ帰るね。お兄ちゃん、また来てもいい?」
「別に良いが、何時でもいるわけじゃないぞ?」
「それじゃあ、合鍵頂戴。そうすれば勝手に入れるし」
「……母さんに一応渡してるんだが」
「そうなの? それじゃあ、その鍵を探しておくよ」
一瞬不自然な間があったのは、先輩が持っているはずの合鍵を私が持っていることをここでいうべきかどうか迷ったからだろう。だって視線で「早く返せ」と今も言って来ているから。
「(絶対に返しませんよ、先輩)」
この鍵は私にとっての生命線であると同時に、精神を安定させる道具にもなっているのだ。これが手元にあればとりあえずは気持ちを落ち着かせることができるし、結衣先輩より一歩リードできていると思えるから。
ちょっとしたリードですけど