やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
帰りの電車はそれなりに混んでいるので、私は行きよりも先輩に身体を密着させる。先輩も事情を知っているので、私が黙って密着してきた時は顔を顰めたが、すぐに他の男性から庇う様な位置に私を移動させてくれた。
「(こういうことができる人なんですよね……普段はやらないみたいですけど)」
贅沢を言うならば、私が密着させる前にしてくれれば満点評価だったのだが、恋人でもないただの後輩にそこまで気を遣うはずもないだろう。だから今のところはこれで十分満点評価しなければいけないのかもしれない。
「(これで満足できないくらい、私は先輩に特別だと思ってもらいたいんだろうな)」
若干妹扱いされている感じも否めないけど、先輩がここまで気を遣っている相手は私の知る限りいない。つまり、ある意味で私は先輩の中で特別、というわけなのだろう。
「(そういえば、電車の中で先輩にくっつくなんて、あの時みたい)」
フラれると分かっていて葉山先輩に告白した帰りの電車の中で、私は先輩にしな垂れかかって先輩を引き留めた。その時も先輩は文句も言わずに――内心ではどうだったかは分からないが――私に付き合ってくれたのだ。
「(この人は、弱った心に付け込もうとか考えないって分かってたから、素直に弱っているところを見せられたんだけど、今思えばあの時付け込んでくれた方が良かったかも)」
そうすれば今より親密な関係になれていたかもしれない。もしかしたら隣同士ではなく同棲していたかもしれない。
「(って、この人がそこまでするわけないか)」
曰く、理性の化け物である先輩だ。弱って簡単に手にかけられる女子がいたとしても、この人は手を出さない。お誘いがあったとしても、自分の中にその人への気持ちが無ければ断るだろう。それくらいこの人は身持ちが堅い。
「一色?」
「………」
「いろは」
「なんですか?」
「何時まで名前呼びを強要するつもりなんだ、お前は……」
「何時までって、今日は名前で呼んでくれる約束ですよ?」
もうデートは終わっているので、先輩としては何時も通りの呼び方に戻したいのだろうが、今日一日は私も譲るつもりは無い。せっかく先輩に名前で呼んでもらえるのだから、可能な限り名前で呼んでもらいたいのだ。
「それで、どうしたんですか、先輩?」
「さっきから黙って人のことをチラチラ見てくるから、何か言いたいことでもあるのかと思ってな」
「私、そんなに先輩のこと見てました?」
完全に無意識だったので、先輩に言われるまで気付かなかった。まさか先輩のことを考えていたからなんて言えるはずも無く、私は無言を貫く。
「先輩、先輩!」
「急に大声を出すな。で、何だよ?」
「せっかくですから、晩御飯も外で食べていきましょうよ」
「何がせっかくなんだよ……」
「だって、これからスーパーに寄って食材を買って、調理するのめんどくさくないですか?」
「一人暮らしなんだから、それくらいしろよ……」
「普段はしてます。ですけど、せっかくなんですから」
先輩としてはさっさと私から解放されたいのかもしれませんけど、私だってそう簡単に解放させてくない。もう少しデートの延長を願うくらい可愛い願いだと思う。
「……何を食べるつもりなんだ? 言っておくが、昼みたいな場所だったらお断りだからな」
「私だってもうあんな空気の中で食事なんてしたくないです。そうですね……」
何かないかと考えを巡らせていると、中吊りにラーメンの広告を見つけた。そう言えば、先輩とラーメン食べに行ったっけ……
「ラーメンなんてどうです?」
「ファミレスは文句言ったくせに、ラーメンはいいのかよ」
「だって、そっちの方が先輩も気が楽でしょう? 奢ってもらうのに、贅沢は言いませんよ」
「しかも俺の奢りかよ……」
文句を言いながらも、先輩は私にお金を払わせるつもりは無いみたいで「自分で出せ」とは言わなかった。本当に嫌な相手ならそんなことしないだろうし、先輩にとって私は、そこまで嫌な相手ではないと分かった。
「(でも、そんなことされると勘違いしちゃいますよ?)」
先輩の気持ちが自分に向いていないことは分かっている。だからできることなら特別扱いして欲しくないのだが、されると喜んでしまうのは仕方が無いことだろう。だって、私は先輩のことが本当に好きなのだから……
先輩とデートしてからというもの、どうしてもあの時のことを思い返してはボーっとしてしまうことが増えている。
「……は」
あの時、もうちょっと先輩にアピールしておけば良かったとか、もうちょっと身体を密着させて意識させてみれば良かったとか、そんなことを。
「ねぇいろはってば!」
「………」
「聞こえてるの?」
「………? 何か言った?」
「はぁ……全く聞いてなかったみたいね」
さっきから友達に呼ばれていたようだが、私の意識はそちらに向いていなかった。だから何を話していたのかなど分かるはずもない。
「ごめんごめん。それで、何の話?」
「クリスマスよ。彼氏もいない女子で集まってパーティーしない?」
「自分で言ってて悲しくないの?」
「悲しくなんて無いわよ!」
完全なる強がり。常々「彼氏欲しい」って言ってるわけだから、悲しくないはずなんて無いのだ。
「パーティーか……やるのは良いけど、何処で? 当日なんて、何処のお店も混んでるだろうし」
何が哀しくてリア充だらけの場所に女子だけで集まらなければいけないのか。そんな私の言外のセリフが聞こえたのか、微妙な表情を浮かべながら視線を逸らされた。
「決めてないのね」
「そもそも他の連中は彼氏とデートとかぬかすし、誘えるのはいろはくらいなのよ!」
「結衣先輩は?」
「なんでも『ゆきのんから連絡があって、その辺りに帰って来るみたい』とかなんとか」
「っ」
一人の名前が、私の心を鷲掴みにする。年末くらいは帰ってきてもおかしくないので、雪乃先輩が日本に戻って来ること自体には驚かない。だが今雪乃先輩の名前を聞くと、無条件で先輩のことを考えてしまうのだ。
「そういえば、いろはも知り合いなんだっけ?」
「結衣先輩と一緒で、高校の先輩。海外留学してるから、あまり会えないからね。結衣先輩は誘えないね」
「そうなるとますます二人きりになっちゃう……はぁ、彼氏欲しい」
「毎回言ってるけど、彼氏を作る努力してるの? 私が知る限り、そんな努力してないように見えるけど」
「努力して彼氏ができるなら、この世に独り身の女なんていないのよ」
「なんかゴメン……」
物凄いオーラが見えた気がして、私は思わず頭を下げる。私はそこまで考えていなかったが、やはりクリスマスに彼氏がいないと言うのは心に来るものがあるのだろう。
「いろはこそ、彼氏いないじゃない」
「私はほら、彼氏以前の問題だから」
「あぁ、そう言えばそうだったね。でも、大丈夫な人だっているんでしょ?」
「まぁ、今のところ二人は」
一人は戸塚先輩。あの人はあまり異性を感じさせないのもあるが、中性的な顔立ちで仕草も男っぽくないから変に身構える必要が無いからだ。そしてもう一人は――
「この間会った人たち?」
――先輩だ。あの人相手なら身構えることもない。だがその理由は戸塚先輩とは大きく異なる。
「いいな、いろはは」
「何がよ?」
「恋人候補が二人もいて」
「そう言うんじゃないから」
「でも、意識しないの? 感じは違うけど、二人ともかなりレベル高かったし」
確かにあの二人の見た目はかなりのレベルだろう。だって、あの二人に話しかけられなかった人たちが嫉妬で私と結衣先輩の悪評を流したくらいだ。
「それに、いろはのことも知ってくれているのなら、付き合うのも他の人と比べれば楽でしょ?」
「そう言う感情で付き合うのは良くないと思う」
「真面目ね。私はどんな感情でも良いから、とりあえず彼氏が欲しいのよ」
「はいはい」
私だって先輩と付き合えるのなら付き合いたいし、先輩の彼女になれるのなら感情なんてどうでもいい。だがあの人の好きな人は私ではないのだ。だから、今以上の関係を望むのが怖い。
下手に踏み込んで距離ができるのが怖いんでしょう