やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
結衣先輩とお喋りしていたので、帰りが随分と遅い時間になってしまった。別に一人暮らしなので誰も気にしないだろうけども、東京でこんな時間まで一人で外出した事ないので、ちょっと不安になってくる。
「別に東京だからってだけで、千葉と変わらないとは思うけど……」
むしろ東京の方が人が多いんだから、何かされる確率は低いと思う。結衣先輩も特に気にした様子もなく帰っていったんだから、私だって気にしないで良いよね……
「(なんだろう……急に不安になってきちゃった……)」
大学生になったからと言って、私が小柄なのには変わりはない。周りを歩く人たちは大きい人が多いので、人混みに呑まれて何かされたら抵抗出来ないだろうな……
「(早いところ帰らなきゃ)」
そう決心して歩を進めようとしたところで、私は背後から誰かがついて来ているような気配を感じ取り、急に怖くなって動けなくなってしまう。
だが後ろにいた人は私のことを追いかけてきたわけではなく、ただ単に方向が一緒だっただけであっさりと私のことを抜いて先に行ってしまった。
「(初めてのことだらけで辺に意識し過ぎてるのかな……)」
いずれは気にならなくなるのかもしれないが、暫くはこんな神経過敏な生活を送ることになるのかと思うと、ちょっと憂鬱な気分になってきた。
「(一人暮らし楽しみって思ってたんだけど、不安の方が大きくなってきたかも……)」
ホームシックではないが、家に帰っても誰もいないということを思い出し、早くも実家に帰りたいなと思い始める。実家ならお母さんがご飯を用意してくれていたが、これからは私自身が用意しなければいけないし、片付けなければならない。
「面倒だなぁ……」
思わず声に出してしまい、私は慌ててその場から移動する。別に誰も私のことを気に掛けてなどいないだろうけども、何となく恥ずかしいのだ。
「一色ちゃん?」
「へっ?」
知り合いも少ないこんなところで名前を呼ばれるなんて思っていなかったので、私は間の抜けた返事をしてしまい、ちょっと恥ずかしくなりながらも名前を呼んだ相手を確認する。
「あっ、折本さん……」
「こんなところで一色ちゃんに会うなんて、超うけるー」
「お、お久しぶりです」
先輩の中学時代の同級生で、海浜総合高校にいた折本さんが私を見つけて声をかけてきたのだ。折本さんの連れは見たことないので、大学の友人なのだろう。
「誰?」
「ちょっとした知り合いなんだけど、まさかこんなところで会うとは思わなかった。一色ちゃんも東京の大学なの?」
「はい、○○大学です」
「えっ、一緒じゃん。超うけるー」
別に面白くはないと思うんですけど、この人は高校時代からこんな感じだったし、まともに相手にしなければいいだけだと学習しているので、特に腹は立てなかった。
「そうだ。かおり、この子に数合わせをお願いしたら?」
「えっ、一色ちゃんに?」
「はい?」
いったい何に誘われているのか……。私はあまり付き合いのない人たちと行動するのは好きじゃない。しかも初対面の相手に数合わせに誘われるとか、今すぐ断って逃げ出したいくらいだ。
「実は今度合コンがあるんだけど、二人キャンセルが出たんだよね。だから、一色ちゃんと誰かもう一人頼めないかな?」
「合コンですか?」
いかにも折本さんらしいなと思いながら、私はどうやって断ろうか考えを巡らせる。
「エリート大学の人たちとすることになったんだけど、予定していた二人に彼氏が出来てさー。合コン楽しみにしてたくせに、やることちゃんとやってたんだよねー。うけるっしょ?」
「はぁ……」
一応相手の大学を聞くと、何と先輩たちが通っている大学だったということもあって、私は結衣先輩に話してみるということで、折本さんの連絡先を入手し、この場はそれで解散となった。まさか、あんなことになるなんてこの時は思ってもいなかった……
結衣先輩に話したら「面白そー」ってことで参加することになってしまった合コンだが、正直私はあまり興味がない。未成年でお酒も飲めないし、こういう場所で食事するのは憚られるからなぁ……気にしないで食べればいいだけなのだろうが、空気の読めない女って思われるのは嫌だし……
「お待たせ。って、折本!?」
「玉縄じゃん。なんであんたがいるの?」
「えっ、かおり知り合いなの?」
まさかの玉縄さん登場に、私のテンションは一気に下がる。この人と合コンしても仕方がないし……これは遠慮なくご飯を食べるだけ食べて帰ることにしよう。
「僕は数合わせだよ。こちら側は三人もキャンセルが出たらしくてね」
よく見れば玉縄さんの後から入ってくるメンバーの内、やる気が高そうなのは二人。後の二人はどことなく嫌々な感じが――というか!
「先輩っ!? それに、戸塚先輩もっ!?」
「あれ、一色さん?」
「由比ヶ浜まで……」
「ヒッキー、彩ちゃん、やっはろー!」
思いがけない再会に、先輩がどことなく気まずそうな雰囲気を醸し出しているが、結衣先輩はそんな事お構いなしに先輩に声をかける。
「えっ、知り合いなの?」
「一色ちゃん、この二人紹介して」
折本さんの友人二人から先輩と戸塚先輩のことを紹介して欲しいと言われ、私は簡単に二人のことを軽く説明することにした。
「高校の先輩たちなんですよー。ちなみに、結衣先輩も同じ高校だったんですけどね」
「やはは、私は留年してるからねー」
「でも由比ヶ浜さんもちゃんと大学生になれたんだからよかったよね」
戸塚先輩の、同性でも見惚れるような笑顔に、折本さんの友達二人だけでなく、玉縄さんたちもフリーズする。まぁ、見慣れてないと凄いインパクトだし……
「というか、比企谷がこんなことに参加するなんてね。中学の同級生が知ったら驚くって、絶対」
「そうだろうな。俺自身が驚いてる」
「何それうけるー」
折本さんが先輩の背中をバンバンと叩く。先輩は鬱陶しそうにその手を払いのけて、部屋の一番端に腰を下ろし、その隣に戸塚先輩が座った。
「なんだか改めて自己紹介って雰囲気でもないね」
「というか、数合わせとか言っておきながら玉縄が一番乗り気じゃん。うけるんだけど」
「なっ! そ、そんなことはないからな!?」
折本さんの興味が玉縄さんに向いたところで、私と結衣先輩は先輩と戸塚先輩に話しかける。
「実際のところどうなんですか?」
「どうって?」
「玉縄君は数合わせは三人だって言ってたけど、それってヒッキーと彩ちゃんと玉縄君ってこと?」
「いや。俺と戸塚は数合わせだが、玉縄はむしろ企画者側だ」
「あぁ、やっぱり」
随分とノリノリな感じで部屋に入ってきたし、折本さんに見つかって慌てているのを見て、そうなんじゃないだろうかと思っていたけども、まさか本当にそうだったとは……
「てか、ヒッキーと彩ちゃんがいるなら、あの厨二さんもいると思ったよ」
「材木座君は漫研の集まりがあるって言ってたよ」
「誘われてもないのに断ってたな、そう言えば」
「そういえばヒッキー、久しぶりー!」
「今更だな……まぁ、由比ヶ浜らしいか」
「どういう意味だしっ!?」
先輩の言葉に、結衣先輩が喰ってかかるけども、どことなく楽しそう。
「(あぁ……この空気は苦手だ……私が入り込めない)」
壊れてしまったと思っていたが、この感じはまだ残っていたのか……
「なんだか懐かしいね。そう言えば由比ヶ浜さんと一色さんも数合わせなんだよね? どういう理由で参加したの?」
「折本さんと偶然に会って、そのまま流れで参加する感じに」
「ヒッキーたちの大学だって分かってたから、もしかしたら知り合いに会えるかなーって思ってたけど、まさか本人に会うとは思ってなかったよ」
「てか、俺に知り合いがいるわけ無いでしょ。期待しないでくれませんか?」
「そんなこと言って、八幡結構注目されてるじゃない」
「そうなんですか?」
「うん。テニスサークルに所属していないのに、正式メンバーの誰よりも上手いって」
「戸塚の相手をしてる間に上達しただけだ」
先輩がスポーツしている姿は想像しにくいけど、この人は別に運動音痴というわけではない。運動音痴というなら材木座先輩の方が当てはまりそうだし。
「とにかくヒッキーに久しぶりに会えたんだし、また連絡して良いかな?」
「別に良いんじゃね? というか、何で連絡してこなかったんだ?」
「それは、その……いろいろと気まずかったから?」
「俺に聞かれても知らねぇよ」
「二人は相変わらずだね。なんだか僕も高校生に戻った気分だよ」
「彩ちゃん、何だかオジサンみたいだよ?」
「そうかな? でも、今年で二十歳だしね」
「由比ヶ浜は大学一年生だけどな」
「関係ないでしょー!」
「先輩も相変わらずですよね」
素直になれない捻デレだと知ってはいるけども、こんな時まで捻くれなくてもいいと思うのに……でもまぁ、今日ここに来てよかったとは思えるくらいには楽しめそうだな。
八幡と戸塚が自分の意思で参加するわけがないよな