やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
クリスマスが近づいてくるにつれて、結衣先輩が分かり易く浮かれている。その理由は聞くまでも無く、雪乃先輩が日本に帰って来るからだろう。
「いろはちゃんも一緒に会う? 多分隼人君も一緒だと思うし」
「いえ、先輩たちの再会に私はいらないと思いますし」
そもそも学年が違うのだ。私が会いに行ったところで気まずくなるだけだし、そもそも私は葉山先輩にフラれたのだ。今更未練など無いが、会えば気まずくなるのは私だけではなくあちらもそうだろう。
「そうかな? ヒッキーも誘ったんだけどバイトだって断られちゃったんだよね」
「先輩、断ったんですか?」
「そうなんだよー。せっかくまた一緒にクリスマスを過ごせると思ってたのに」
雪乃先輩に会えるのだから、先輩は何が何でもその用事を優先すると思っていたのだけど、どうやら違っていたようだ。それにしても、想い人に会えるというのにそんなにバイトが大事なのだろうか……
「いろはちゃんはクリスマスどうするの?」
「友人に誘われてるんですけど、彼氏ができない愚痴を永遠に聞かされそうなので家でのんびりしてようかなって思ってます」
「それじゃあバイト終わりのヒッキーと遊べば? 確か彩ちゃんたちがヒッキーの部屋でクリスマスパーティーするって言ってたから」
「何故結衣先輩がそのことを知ってるんですか?」
「実は彩ちゃんもゆきのんが帰って来るから会わないか誘ったんだけどね。あまり接点がなかったからって断られちゃって」
確かに戸塚先輩と雪乃先輩はあまり関係が深くない。先輩が間に入れば繋がりがある程度の関係と言っても過言ではないかもしれない。
「その時に彩ちゃんから聞いたんだ~。男だけで寂しくクリスマスパーティーするって」
「男だけってことは、あの四人ですかね?」
「そうみたい。ヒッキーと彩ちゃん、厨二さんと玉縄君の四人」
「後の二人は兎も角、先輩や戸塚先輩は彼女がいても不思議じゃないのに」
自分で言っていてチクリと心に棘が刺さったような気がする。私は先輩に彼女がいる光景など見たくない。
「ヒッキーは人間不信だし、彩ちゃんもあの見た目だからね~。何でも女の子の方が自信喪失しちゃうらしいって聞いたよ」
「誰からです?」
「ヒッキーが相談されたんだって、他のテニスサークルの女子から」
「あぁ、なるほど」
戸塚先輩は整った顔立ちをしているし、ユニセックスな服装をしていることが多い。下手な女子大生よりよっぽど可愛ら良いので、女子が自信を失ってしまっても不思議ではない。それ故に彼女が作れないのだろう。
「私もヒッキーたちと一緒が良かったけど、ゆきのんとも会いたいし」
「雪乃先輩を連れて先輩の部屋に行けばいいのでは?」
「それも考えたんだけど、ゆきのんがヒッキーと会うの気まずいって」
「雪乃先輩の夢の為に、自分をフッた相手だからですか?」
「それもあるけど、家の関係で隼人君と付き合ってるから、他の異性と会うとお母さんがうるさいんだって」
「そ、そうなんですか」
雪乃先輩のお母さんは、私も見たことがある。プロムの際に保護者代表として反対してきた時、先輩が対応してくれたので、私は直接対決していないが、かなり厄介な相手だ。
「(先輩は雪乃先輩のことが好きなはずなのに、家の事情で雪乃先輩は葉山先輩と……何だか物語の設定みたいな関係ですね)」
これで先輩が雪乃先輩と付き合うことは無いとホッとしたが、だからといって先輩が私に好意を向けてくれるかどうかは分からない。むしろますます人間不信が加速して、誰とも付き合わないとでも言いだしそうな勢いだ。
「とりあえず、今度先輩に参加して良いか聞いてみます」
「そうしなよ~。まぁ、最悪彩ちゃんにお願いしてからヒッキーに言えば、絶対に参加できると思うから」
「先輩、戸塚先輩の言うことは素直に聞きますしね」
最近戸塚先輩と会う機会も減っているのだが、あの先輩が戸塚先輩と険悪になったとは思えないので、戸塚先輩を味方に付ければとりあえず先輩の部屋に行くことはできるだろう。そう思い私は先輩に断られたら戸塚先輩に泣きついて参加させてもらおうと計画を練るのだった。
結衣先輩から話を聞いた夜、私は先輩の部屋に押し入ってクリスマスの話題を振る。
「先輩、クリスマスはバイトなんですってね」
「由比ヶ浜から聞いたのか」
「せっかく雪乃先輩が戻って来るのに、会えないなんてかわいそうですね」
ここで悲しそうな顔をされたら困ってしまっただろうが、先輩は表情一つ変えずに私の真意を尋ねてきた。
「俺が雪ノ下と会えないのが何故可哀想だと思うんだ?」
「だって、久しぶりの奉仕部集合なんですよね?」
「別段会いたいとは思わないがな。雪ノ下の毒舌を聞かされるくらいなら、玉縄のくだらない話を聞き流してる方が楽だ」
「そうなんですか? でも先輩は雪乃先輩のことが――いえ、何でもないです」
好きなのでは、と言いそうになったが何とか留まる。分かり切ったことを聞きたくなかったと言うのもあるが、ここで先輩に不快に思われたらクリスマスパーティーに参加させてもらえなくなってしまうと思ったからだ。
「それで、わざわざそんなことを言いに人の部屋に入ってきたのか? 合鍵まで使って」
「先輩が素直に家に入れてくれなかったからじゃないですかー」
私が訪ねてきたら鍵を掛けたので、私は合鍵で先輩の部屋に侵入したのだ。不法侵入とか言われても先輩からもらった――預かっただけなのだが――鍵なので問題は無い。
「そうじゃなくて、私もクリスマスパーティーに参加させてください」
「は、何で?」
「私も予定ないんですよー。だから、先輩たちのパーティーに参加したいなーって」
「別に良いが、戸塚は兎も角材木座と玉縄は大丈夫なのか?」
「先輩と戸塚先輩の側に居れば大丈夫かと。玉縄さんは私の事情を知っていますし、材木座先輩はそもそも近づいてきませんし」
「そういえばそうだったな」
玉縄さんには以前、映画を観に行った際に説明したし、材木座先輩は高校時代から私に近づこうとはしないので、そもそも心配する必要が無い。そして何より、先輩と戸塚先輩がいれば私は自分の体質を心配する必要がだいぶ無くなるので、あの二人を理由に先輩と一緒にいられなくなるなんて絶対に許容できない。最悪、あの二人を部屋から追い出してでも私は先輩とのパーティーに参加してやろうとすら思っている。
「一色が参加する旨は戸塚に話しておくから、準備から参加したらどうだ? 部屋でノンビリ過ごしてるよりかはマシだと思うぞ」
「そうですね、せっかく合鍵があるわけですから、戸塚先輩たちと一緒に先輩の部屋を飾り付けましょうか」
「てか、合鍵を返せ」
「やでーす」
先輩の力なら、私から鍵を奪い返すなんて容易い。だがそれをしないということは、先輩も本気で鍵を返せと言っているわけではないのだろう。
「(でも、どうして?)」
ただの後輩でしかない私に合鍵を持たせておく理由は? 私が先輩の部屋を漁るかもしれないと思わないのだろうか?
「(心配してないんだろうな……その点では、私は先輩に信頼されているのだろう)」
「一色? 急に考え込んでどうしたんだ?」
「何でもないですよ。というか先輩、部屋では名前で呼んでくれる約束ですよね?」
「は? そんな約束――あぁ、あの時の……」
「外で呼べたんですから、部屋の中なんて余裕ですよね?」
「どうして名前で呼んでもらうことに拘るんだ、お前は? 玉縄が呼んでる時は嫌そうな顔をしてるじゃないか」
「あれは、私の許可無く勝手に呼んでるからですよ。先輩には、私からお願いしてるので事情が違います」
「何なんだよ……」
この後は何時も通りの遣り取りだったが、とりあえずクリスマスに先輩の部屋で過ごす権利を得たので善しとしよう。
古い約束を引っ張り出すいろは