やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
戸塚先輩の申し出を断ったのは良いが、そもそも私一人で先輩との関係を進展できるのか……再会してそろそろ一年、高校時代の二年間を加えれば三年、私は後輩以上にはなれていない。
「(先輩が私のことを妹扱いしているのも原因なんですけどね)」
先輩の隣に座りながらそんなことを考えていると、戸塚先輩が同情的な視線を向けてくる。恐らく私が考えていることが理解できているのだろう。
「一色、さっきから人のことを睨みつけているようだが、何か用か?」
「せっかくのクリスマスだっていうのに、先輩は何もプレゼントくれないんですね」
「そもそもそんな風習なんてないからな。男同士で渡すのもあれだったし、一色が参加するって言うのが決まったのも最近だろ? 用意してる時間なんてない」
「だったら明日お出かけしましょうよ。その時に買ってください」
「おねだりするものじゃないだろ」
「そんなことないですよ~。そこはほら、男の甲斐性で」
別に付き合ってるわけじゃないから、先輩がプレゼントを用意してくれてなくても仕方が無い。だがこのまま何もなしで終わってしまったら、戸塚先輩の申し出を断らなければ良かったと思ってしまうだろう。
「八幡、付き合ってあげたら?」
「戸塚まで……」
「比企谷は明日、夕方まで予定がないって言ってたじゃないか。いろはちゃんに付き合ってあげればいいだろ?」
「お前は誘われなかったからって嫌がらせか?」
「そ、そんなわけないだろ」
どうやら玉縄さんは援護射撃ではなく単なる八つ当たりのようだったが、今はそれでもありがたい。戸塚先輩だけではなく玉縄さんにも言われて、先輩は少し考えるような仕草をしてくれている。
「出かけるのは良いが、何故俺が一色にねだられているんだ? 玉縄でも良いだろ」
「嫌です」
「さすがの僕も、ハッキリ言われると傷つくんだけどな」
玉縄さんをバッサリと斬り捨てて、先輩に上目遣いでおねだりする。あざといと言われるかもしれないが、こればっかりは譲れない。
「はぁ……分かったよ」
「本当ですか! 後でやっぱり無しは駄目ですからね!」
「分かった分かった。だから揺するな」
先輩が折れてくれるとは思ってないかったので、感極まって先輩を揺すってしまった。先輩は少し鬱陶しそうに私を払いのけて、コップに残っているジュースを一気に飲み干した。
「しかし八幡はモテるんだな。高校時代、我とペアを組んでいたというのに、何処で差がついてしまったのだ?」
「最初からじゃないですか? 先輩は誤解されやすいだけで、根は良い人でしたし」
「一色、さっきから容赦ないな」
先輩に言われ、私は玉縄さんだけでなく材木座先輩も斬り捨ててしまったと気づく。だが今は先輩以外のことを考えられないくらい、舞い上がってしまっているのだ。
「それじゃあ明日、朝一で部屋にお邪魔しますから」
「はっ? 昼からで十分だろ?」
「せっかくのデートなんですから、目一杯楽しみましょうね」
「人の話を――」
「それじゃあ、お休みなさい」
先輩はまだ何か言いたげだったが、私はさっさと切り上げて隣の部屋へと戻る。ここで下手に居座って約束自体を無効にされたくなかったのもあるが、これ以上自分の頬が緩まないように堪えるのができなくなってきたからでもある。
「まさかOKしてくれるなんて。戸塚先輩には感謝ですね」
玉縄さんも援護してくれたが、私が感謝するのは戸塚先輩のみ。だってあの人は折本さんを誘えなかった鬱憤を先輩で晴らそうとしただけだから。
目が覚めてすぐ、私は目一杯のおしゃれをして先輩の部屋を訪ねる。この間のデートとは違い、今回はちゃんと可愛いって言わせたかったから。
「せーんぱい」
「……今何時だと思ってるんだ?」
「朝の七時ですよ。普段ならとっくに起きてる時間ですよね?」
「こんな時間からやってる店がどれだけあると思ってるんだ、お前」
「まぁまぁ、細かいことは気にしないでください」
先輩の言う通り、この時間から出かけてもお店はやっていないだろう。だが一分一秒でも長く先輩と一緒にいたいという気持ちを抑えきれなかった。
「とりあえず入れてください」
「……ほら」
チェーンロックを外して部屋に招き入れてくれた先輩。さすがに昨日の片付けをしていないということは無かったが、まだ本格的に動いていなかったようで何処か眠そうだ。
「コーヒー淹れるが飲むか?」
「いただきまーす。あっ、お砂糖とミルクたっぷりでお願いします」
高校時代の先輩はマックスコーヒーという、めちゃくちゃ甘いコーヒーを好んで飲んでいたけど、今はブラックで飲むことが多い。だからちゃんとリクエストしておかないと私にもブラックで出してくるかもしれないと思ったのだ。
「ほら。それで、お前は何が欲しいんだ?」
「先輩、今は二人っきりなんですから……ね?」
「ね、じゃないだろうが……」
少しでも後輩――妹扱いからステップアップしたくて、今日の私はぐいぐい行くと決めているのだ。だから部屋の中だけでも名前で呼んでもらおうと必死になっているのが先輩にも伝わっている。
「いろはは何か欲しいものでもあるのか? 予算があるからあまり高い物は無理だが」
「そうですね……アクセサリーなんていいんじゃないですか?」
「その辺のセンスは無いから、いろはが自分で選んでくれ。俺は金だけ出す」
「せっかくなんですから、先輩も一緒に選んでくださいよ。何だったら、ペアとかでも良いですよ?」
「今日はなんだか何時もと違うな……何だか調子が狂う」
どうやら先輩も私をどう扱えばいいのかに悩んでいるようだ。何時もなら「からかうな」くらい言われそうだったけど、私が冗談ではなく本気で言っているのが伝わっているのだろう。
「ペアとかそう言うのは、本物の彼氏ができた時に取っておけよ。俺とペアなんて、その時の彼氏に申し訳ないだろ?」
「そんなの気にしなくてもいいじゃないですか。何だったらそのまま先輩が私の彼氏になってくれても良いですし」
「からかってるのか?」
「本気です……本気なんです」
私が真っ直ぐ先輩を見詰めると、先輩は数秒私をじっと見つめて、そして頭を振った。
「いろはの気持ちは恋じゃなんじゃないか? 以前俺がタイミングよくお前を助けたから、その時の感情が恋と錯覚させてるだけだろ」
「先輩は、どうして『恋』って気持ちに憶病なんですか? 雪乃先輩の気持ちだって、本当は恋だったかもしれないのに」
「雪ノ下の話は今関係ないだろ」
「関係ありますよ! だって先輩は今でも雪乃先輩のことが好きなんですよね!?」
言ってから後悔した。これじゃあ私の気持ちが横恋慕になってしまうじゃないか……
「はっ? 俺が雪ノ下を?」
だが、言われた側の先輩はきょとんとした顔で私のことを見ている。その顔を見て、私も連られてきょとんとした顔になってしまう。
「違うんですか? 先輩が気になってる相手って、雪乃先輩のことだと思ってました」
「何をどう解釈したらそう言う結論に至ったのか不思議だが、俺は雪ノ下のことを恋愛対象として見たことないって言わなかったか?」
「聞きましたけど、てっきり自分の気持ちを誤魔化してるだけだと思いました」
「やれやれ……いろはは深読みし過ぎだ。昔から人の言葉を深読みして勝手に告白されたと思ってたくらいだから仕方ないのかもしれないが」
「なんですとー!」
何だか馬鹿にされた気がして、私は先輩の腕を叩く。まぁ、私の力で叩いたところで先輩にダメージは無いだろうが。
「もう一度言うが、俺は雪ノ下のことを恋愛対象として見ていない」
「じゃあ、先輩が気になってる人って……誰ですか?」
これを聞いたら後には戻れない。だが聞かないと前に進めない。だから踏み込んだ。聞いたら後悔するかもしれないが、聞かないと後悔もできない。
「それは秘密だ。ほら、さっさと出かけるぞ」
「あっ、逃げないでくださいよ」
思いっきり誤魔化そうとして話題を変える先輩。だがここで深追いしてお出かけを中止にされるのも避けたいので、とりあえず誤魔化されておこう。
「(でも、デートが終わったら聞かせてもらいますから)」
私は今日の最後にもう一度踏み込もうと心に決め、先輩の腕に自分の腕を絡めて駅までの道を行くことにした。
かなり踏み込んだ感じになりました