やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
まさかこの短期間で先輩と二回目のデートができるとは。半ば強引とはいえ、あの先輩が私に付き合ってくれている、これは結構良い感じなのではないか。
「(まぁ、先輩からしたら私は手のかかる後輩でしかないのかもしれませんが……)」
先輩が雪乃先輩のことを恋愛対象として見ていなかったというのが事実であるのならば、先輩の心の中にいる女性はいったい誰なのか。結衣先輩ではないことも確かなので、そうなってくると限られてくる。
「(まさか、本当に戸塚先輩ってことは無いでしょうし)」
言い切れないのが何とも歯がゆいが、戸塚先輩は男性だ。先輩にそっちの趣味がない限り戸塚先輩ではない。そうなってくるといよいよ絞られてくる。
「(先輩の知り合いの中で、今でも先輩と付き合いがあるのは私か折本さん。でも折本さんには中学時代のトラウマがあるから、そういう気持ちにはならないだろうな)」
もしかして先輩も私のことを特別だと思ってくれているのだろうか? そんな淡い思いを懐いた時だった。正面から見覚えがあるカップルが歩いてくるではないか。
「あっ……」
気付いたのは私が一番。私が声を上げたことで先輩が二人に気付き、その視線を受けて向こうの二人も私たちに気付いた。
「いろは、それに比企谷」
「雪ノ下に葉山か。珍しい場所で会ったな」
私と雪乃先輩は互いにフリーズしてしまったが、葉山先輩と先輩は多少驚いてはいるが普通に会話できている。
「こんなところで何してるんだ? 確か海外に――っと。今は一時帰国してるんだっけか?」
「結衣から聞いてるんだろ、白々しい」
「関係ないから忘れてただけだ。それにしても、本当に何してるんだ、こんなところで」
「それはこっちのセリフだよ。まさか比企谷といろはがね」
葉山先輩の視線が私と先輩を交互に捉える。昔の私なら慌てて否定しただろうが、今の私は葉山先輩にどう思われようが関係ない。組んでいた腕をより一層強く組み直すまである。
「一色さん、お久しぶりね」
「お久しぶりです、雪乃先輩」
若干強すぎる視線を浴びせながらの挨拶に、私も負けじと対抗する。先輩の方は兎も角として、雪乃先輩はもしかしたら今でも先輩のことを想っているのかもしれないからだ。
「なるほどな。葉山、少しいいか?」
「構わないが、いろははいいのか?」
「大丈夫だろう。雪ノ下、一色のことをちょっと頼むな」
「えっ、ちょっと先輩っ!?」
名前呼びじゃなかったことに不満を覚える暇も無く、先輩は葉山先輩を連れてどこかへ行ってしまった。残された私と雪乃先輩は、とりあえず他の人の邪魔にならない場所に移動し対峙し直す。
「貴女、比企谷君と付き合ってるの?」
「雪乃先輩は葉山先輩とお付き合いしてるんですよね?」
雪乃先輩からのジャブを躱してこちらから打ち返す。今の遣り取りだけで雪乃先輩が本当はまだ先輩のことを想っていると確信できた。
「家の事情でね。でもそれは私の意思ではない」
「雪乃先輩の意思ではないにしても、雪乃先輩が葉山先輩とお付き合いしているのは事実ですよね?」
「そうね。事実ではあるわね」
この返答には少しこちらが動揺してしまう。てっきり私の攻撃で動揺するかと思っていたがまさか開き直ってくるとは。
「でも彼とは何時でも別れられるわ。彼は兎も角私には両家が望むような形に収束させるつもりはないもの」
「望む形ってなんです?」
「雪ノ下・葉山両家のより強い結びつきの為に、私と彼を結婚させることよ。でもそこまで言いなりになる必要なんてない」
「随分と葉山先輩に失礼なんじゃないですか?」
「彼も理解してくれているもの」
「でも、それって不誠実ですよね? もし『本当の』想い人にそのことを知られたらどうです? 軽蔑されない自信があるんですか?」
私が誰を指して言っているのか理解したのか、雪乃先輩は分かり易く顔色を変える。よりはっきりと敵愾心を剥き出しにしてきた。
「そう言う貴女は比企谷君とどういう関係なの?」
「雪乃先輩には関係ないですよね? 私と先輩がどんな関係であろうと」
「そうね。今は関係ないかもね」
「未来永劫関係ないと思いますけどね」
雪乃先輩から向けられる敵意に対抗するように、私も雪乃先輩に対しての言葉に棘を強めに混ぜる。結衣先輩のように相手の想いを知ってなお仲良く付き合おうとは思えない相手だから。
「貴女、比企谷君に依存しているんじゃない?」
「それは雪乃先輩ですよね。共依存の延長でしかないって言われたんですよね」
「……知ってるのね」
「えぇ、先輩から聞きました」
まさか私が知っているとは思っていなかったのだろう。ここにきて雪乃先輩が分かり易く動揺した。だがこの程度で崩せるほど簡単な相手ではない。
「確かにあの時は依存の延長でしかなかったかもしれない。でも今は違うと言い切れるわ。彼と付き合ってみてはっきりした」
「だから先輩と付き合おうと? でも先輩は雪乃先輩のことを恋愛対象として見ていないらしいですよ?」
「比企谷君がそう言ったのかしら?」
「えぇ。私は二回、そう聞いてます」
私がはっきりと言い切ると、雪乃先輩は少し寂しそうに視線を逸らす。恐らくは先輩も自分と同じ気持ちだと思っていたのだろう。
「はっきり言いますけど、これ以上先輩に依存するのは止めた方が良いですよ。先輩は雪乃先輩の夢は本当に応援しているんですから。ここで貴女が先輩に再び寄りかかろうとしたら、貴女の周りの人間が先輩を排除しようと動く。それに気付いた先輩はより一層貴女から距離を取ろうとするでしょう。これ以上先輩との関係を悪化させたくないのでしたら、先輩のことは諦めてください」
「そんなことは無い。今の比企谷君なら私一人支えられるだけの能力がある」
「二年近く先輩と離れていた貴女が、先輩のことを分かった風に言わないでください」
「分かるわよ。私と彼の間には本物の絆がある。先輩後輩でしかない貴女とは違ってね」
雪乃先輩の言葉に、今度は私が視線を逸らす。離れていても相手のことが分かるのは、二人の間に『本物』があるからだろう。先輩が雪乃先輩のことを理解しているように、雪乃先輩も先輩のことを理解できているのだろう。
だからといってここで引き下がるわけにはいかない。少なくともこの約九ヶ月、先輩の一番側に居たのは私だ。雪乃先輩でも、ましてや結衣先輩でもない。
「もしその絆が本物だというのでしたら、どうして高校時代に先輩は雪乃先輩のことを受け容れなかったのですか? やる気があるか無いかのだけで、能力的にはあの時とあまり変わっていませんよ」
「あの時は私の方に問題があった。ただそれだけよ」
「その問題は解決していませんよね? 雪乃先輩は現在進行で先輩に依存している。だから先輩に側に居て欲しいと思っているだけですよ」
「貴女に私の気持ちがわかるとでも?」
「だって本当に先輩のことが好きなら、どうして今まで何もリアクションを起こさなかったんですか? 雪乃先輩側の問題を解決するのに、こんなに長い時間が必要だったとは思いません」
「貴女には分からないでしょうね。私の家の事情なんて、一般家庭に生まれた貴女には」
「えぇ、わかりません。ですが、だからといって素直に先輩を渡すわけにはいきませんから」
別に私のものではない、というツッコミは無かった。恐らく雪乃先輩も「言っても無駄」だと思ったのだろう。
「そういえば、貴女の気持ちを聞いていなかったわね。貴女、本当に比企谷君のことが好きなの?」
真っ直ぐ、貫くような視線を向けられ、私は少したじろぐ。だがここで逃げたりしたら、二度とこの人と真っ向勝負できなくなってしまうだろう。
「はい。私は先輩が――比企谷八幡さんのことが好きです。この気持ちは誰にも負けない自信があります」
「そう。だったらはっきりさせましょう。彼が戻ってきたら私は比企谷君に気持ちを伝える。その時一色さんも比企谷君に気持ちを伝えて、どちらが選ばれるか――」
「どうして私が雪乃先輩の都合で告白しなきゃいけないんですか。私には私のタイミングがあるんですから」
危うく流されるとこだったが、ここで先輩に告白なんてできない。だってまだ、先輩の想い人が誰なのかはっきりしていないから……
肉弾戦より危なかったような……