やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
結局先輩と二人きりの時間はそう多くなかったけど、私の手元には先輩が買ってくれたアクセサリーがある。これだけでも今日の成果だろう。
「(でも、なにか忘れてる気が……)」
雪乃先輩に会うまでは、そんなこと考えなかったと思う。結衣先輩に会う前に、何か先輩に聞こうとした気がしてならない……
「さっきから人のことじろじろと見て、何か言いたげだな」
「そんなに見てました?」
先輩に指摘されるまで、私はそのことに気づいていなかった。完全に無意識で、先輩の横顔を窺っていたらしい。
「由比ヶ浜母娘と別れてからずっと、人のことを見てたのに無自覚だったのか?」
「そんな前からですか!?」
由比ヶ浜母娘と別れてからもう三十分近く経っている。つまり私は無自覚とはいえ三十分以上先輩の顔を見てもやもやしていたということになるのか……
「先輩、私、何か忘れてる気がするんですけど」
「いや、それを俺に聞かれても困るんだが」
「先輩に何か言おうとしてたと思うんですけど……先輩は心当たりとかありませんか?」
「しらん」
考える素振りもなく即答する先輩に、私はほほを膨らませて抗議する。
「少しくらい考えてくれてもいいじゃないですか!」
「いろはが何を考えていたかなんて、俺に分かるわけないだろ」
「そうかもしれませんが、もうちょっとこう、何かあるでしょ普通!」
「具体的に言え、具体的に」
身体を密着して抗議する私に対して、先輩は軽く押し返して落ち着くよう促してくる。こういうところが妹扱いされてる気がするのだが、今は関係--
「あぁっ!」
「っ! な、なんだよ」
「思い出しました!」
私が先輩に何を聞こうとしていたのか。何を忘れていたのかを。
「そ、それでなんだったんだ?」
「い、いえ……いざ聞こうとすると恥ずかしくて」
「なんなんだよ……」
さっきは勢い任せで聞けそうでしたけど、タイミングを逸してしまった今、それを聞くのは恥ずかしい。だって、面と向かって「私のことを異性としてどう思っているのか」なんて聞けるわけがない。
「とりあえず忘れておいてください」
「引っかかる言い方だが、いろはがそれでいいなら」
「それでいいんです」
結衣先輩のせいで踏み込むチャンスを失ったが、結衣先輩のお陰で答えを聞かなくて済んだ。私は心の中で結衣先輩に文句とお礼を言い、部屋までの帰路を先輩の手の感触を楽しみながら進む。
「そういえば先輩」
「今度はなんだ?」
「先輩って年越しはどうするんですか? 年越しまでバイトってわけないですよね?」
「さすがに大晦日は休みだ。特に予定もないし、家でのんびり過ごすつもりだが」
「だったらお邪魔してもいいですよね?」
有無を言わせぬ感じで迫ると、先輩は引きつった顔をしながらも拒否はしなかった。
「一人で寂しく年を越すかわいそうな先輩のために、私が付き合ってあげます」
「別に去年も一人だったし、特別寂しいってわけじゃ――」
「それじゃあ先輩、年越しそばの準備、お願いしますね」
「はっ? お前、それが目当てじゃ――」
「今日はありがとうございました」
部屋の前までついたので、私は先輩の手をほどいて自分の部屋に逃げ込む。別に自分で準備するのが面倒というわけではないのだが、せっかくのチャンスだから先輩と二人きりで年を越したいという、私の本音を知られないようにするためだ。
部屋に戻ってすぐ、私は自分の手に視線を落とす。自分から離したというのに、先輩の手の感触がなくなったのが気になってしまったのだ。
「随分と自然に手をつないでくれましたけど、本当に先輩は私のことをどう思っているんですか?」
面と向かって聞けなかったことを零す。その言葉に対する返事は無いまま、私はまだ先輩の温もりが残っている手をじっと見つめるのだった。
十二月三十一日、私は宣言通り先輩の部屋に遊びに来ている。
「なんで朝からくるんですか、お前は」
「良いじゃないですか。先輩だって特に予定はなかったんですよね?」
「俺は兎も角、お前は実家に帰ってこいって言われてるんじゃないのか? 娘に対する父親って、そういうものだと思うんだが」
「さすがに年明けに数日は帰りますけど、実家でダラダラするのもなんていうか寂しいですから、こうして先輩と一緒に過ごしてるんですよ」
お母さんには私に想い人がいることを知られている。下手に長期滞在したらそのことを根掘り葉掘り聞かれる可能性が高い。だから年明けの一日だけ実家に顔を出して、すぐに戻ってこようと思っているのだけど、そのことを先輩に教える必要はない。
「こっちに戻ってくるときは、またお迎えお願いしますね」
「またかよ……てか、いい加減克服してきてもいいんじゃねぇのか?」
「そう簡単に克服できたらトラウマなんて言いませんって。それに、先輩が優しすぎるから、他の男性がもっと苦手になってきちゃってるのかもしれませんし」
「だったら俺も厳しくした方がいいのか」
「ダメでーす。先輩はいろはちゃんに甘々じゃなきゃダメなのです」
「なんなんだよ、そのテンション……」
先輩の部屋で先輩の隣で炬燵に入ってダラダラする。そんなシチュエーションのせいで今の私はおかしなテンションになってしまっている。若干引かれても仕方がない状況だが、先輩は少し呆れた顔をしただけで私の前にカフェオレを用意してくれた。
「こうして先輩と二人きりで部屋で過ごす日が来るなんて、高校時代は思ってもみませんでしたよ」
「なんか誤解されそうな言い方はやめろ」
「別に誰かに聞かせるわけじゃないんですし、いいじゃないですか」
その誤解を真実に変えてもいいのだが、今は踏み込む勇気が出ないので流しておく。
「だって初対面の印象最悪の先輩とですよ? 死んだ魚のような眼をした、何事にも無気力無関心だった先輩と可愛くて人気者だった私がですよ?」
「いや、お前女子に嫌われてたから生徒会長に勝手に推薦されたんだろ?」
「そこはツッコんじゃダメです」
確かに陽キャ男子に人気だった半面、女子や陰キャ男子からは嫌われていたり勘違いされていたのは知っている。実際生徒会長に推薦されたのだって、嫌がらせでしかなかったのだから。
「その女子たちも、まさか私が本当に生徒会長になって立派に業務を遂行するなんて思ってなかったでしょうから、随分とすっきりしましたし」
「いや、ほとんど人に仕事を押し付けてたじゃないですか」
「押し付けたなんて失礼な! 私はただ、先輩に責任を取ってもらっただけです」
責任なんてとっくに取ってもらっている。だが先輩に対してこの言葉を使うと、かなり気まずそうな顔をして反論を諦めてくれるのだ。
「俺はお前に対してどれだけの責任を負ってるんだよ……」
「私をこんな風にしたのは先輩なんですから、まだまだ足りませんよ」
「えぇ……お前は昔からそんな感じだっただろうが」
「昔の私のことなんて、それほど知らないじゃないですか……はっ! もしかして昔の私ももっと知りたいってことですか? それって私の全部を知ってこれからも責任を取り続けてくれるってことですか」
「そこまで深読みするのも久しぶりじゃないか? てか、他の男子にもそんな風に言ってるのか?」
「はっ? そんなわけないじゃないですか。先輩以外にこんなこと言えば、変な勘違いされて大変な目に遭っちゃいますから」
そもそも先輩以外にこんなことを言うつもりはない。先輩なら変な勘違いされることもないし、万が一勘違いされてもいいと思えるから。
「それは俺が信用されているってことでいいんだよな?」
「信用もしてますけど、いざというときヘタれるってわかってますから」
「なんでだよ」
「だって、結衣先輩に胸を押し付けられても手を出さない人ですから」
「お前な……」
自覚があるのか先輩はがっくりと肩を落として炬燵に深く入り直す。私はそんな先輩にさらに近づいて、慰めるように背中をさすったのだった。
嫌な信頼のされ方