やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
東京に戻ってきてからしばらくは先輩の部屋でまったりするつもりだったのだが、三が日が過ぎたら先輩はバイトで忙しくなり、私の方もちょこちょことシフトに入っているのでまったりしてる暇などなかった。
「一色さんが出てきてくれて助かったよ。他の子たちは長期帰省してるから」
「まぁ私は近場といえば近場ですから。帰ろうと思えばいつでも帰れますので」
距離的な問題はないが、私の方に問題があるのでそう頻繁に帰ることはできないのだが、そうでも言っておかないとバイト仲間が委縮してしまうから。
「そう言ってもらえて助かったよ。比企谷君がいてくれたらもっと楽だったんだろうけども」
「あの人が辞めたのはもうだいぶ前ですよ?」
確かに先輩が居てくれたらだいぶ楽ができただろう。何しろあの人は一人で二人分以上の仕事をこなしてくれていたのだ。ほんと、不真面目だった先輩はどこに行ってしまったのでしょうか。
「それだけ比企谷君が残した実績が凄かったってことよ。オーナーも臨時じゃなくて正式に雇えばよかったって言ってるし」
「まぁ、先輩の後に入った人、それほど仕事できませんからね」
先輩と比べてなので、普通に仕事はできるのだが、期待値が高すぎるのだ。あの先輩の代わりに入ったのだから、もう少しできてほしいと、こちらが勝手に思って失望しての繰り返し。
「とりあえず、今度一色さんから言っておいてよ」
「どうして私から?」
「だって、比企谷君の部屋、一色さんの隣なんでしょ? 話す機会くらいあるだろうし」
「まぁ、いろいろとお世話になってますから」
ここのメンバーは私が男性恐怖症であることを知っていて、先輩なら問題ないということも知っている。なので私が先輩を頼っていると聞いても不思議そうにはしない。
「てか、まだ一色さんと比企谷君って付き合ってないの?」
「まだって何ですか、まだって」
「だって一色さん、比企谷君のこと好きなんでしょ?」
「な、なんでそんなことを?」
「見てれば分かるって。明らかに普通に頼ってるって感じじゃないし」
まさか、そこまで分かりやすかったとは……私としてはそこまで分かりやすくしてるつもりはなかったし、ここのメンバーに気づかれてるつもりはなかったんだけど。
「比企谷君の方もまんざらじゃなさそうだし、いっそのこと付き合っちゃえば? 一色さんも、比企谷君なら身構えることもないだろうし」
「まぁ、あの人は湯上りの私の姿を見ても何もしてこなかった――って、どうしたんですか?」
私が何の気なしに言ったセリフに、職場の空気が凍った。私、そこまでおかしなこと言ってないと思うんだけど。
「一色さん、比企谷君に湯上り姿を見せたことあるの?」
「はい。先輩の部屋に泊まった時に」
「泊まったっ!?」
「えぇ。おなかいっぱいで部屋に戻るのが面倒だったので」
それ以外にも勢いで泊まったりもしたけど、その都度先輩は私に手を出すことなくクッションを重ねて床で寝ている。別に一緒にベッドを使っていって言ってるんだけどな……
「なんとも色気のないお泊りの理由だけど、それで付き合ってないの?」
「はい。私と先輩の関係は、あくまでも先輩後輩ですから」
自分で言っておいてなんとも情けないが、私と先輩の関係はそれ以上でもそれ以下でもない。高校の先輩後輩、それが私と比企谷八幡を表すうえで最もふさわしい表現だろう。
「そこまで行ってるなら、もう付き合ってるものだと思うけどね」
「そうですかね?」
私としてはそれでもいいのだけども、先輩の方がいい顔をしないだろうな。そんなことを考えながら、残りの時間働いたのだった。
部屋に戻ろうとしたが、ちょうど先輩も帰ってきたところだったのでこのまま先輩の部屋にでも――と思っていたのだけども。
「結衣先輩?」
「あっ、いろはちゃんだ。やっはろー!」
「こんばんはです。それで、どうして先輩と結衣先輩が一緒に?」
「彩ちゃんと出かけてた帰りにヒッキーに会ったから、このまま三人でご飯にしようって」
「それで、その戸塚先輩は?」
「彩ちゃんは、晩御飯のお買い物に行ったよ」
「そうだったんですね」
せっかく先輩と二人っきりでお話しようと思っていたのに、これではその計画が実行できない。かくなる上は、私も交ぜてもらおう。
「それって、私も一緒にいてもいいですか?」
「もちろんだよ。ねっ、ヒッキー」
「もう何でもいい」
ここまで戻ってくるのに何かあったのか、先輩はもはや抵抗する気概すら見せない。
「(先輩、何があったんですか?)」
「(由比ヶ浜が晩飯を作るとか言い出したのを、俺と戸塚で必死になって止めたから、もう何かする気力がないんだよ)」
「(それはお疲れ様です)」
結衣先輩の料理は食べた相手を病院送りにするとか言われているらしいから、出来ることなら遠慮したい。先輩と戸塚先輩が必死になるのにもうなずける。
「ヒッキーの料理、久しぶりだな~」
一方で、先輩をここまで疲弊させた結衣先輩は、何も考えていないかのように――実際何も考えていないのだろうけども――先輩の料理を楽しみにしている。
「ところで、どうして結衣先輩と戸塚先輩が一緒に出掛けてたんですか?」
「うん、成人式のことを彩ちゃんに聞きたくて私が誘ったんだ~。本当はヒッキーも一緒にって思ってたんだけども、ヒッキーはバイトだったから」
「なるほど」
てっきり結衣先輩と戸塚先輩がお付き合いを始めたのかと思ったけど、この人も先輩のことが好きだからそれはないか。
「それで、ヒッキーは本当にいかないの?」
「行く意味がないだろ。半年前に成人してるわけだし、式典なんてだるいだけだ」
「でも、一生に一度だし」
「地元の知り合いに会うのめんどい。そもそも会ったところで盛り下がるだけだろ。むしろ俺がいないことで盛り上がるまである」
「相変わらずですね、先輩って」
この人は中学時代散々な目に遭っていたらしいから仕方がないのだろうが、もう少し過去と向き合っても良いんじゃないだろうか。
「でも、カオリンも行くって言ってたから、ヒッキーも居心地は悪くないんじゃない?」
「折本がいたからって、俺が行く理由にはならないだろ。そして翌日朝から講義なのに、わざわざ千葉に戻る体力がもったいない」
「サボっちゃえば?」
「そんな考えだから、お前はギリギリでしか単位を取れないんだぞ」
「ぎ、ギリギリだろうが単位は単位だから!」
どうやら先輩は本気で成人式に参加するつもりはないらしい。それなら当日は私が先輩にお祝いしてあげよう。
「お待たせ。って、一色さんもいたんだ」
「こんばんはです、戸塚先輩」
「うん、こんばんは」
戸塚先輩と挨拶を交わし、私は料理中の先輩のそばに移動する。一瞬鬱陶しいような顔を見せた先輩だったが、言っても無駄だと思ったのか何も言ってこなかった。
「先輩は本気で成人式に参加しないんですね」
「さっきも言っただろ。翌日講義だからな」
「じゃあもし講義が無かったら参加してたんですか?」
「しない。俺がいたらその場の空気が悪くなるだろうからな。むしろ参加しないことで周りの雰囲気を壊さないようにしているんだ」
「相変わらず前向きな後ろ向き発言ですね」
「なんだ、その表現は」
「先輩にふさわしい表現だと思いませんか?」
昔から思っていたことだが、この人は実に前向きっぽく後ろ向き発言を繰り出すのだ。それでいてそれが的を射ているから厄介なのだが。
「可哀そうだから、当日は私がご飯を作ってお祝いしてあげますから」
「前も言ってたが、それ本気だったんだな」
「当然です! この前は失敗しちゃいましたけど、今度はちゃんと作りますから」
「期待しないで待ってる」
「そこは、期待してくださいよ」
てっきり断られると思っていたのに、思いのほかすんなりと受け入れてくれた。これって、先輩も私と一緒にいたいと思ってくれているからなんでしょうか? もしそうなら、そろそろはっきりと言ってもらいたいものなのですが……
「まぁ、それが先輩らしいですけどね」
「は?」
「なんでもないでーす」
何か追及したげな先輩から逃げるように、私は結衣先輩と戸塚先輩とのおしゃべりに参加するのだった。
自分も出席してないです