やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
成人の日、当日。外を見れば晴れ着を着ている人もちらほらと見受けられる。来年は私がその中の一人になるのかと思うと、なんだか複雑な思いがするが、今はそれどころではない。
「先輩、本当に成人式行かないんですね」
「当たり前のように人の部屋に入ってくるな」
部屋には鍵がかかっていたが、合鍵でそんなものはどうとでもなる。前から思っているが、本気で私に入ってきてほしくないのなら、チェーンロックなり鍵を取り換えるなりすればいいのに、この人はそこまでしていない。
「食材は昨日の内に買っておいたので、このまま料理を始めますね~」
「買いに行ったのは俺で、金を払ったのも俺だ」
「まぁまぁ、細かいことは気にしないでくださいよ」
先輩の部屋の冷蔵庫を漁ると、私が頼んだ食材がちゃんと入っている。
「先輩、ちゃんと買ってきてくれたんですね」
「散々念を押されたからな」
「そんなこと言って、私の手料理が楽しみだったんですか?」
「そんなことは言ってないだろ」
「本当ですかー? 興味がないのなら、私がいくら頼んでも買ってこなかったと思うんですけど」
この人は興味がないことにはとことん関わらない人だ。だからもし、本当に私の手料理に興味がなかったのなら、わざわざ食材を買ってきてくれたりはしなかっただろう。
「作る手間が省けるのなら、食費くらいは出してやる。もちろん、俺が作るのより美味かったらの話だが」
「先輩の料理の腕って、最近ますます成長してるじゃないですか。サボり気味の私が勝てるわけないじゃないですか!」
先輩に頼る癖がついてきてしまったせいで、ここ最近自炊をしていない。ただでさえ先輩の方が料理上手だったというのに、これじゃあ差が広がっているのは間違いないだろう。
「別に勝ち負けの話じゃないだろ。今日の分は別に要求しないが、次もやるとか言い出すならお前が出せという話だ」
「ぶー。せっかく先輩に食費を出させて節約しようと思っていたのに」
もちろん、そんなことは考えていない。私だってバイトしているのでそこまで生活に困っていない。仕送りだってあるのだから、食べる物に困るなんてことはないのだから。
「最近、あざとさに磨きがかかってるな」
「そんなことないですよ。というか、素だって言ってるじゃないですか」
「お前の素はそんなんじゃないだろ」
「そんなこともないんですけどね……」
先輩には私の素の部分をかなり知られてしまっている。本当の私は可愛げのない女だ。付き合ったら自慢できるからという打算的な考えで葉山先輩に付きまとっていた。そのことは先輩だけではなく、おそらく葉山先輩にも知られていただろう。
だからではないが、葉山先輩は私に対して一定の距離を保った付き合い方をしていた。まぁ、あの人は雪乃先輩以外の女子に興味なんてなかったのかもしれないけど。
「とりあえず気を取り直して」
いきなりやる気を削がれたが、今日こそは失敗せずに先輩に私の手料理を食べてもらいたい。よくよく考えれば、こうやって異性に手料理を振舞いたいと思ったのは先輩が初めてだ。バレンタインのアレはお菓子なのでノーカウントだ。
「(先輩には私の初めてを沢山あげているんですよ? それを分かってるんですか?)」
捉え方によっては卑猥に思える考えだが、そういう初めてではない。異性の前で本気で泣いたのも、他人の言葉であそこまで心を揺り動かされたのも、こうして手料理を振舞いたいと思ったのも先輩が初めてなのだ。そこだけとっても私にとってこの気持ちは『本物』なのだ。
「ねぇ先輩」
「なんだ?」
「先輩は何時まで彼女を作らないつもりなんですか?」
「別に決めてるわけじゃないが」
「この間戸塚先輩に聞きましたけど……先輩、ゼミの人に言い寄られてるんですよね?」
「内緒だって言ったのに」
どうやら先輩は私に知られたくなかったようだが、戸塚先輩がこっそり教えてくれたのだ。私は少し問い詰めるような視線を向けると、先輩は肩を竦めて説明を始めてくれる。
「言い寄られているという表現が正しいのかはおいておくとして、付き合ってほしいと言われているのは本当だ」
「戸塚先輩曰く、結構美人な人らしいじゃないですか」
先輩と同じゼミの先輩で、この間私が見た人とは別の人らしい。さすがに写真とかはなかったけど、あの戸塚先輩が「美人」だと形容したのだから、かなりのレベルなのだろう。
「よく知りもしない相手と付き合えるほど、俺は器用じゃないし他人を信用しているわけでもない」
「でも、美人なら付き合ってみようとか思うのが普通じゃないですか?」
「それなら一色は、イケメンだからって理由で良く知りもしない相手と付き合うのか?」
「私の場合は、いくらイケメンでも拒絶反応が出ると思うので」
イケメンだろうがなんだろうが、異性には拒絶反応を示すと思う。だから先輩が欲しいと思っていた答えはあげられない。
「付き合いながら相手のことを知っていこうとか思わないんですか?」
「だから俺は他人を信用してない。基本的には相手を疑ってかかるから、試しに付き合ってみようとかいう、そんな陽キャ思考は理解できない」
「別に陰陽は関係ないと思うんですけど」
この人は本当に捻くれている。中学時代のトラウマがなかったとしてもこれだったのだろう。
「まぁ、先輩がフリーでいてくれるのは嬉しいですけどね。こうやって構ってもらえなくなるでしょうし」
「というか、さっさと合鍵を返せよな」
「やでーす」
おしゃべりをしながらもしっかりと調理を進めているが、この会話の時だけ視線が私のポケットに落ちる。そこにこの部屋の鍵が入っているから。
「(この鍵が心のよりどころになっているんだろうな)」
さすがに先輩に彼女ができたら返すつもりだし、本気で怒られたらすぐにでも返す。だが今のところ先輩が本気で「返せ」と言ってこないので私が預かっているのだ。
「てか先輩。部屋の中では名前で呼んでくれるんですよね? この間だって、結衣先輩と戸塚先輩にも言われてましたけど」
「長年使ってた呼び方を変えろと言われても難しいんだよ。それほど人付き合いがあるわけじゃない俺が、呼び方を変えるタイミングを把握してるとでも思ってるのか?」
「本気で答えた方がいいですか?」
「やめて。容赦のない返答がありそうだからやめて」
私が素の雰囲気を見せると、先輩は慌てて会話を打ち切ってくる。先輩は容赦のないことを相手に言うことが多いが、自分が言われるとすぐに弱るのだ。
「そうこうしているうちに、いろはちゃん特性オムライスの完成でーす!」
「今回は見た目も上手くできてるようだな」
「見た目だけじゃなくて、味も保証しますよ」
「別にお前の料理の腕を疑ってるわけじゃないし、作ってもらっておいて不味いと文句を言うつもりもない」
「そういうところは真面目ですよね、先輩って」
「俺は基本的に真面目だろうが」
「高校時代は不真面目だったから、平塚先生に怒られて奉仕部に入れられたんですよね?」
詳しいことは教えてもらっていないけど、先輩が奉仕部に入ったのは平塚先生からの命令で、先輩に拒否権はなかったらしい。それでも卒業まで奉仕部にいたのだから、必ずしも命令だけというわけではなかったのかもしれない。
「いい加減そのネタで人のことをいじるのはやめろ」
「先輩だって、何時までも私のことを『あざとい』って言うじゃないですか」
「それは事実だろ?」
「先輩に対しては計算してのあざとさではないんですから」
「はいはい」
全く本気にされていないけど、高校時代に計算してやっていたあざとさを、ここ最近先輩に対して見せたことはない。あざとく見えるのなら、それは素でやっているのだろうけど、先輩にとってはどっちも変わらないんだろうな。
「それで、お味の方はどうですか?」
「ちゃんと美味いぞ」
「それはよかったです。これからもたまに作ってあげますよ」
「それで自分の分も作って食費を浮かせるつもりか?」
「そんな気持ち、ちょっとしかありませんよ」
「ちょっとはあるのかよ」
照れ隠しなのだが、先輩は真に受けたらしい。まぁ、今はそれでもいいのかもしれないですね。
もうただの恋人っぽいな……