やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩の部屋でのんびり過ごしていたら、いつの間にか夕方になっていた。特に何かをしていたわけではないのに、時間を無駄にしたとは思わないのは、先輩と一緒にいられたからだろう。
「せーんぱい。晩御飯は先輩が作ってくださいね」
「は? お前、晩飯までここで済ませるつもりなのか?」
「良いじゃないですか。明日からまた頑張らなきゃいけないんですから」
いったい何を頑張るのかという問いかけはなかった。おそらく何を言っても無駄だと思っているのだろう。
「(手のかかる後輩扱いは嫌だと思いつつ、先輩が気にかけてくれているのが嬉しいなんて……)」
なんとも矛盾している思いだが、何とも思われていないよりかはだいぶ良い。だってこの人は興味がない人を部屋に招き入れ――勝手に入っているのだが、その点は気にしない――こんな時間まで滞在を許す人ではないから。
「てか先輩。せっかくの成人式でみんな集まってるのに、先輩に電話の一つもないんですね」
「そんなのあると思ってるの? 俺のことを思い出すヤツなんていないだろ」
「うわー……そうかもしれませんけど、それを堂々と自分自身で言うのはどうかと思いますよ?」
「ほっとけ。それで、何が食べたいんだよ」
先輩が腰を上げたタイミングで、先輩の携帯から着信音が聞こえた。先輩自身も珍しいと思ったのか、一瞬携帯に伸びる手が止まった――ように見えた。
「由比ヶ浜?」
「結衣先輩からですか?」
結衣先輩のことだから、成人式が終わった流れで先輩の部屋に遊びにこようとかそんな感じなんだろうと思った。
「先輩、スピーカーホンで出てください。私は黙ってますので」
「はぁ? なんでそんなことを――」
「良いから!」
先輩は私を不審がる視線を向けていたが、私の意志のこもった目を見てとりあえず言う通りにしてくれた。
「もしもし?」
『ヒッキー、やっはろー』
「何の用だ?」
『成人式の後に高校の友達と集まってたら、ヒッキーの話題になったから』
「はぁ? 俺の話題?」
先輩も意外だと思ったかもしれないが、私もそう思ってしまった。だって高校時代先輩と付き合いのあった人は極僅かで、しかも友好関係を築いていた相手とは今も付き合いが続いているはず。わざわざ話題に上がったからと言って電話をかけてくるようなことはないだろう。
『ヒキオ』
「どちら様でしょうか?」
『あーしが分からないの』
「あぁ、三浦さんですか」
独特の一人称で私も分かった。結衣先輩と一緒にいるのは三浦先輩でした。確かにこの人なら先輩の話題になって電話をかけてきても不思議ではない。何せこの人は川崎先輩と同レベルのおかん属性の持ち主。何時までも進展していない先輩と結衣先輩の関係を聞いて、一言いいたくなったとしても不思議ではないからだ。
『久しぶりだね、比企谷君』
「海老名?」
『おー、ちゃんと分かってくれた。さすがヒキタニ君』
「最初はちゃんと呼んでただろうが……」
高校時代、先輩は何故か『ヒキタニ』と呼ばれていた。先輩自身も訂正とかしなかったらかいまだに間違えている人とかいそうだが、この人は気にしないんだろうな。
「それで、三浦と海老名が何の用だ? 俺のことを懐かしく思ってとか、そんなんじゃないんだろ?」
『当たり前だし。あんたのことなんてどうでもいいっての』
「そうですか。それじゃあそろそろ失礼します」
『ダメダメ! 私たちは比企谷君に言いたいことがあったから結衣に電話してもらったんだから』
海老名先輩の会話の入り込み方からして、向こうもスピーカーで会話しているようだ。ここで私の声が入ったら面倒なことになりそうなので、私はさっきよりも電話から距離を取る。
「言いたいこと? なんだよ」
『いい加減結衣を解放しろし』
「解放? 別に俺は由比ヶ浜を縛り付けてなど――」
『比企谷君にそのつもりがないのは分かってる。でも君だって、結衣の気持ちは知ってるよね?』
「………」
海老名先輩の言葉に、先輩は黙ってしまう。この人だってあれだけアピールされれば結衣先輩の気持ちに気づいているに決まっている。おそらくは、私の本当の気持ちにも。それでもいつも通りを演じてくれるのは、この人なりの優しさなのだろう。
『あーしも長いこと隼人に縛られていたから言えるけど、何時までも一人に固執してたら次に踏み出せないんだよ。だから付き合うにしろ振るにしろ、早いとこ結衣を解放しろって言いたかっただけ』
『こんなこと言って、優美子は結衣のことが心配で仕方がないんだよ~』
『黙ってろし!』
「肝心の由比ヶ浜はどう思ってるんだよ? 俺の答えが聞きたいって思ってるのか? それとも、知らないまま今まで通りがいいと思っているのか?」
先輩の問いかけに、電話の向こうから聞こえていた声が聞こえなくなる。三浦先輩も海老名先輩も、結衣先輩の気持ちが一番だと分かっているのだろう。
「てか、さっきからこれだけ騒いでるのに由比ヶ浜の声が聞こえないんだが?」
『あー、結衣はね……にゃはは』
『酒呑んで酔っ払って寝てるし』
「呑ませたのか……」
結衣先輩が呑んだらどうなるか知っている先輩は、相手に見えないというのに頭を抱えてがっくりと肩を落とす。
『てか比企谷君、結衣が呑んだらどうなるか知ってたの?』
「以前俺と由比ヶ浜と戸塚の三人で呑んだからな。まぁ、二人は早々に潰れたんだが」
『意外だね。ヒキタニ君はそういう付き合いはしないと思ってた』
「二人に頼まれたら断りづらいだろ」
これは先輩の嘘。先輩は数で押してもどうにもならないが、戸塚先輩に頼まれると素直に言うことを聞いてくれる。だがそのことを知らない海老名先輩は、納得したように引き下がった。
『とにかく、さっさと結衣の気持ちに返事しろし! 隼人みたいに何時までも曖昧な態度でもてあそぶようなことは許さないから』
「随分と荒れてるが、お前も呑んでるのか?」
『吞んでないし! てか、吞んだこともないし!』
『優美子、ビビりで呑んだらどうなるか分からないーって』
『黙ってろし!』
「おせっかいは分かったが、結局は由比ヶ浜自身がどう思っているかだろ。返事が欲しいなら、してやらないこともないがな。由比ヶ浜が欲しい返事かどうかは分からないが」
先輩の答えに、二人は結衣先輩に可能性がないことを察する。それでも結衣先輩のことを心配する当たり、やはりいい人なんだろうな。
『結衣が返事が欲しいって言ったら、さっさと返事しろ! それで結衣を解放しろ』
『優美子は荒れてるけど、これでも真剣に結衣のことを心配してるのだけは本当だから』
「あぁ、それは分かってる。三浦、いいやつだからな」
『なっ……うっさいバカ!』
先輩に褒められて照れたのか、三浦先輩は暴言を吐いて通話を終了してしまった。
「やれやれ、おせっかいだってことに気づいているだけマシか」
「先輩、意外と普通に同級生と会話できるんですね」
「そこに感心するのかよ……てか、なんで黙ってたんだ?」
「だって、あの会話に私が加わったら、かなり面倒なことになりましたよ? 先輩はそれでも良かったんですか?」
あの二人は私のことを知っているし、海老名先輩はいろいろと勘が鋭い人だ。私がいることでいろいろと察して突いてきただろう。
「由比ヶ浜が聞いてたわけじゃないんだし、お前がいたとしても問題ないだろ。てか、由比ヶ浜はお前が隣に住んでることを知ってるんだし、気にしなかったと思うが」
「そういうところは相変わらずなんですよね」
「なに?」
「まぁ、先輩が乙女心を理解してるとは思えませんし」
「文句があるなら帰れ」
「やでーす。さぁさぁ先輩、美味しいご飯をお願いしますね」
「結局そこに戻るのかよ……」
電話があったせいでうやむやにされそうになっていたので、私はもう一度先輩に晩御飯をおねだりする。先輩の方もうやむやにするつもりはなかったようで、嫌な顔をしながらもしっかりと調理をしてくれたのだった。
褒められるのに弱い