やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
成人式から数日後、大学で結衣先輩と顔を合わせたのだが、私は三浦先輩の話を思い出して咄嗟に結衣先輩から視線を逸らす。
「いろはちゃん、どうかしたの?」
「い、いえ……」
「そういえば私、成人式の後の記憶が曖昧なんだよね~。優美子や姫菜と一緒におしゃべりしてたところまでは覚えてるんだけどさ~。気がついたら実家のベッドにいたんだよね」
「(そりゃ、結衣先輩はお酒を呑んで酔いつぶれたから……)」
三浦先輩か海老名先輩かは分からないが、結衣先輩を実家まで連れて行ったのだろう。万が一結衣先輩を酔いつぶれたまま放置していたら、そこらへんのモブたちが結衣先輩に集っていただろうから。
「それでさ、携帯を見たらヒッキーに電話してるんだけど、私何話してたんだろう?」
「そんなこと私に聞かれても分かりませんよ」
「そうだよね。今度ヒッキーに聞いてみようかな」
「何々、なんの話ー?」
「カオリン、やっはろー」
私と結衣先輩の会話に加わってきた折本さんに、私は目礼をする。折本さんはそこまで礼儀に厳しくないので、目礼でも十分だと思ってくれたようだ。
「成人式の後の記憶があやふやって話だよ」
「結衣ちゃん、お酒呑んだんじゃない?」
「お酒? そういえば呑んだ気がする」
「折本さんも成人式は出席したんですよね?」
「とーぜん! むしろ出席してないヤツっているの?」
「先輩は出席してなかったですよ。当日、隣の部屋にいましたから」
その場に私もいたのだが、そのことは言わない。言えない。
「まぁ比企谷だしねー。同窓会に誘っても来ないし」
「むしろ先輩がそういう集まりに参加するとは思えないんですけど」
先輩は基本的に人付き合いが嫌いだから、人が多くいる場所には顔を出さない。無理矢理連れていけば行かないこともないのだが、自発的にそういうところにはいきたがらない人だ。
「だよねー。私も結構誘ってみたんだけど、全く付き合ってくれないし」
「カオリン、ヒッキーのこと誘ってるの?」
「同級生で比企谷の連絡先知ってるの私だけだから」
「ヒッキー、付き合い悪いからね」
私が誘えば結構付き合ってくれるのだが、結衣先輩や折本さんの誘いは断っているようだ。
「(それってつまり、二人より私の方が上ってことなんでしょうか?)」
あの先輩の中で、一番は戸塚先輩だろう。その次は小町さんなのだろうか? 高校時代なら小町さんが一番だっただろうけど、最近は小町さんと連絡を取っていないから戸塚先輩が一番になっていても不思議ではない。
「(じゃあ、その次は?)」
ずっと雪乃先輩だと思っていたが、先輩と雪乃先輩の間に恋愛は成立しなかった。雪乃先輩は先輩に対して恋愛感情を抱いていたようだが、先輩はそれを否定した。それも私の目の前でだ。
その次に可能性があるとすれば結衣先輩だったのだが、雪乃先輩を否定する前に結衣先輩に対する恋愛感情を否定している。
「いろはちゃん、急に黙ってどうしたの?」
「いえ、ちょっと人の中心にいる先輩を想像していました。でも、しっくりこなくて」
「まぁ比企谷だしね」
「ヒッキーが人と楽しそうに話してる姿は想像できないよね」
私たちはそれぞれが知らない先輩の姿を知っているはずなのだが、それでも人と楽しそうに過ごしている先輩の姿は想像できない。つまり、先輩は人付き合いが苦手だという認識が三人の中にあるということだ。
「そうだ! この後ヒッキーの部屋に行かない?」
「比企谷の部屋? でも、今日いるの?」
「いなかったら私の部屋でお茶でもしましょうよ」
「それいいかもねー。じゃあ、後で」
折本さんと別れ、私と結衣先輩も講義に参加するために移動する。この時、誰一人先輩の予定を確認するという、簡単なことを忘れていたのだった。
午後の講義も終わり、私たちは三人で先輩の部屋に向かう。――私個人で言えば、部屋に帰るでも間違いではないのだが、目的地は自分の部屋ではなく先輩の部屋だ。
「ヒッキーいるかな?」
「いるんじゃない? あの比企谷が出かけてるとは思えないし」
「講義があれば大学に行くでしょうし、バイトがあれば不在の可能性もありますけどね」
この三人よりも先輩の方が忙しそうにしているのだが、どうしても先輩のイメージは自堕落な生活をしているという先入観が邪魔をし、外出していないだろうという考えが先に出てきてしまう。
「あっヒッキー」
「ほんとだ」
少し先に先輩の姿を見つけ、まず結衣先輩が駆け出す。それを追いかけるように折本さんが向かい、私も速足程度だが速度を速め追いかけた。
「由比ヶ浜に折本、それに一色か」
「どうして私が一番最後なんですか?」
「近づいてきた順番だ。他意はない」
少し考えれば分かることだが、そんなことでも気にしてしまうくらい、私は先輩の中の順位が気になっているようだ。
「それで、わざわざ駆け寄ってきて何の用だ」
「ヒッキーの部屋に遊びに行こうって話になってね」
「俺抜きで話を進めないでくれませんかね?」
「まぁまぁいいじゃんそれくらい。同級生が遊びに来たくらいに思ってくれればいいし」
「そんな経験ねぇよ」
先輩に友達がいないのは昔からなので、先輩にそういう経験がないことは分かる。だが折本さんは決まづそうに視線を逸らした。
「別にお前が気に病む必要はねぇよ。自分で言い出したんだからな」
「いや、でもさ」
「それと悪いが、俺はこの後予定があるから部屋には戻らない」
「そうなの?」
「あぁ」
「それじゃあいろはちゃんの部屋でお茶しようか」
「ですね」
先輩と別れ、三人で私の部屋へと向かう。元々の目的地は隣なので、大した変更ではないのだが、気持ち的にはだいぶ違うだろう。
「比企谷の予定って何だったんだろうね?」
「家庭教師か、他のバイトかじゃないですかね?」
「比企谷が家庭教師とかウケル。あの不愛想に教えられる気持ちってどんなんだろうね」
「でも先輩って成績良いんですよね?」
「まぁ、あの大学に通ってるくらいだしね」
私たちが通っている大学よりはるかにレベルが高い。私は少し無理すれば通えないわけではなかったが、結衣先輩や折本さんは少し厳しいくらいのレベルだ。先輩の成績の良さは私よりこの二人の方が私より良く分かっているのだろう。
「でも小町ちゃんはヒッキーに勉強教えてもらってないんだよね?」
「先輩の両親の中では、先輩は高校時代のままですからね」
「いろはちゃん、詳しいね」
「この間小町さんに会った時に聞いたんですよ。折本さんも一応会いましたよね?」
「私はほら、中学時代の事で妹さんから睨まれただけだから」
小町さんは先輩に対してぼろっかすに言っている印象が強いが、実はブラコン気質なのだろう。中学時代の事を知っていれば折本さんに友好的じゃなかったのも頷ける。
「小町ちゃんがあそこまで敵意を向けるのは珍しいよね」
「私も反省してるんだけどな」
「まぁ、もともと捻くれていた先輩の性格に拍車をかけたのは事実ですし、小町さんが折本さんを快く思わないのも仕方ないのかもしれませんけどね」
今は反省しているし、ひょっとすると折本さんも先輩のことを憎からず思っているのかもしれないが、先輩の方は完全になさそうだ。そりゃ勘違いで告白して、それを面白おかしく周りに広めた相手――実際に広めたのは折本さんが話した友達だが――と今更付き合いたいとは思わないだろう。
「てか、比企谷の妹って結局どこの大学受けるんだろうね?」
「まぁ、合格したら先輩に連絡が行くんじゃないですかね?」
「どうだろう? ヒッキー小町ちゃんと疎遠になってるっぽいし」
「結衣先輩、疎遠って言葉知ってたんですね」
「それくらい知ってるし! いろはちゃん、私のこと馬鹿にしすぎ!」
「ごめんなさーい」
結衣先輩をからかって誤魔化したが、小町さんがこの周辺の大学に通うことになったら気まずくなるので、それだけはやめてほしいと心から祈ったのだった。
実際一位は戸塚だろうな