やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
2月14日、先輩の部屋に結衣先輩が来ている。私が先輩の部屋を訪れる前に結衣先輩が先に突撃しているようだ。
『ヒッキー、これ受け取ってください』
『あ、ありがとう』
『それで、ヒッキー……私と付き合ってください!』
結衣先輩が先輩に告白しているのが聞こえる。先輩のことだからそれを断って――
『いいぞ』
「えっ!?」
――まさか先輩が結衣先輩の告白を受けるなんて……
「はっ!? ……今のは、夢?」
携帯のカレンダーを確認すると、今日は2月13日。バレンタインは明日だ。
「先輩が結衣先輩の告白を受けるなんてありえないと思ってたけど、結衣先輩は私から見て可愛らしい女性だしな」
先輩が結衣先輩のことを恋愛対象として見たことがないという言葉が嘘ではないとしても、改めて向き合って恋愛対象として思えると心境が変化しているかもしれない。そうなった場合、私では太刀打ちできないだろう。
「だって、結衣先輩は私以上に先輩のことが好きだから……」
私もそれなりに告白されているが、結衣先輩はそれ以上に告白されている。私が目撃しただけではないだろうから、それはもうかなりの男子が撃沈していることになる。
何故結衣先輩が告白を受け入れないかなど、考えるまでもなく分かる。私だけではなく、折本さんだって分かるだろう。その気持ちを知っているからと言って、先輩を譲れるわけがない。
「だって、私の気持ちは『本物』だから……」
葉山先輩に抱いていた気持ちとは別の、本気で好きになった異性。それが先輩だ。想っている期間は結衣先輩の方が長いかもしれないが、どれだけ先輩のことを想っているかは同じか私の方が強いと思っている。
「あんな夢を見るくらいなんだから、先輩を盗られたくないっていい加減認めちゃえばいいのに」
私の中のもう一人の私が話しかけてくる。そんなことは言われるまでもなく分かっているのだが、いざ告白しようにも経験値がないのでヘタレてしまう。
「告白されたことは数えきれないくらいあるけど、告白したことって実は一回しかないんだよな……」
しかもその告白は自分自身の中で踏ん切りをつけるためのもの。フラれたショックで泣きはしたけど、成功するとは最初から思っていなかったものだ。
だが先輩に対する告白はあの時のものとはわけが違う。もし断られたらどうしよう、失敗して先輩と今までの関係も続けられなくなったら、私はどうなってしまうか分からない。そう考えるとどうしても踏ん切りがつかないのだ。
「明日、このチョコを渡して自分の気持ちを伝える……」
それができれば苦労しないのだが、何時までもうじうじしていたら先輩を他の女性に盗られてしまうかもしれない。それくらい今の先輩は魅力的だし、将来性も高い。別にステータスで選ぶ人ばかりではないだろうが、そういった面でもあの人は人気がある。
「相手をステータスとしか見てなかった私がそんなことを思うなんてね……」
そんなことを考えながら、自分の作ったチョコを見る。私にしてみたらかなり本気で作ったチョコだ。はっきり言って、最高傑作だろう。
「逆に重いとか思われないよね……」
どうしても思考がネガティブな方向へと進んでしまう。こういう時は何か気分転換でも――
「おっ?」
――そんなことを考えていたタイミングで、結衣先輩からメッセージが着た。内容は、今から会えないかということだ。
「それじゃあ、決戦前日にライバルにと語り合うとしますか」
結衣先輩も間違いなく先輩にチョコは渡すだろうし、もしかしたら気持ちを伝えるかもしれない。少しでも結衣先輩の心境を知られれば、もしかしたら私も少しは気が楽になるかもしれないしね。
私の体質を知っているので、結衣先輩は外ではなく私の部屋にやってきてくれた。折本さんも一緒に。
「お邪魔します」
「いらっしゃいです」
二人を招き入れて、私は二人にお茶を用意する。先輩のように文句を言いながらではなく、あくまでも歓迎ムードで。
「いきなりゴメンね」
「いえいえ。私も暇を持て余していましたので」
「何それウケルー」
今は折本さんの軽いノリがありがたいかもしれない。私と結衣先輩の二人きりだったら、おそらく会話もままならなかっただろうし。
「それで、わざわざどうしたんですかー?」
「結衣ちゃんがいろはちゃんに確認したいことがあるって言ってさー。一人じゃ行く勇気がないから付き合ってって言われたんだよね」
「カオリン!」
「私に確認したいこと、ですか?」
今更何を確認するというのか、とは考えなかった。このタイミングで結衣先輩が私に確認したいことなんて一つしかない。だって、私が結衣先輩に聞きたかったことと同じだろうから。
「いろはちゃんはさ、ヒッキーに告白するの?」
ほらやっぱり。今日という日を踏まえ、恋する乙女がライバルに確認したいことなど一つしかないじゃないか。
「一応はしようかなとは考えていますけど、ダメだった時を考えるとイマイチ踏ん切りがつかない、というのが素直な気持ちですね。ほら、先輩って誰かと付き合うイメージができないというか」
「分かるよ。私もてっきりゆきのんと付き合うと思ってたから、その告白を断ったって聞いて怖くなっちゃったから」
「比企谷ってモテるよね。どうして過去の私は比企谷の本質を見てあげられなかったんだろう」
折本さんの懺悔の言葉が、私たちにのしかかる。先輩の女性不信の一端である折本さんがこの場にいるのは、本来であればおかしいことだが、彼女もまた先輩に特別な気持ちを抱いている一人だ。もし折本さんが先輩に告白するとしても、私たちに止める権利はない。
「まぁ、私は今更比企谷と付き合おうなんて思わないけど。思えないけど……」
「カオリン……」
「結衣ちゃんにしろいろはちゃんにしろ、比企谷のことを真剣に考えてあげられる子がいるんだもん。比企谷は幸せ者だよ。中学時代私と付き合わなくてほんとに良かった」
折本さんのセリフは、何処か自分に言い聞かせている雰囲気がある。あえて言葉にすることで自分に言い聞かせているとしか思えない。
「だからさ、結衣ちゃんもいろはちゃんも、思い切って告白してきなよ。フラれる痛みを知ってるあいつなら、それほど酷いことはしないだろうし」
「カオリンはそれでいいの?」
「どういう意味?」
「えっ、カオリンもヒッキーのことが――」
「違うよ」
結衣先輩の言葉を遮った折本さんの声音が、何時にもなく真剣だ。慌てて否定するでもなく、いつもみたいに軽いノリでもなく、真剣そのもの。
「私の想いは二人のとは違う。そもそも、フッた私が比企谷にそんな想いを抱くわけないじゃん。それにさ。結衣ちゃんやいろはちゃんみたいに可愛くないからさ、私は。だからさ、どっちが比企谷の彼女になったとしても、私は祝福するよ」
「カオリン……」
「折本さん……」
今にも泣きそうな顔をしている折本さんに、私も結衣先輩も何を言えなかった。言うべきではなかった。自分の中の気持ちに嘘を吐いてまで私たち二人を応援すると言う彼女に、安っぽい言葉をかけるべきではないと思ったから。
「ていうかさ、比企谷だって今更私にコクられても困ると思うんだよね。あいつのことだから周囲に中学時代の同級生が隠れてるんじゃないかとか、そんなこと思いそうだし」
「カオリン、もういいよ。それ以上自分を傷つけなくても」
「別に傷ついてなんて――」
「じゃあどうして泣いてるんですか?」
私の言葉に折本さんが自分の頬に手を当て驚く。そこには一筋の涙が流れていたから。
「気づくのが遅かったかもね。二人が本気で告白するってなる前なら、もしかしたら私も考えたかもしれなかったよ。私は無理だけど、二人は逃げちゃダメだからね」
折本さんの言葉で、私と結衣先輩は逃げることができなくなった。元から逃げるつもりなどなかったが、これで退路が断たれたのだ。
「結衣先輩、明日は頑張りましょう」
「だね。カオリンの分まで」
結衣先輩と力強く頷きあい、ひたすら折本さんを慰めることでバレンタイン前日は過ぎて行ったのだった。
友人関係としては良い感じですが