やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
買ったものは先輩と戸塚先輩が持ってくれているので、私と結衣先輩は手ぶらのまま先輩の部屋までの道を進む――私の部屋までの道でもあるのだが、結衣先輩はそのことを知らないので。
「そういえば私、ヒッキーの家に行くの初めてだよね」
「そうだったっけ? まぁ、外で遊ぶようなこともなかったし。というか、高校の頃サブレを預かったんだが、その時迎えに来たのって由比ヶ浜じゃなかったか?」
「あれは遊びに行く感じじゃなかったし」
「別に今だって遊びに来てるわけじゃないような気も」
「僕は八幡の部屋に遊びに行くつもりだったんだけど、違うの?」
「いや。友達と自分の部屋で遊ぶのは楽しいよな」
相変わらず戸塚先輩に全乗っかりな先輩……心の底から友達だと言い切れる相手だからなのかもしれないけど、こうも戸塚先輩中心の考え方をしていると、漫研の方々ではないが、本当にそっちの趣味なんじゃないかと思ってしまう。
「ここ?」
「あぁ、二階だ」
マンションに到着してまず最初に先輩が中に入る。その後から戸塚先輩、結衣先輩、私の順番で階段を上がっていく。
「彩ちゃんはヒッキーの部屋にしょっちゅう遊びに来てるの?」
「八幡の時間がある時は、結構遊びに来てるかな。場所を借りてるんだから、僕たちの誰かが作るべきなのかもしれないけど、八幡には敵わないから」
「ヒッキー、そんなに料理得意だったっけ?」
「慣れただけだって、さっき言いましたよね? 一時間も経ってないのにもう忘れちゃったんですか?」
「か、確認しただけだし!」
少し残念な人だと思われている結衣先輩だが、先輩に見つめられて少し嬉しそうな表情を浮かべている。もしかしたらマゾなのかも? と思ったけども、私も先輩に見つめられたらあんな表情をしてしまうかもしれない……それだけ先輩のことが好きなのだ。
「お邪魔しまーす! って、本当に綺麗にしてるんだね。もしかしたら私の部屋よりキレイかも」
「結衣先輩……」
「べ、別に散らかってるわけじゃないからね!? ただちょっと、片付けが追いつかないだけで」
「それを散らかってるって言うんじゃないですか?」
とりあえず、結衣先輩の部屋に遊びに行くのは止めようと思わされる発言だったが、先輩は特に気にした様子もなく食材を戸塚先輩から受け取り、特に誰かに手伝わせようともせずキッチンへと向かっていってしまう。
「それじゃあ、僕たちは食器の準備や飲み物の用意をしておこうか」
「そうだね! って、私たちヒッキーの部屋の何処に何の食器があるのか知らないんだけど」
「あっ……それじゃあ僕が用意しておくから、由比ヶ浜さんと一色さんは座って待っててよ」
女子の私ですら見惚れてしまうような可愛らしい笑顔でそう告げて、戸塚先輩もキッチンの方へと行ってしまう。
「彩ちゃん、大学生になってさらに可愛くなったと思わない?」
「女としての自信が無くなりそうですよね、あの二人を見てると……」
戸塚先輩には見た目の可愛らしさや仕草の部分で。先輩には料理の手際の良さで。二人とも女子である私や結衣先輩より遥かに優れているから。
「いろはちゃんは一人暮らしで料理とかする?」
「一応しようとは思っているんですけど、先輩のようにはできないだろうなって思い始めてます」
「だよね。私も引っ越してくる前はやるって思っていたんだけど、ママや周りの友達から止められちゃってさ。酷くない?」
「いやー……どうなんでしょう」
周りの人たちは結衣先輩の家事レベルを知っているから、一人暮らしを始めてそうそうにその部屋で生活できなくなってしまうのを恐れたんだと私は思う。というか、結衣先輩ってどうして反省して止めようとか思わないのだろうか……
「そうそう、いろはちゃんはサークルとか入る?」
「どうしようか悩んでるんですよねー。バイトとかしなきゃいけないって思ってますし、先輩のように時間がある時だけ顔を出すような感じで良いならって思ってるんですけど」
「バイトって何するの?」
「まだ決めてませんけど、接客とかなら出来るかなーって思ってます。実際千葉でもしてましたし」
伊達に生徒会長を二期務めてきたわけではないので、自分を取り繕うのには慣れている。特に一年生の時は交流する相手は上級生だったので、こちらが下手に出なければいけない場面が多かったのだ――玉縄さんの時は、危うく本心が出かかってしまったけども、先輩が上手いことフォローしてくれたので何とかなった。
「いろはちゃん、コンビニのレジとか良いんじゃない? 可愛いからすぐ人気になりそう」
「別にああいう場所って人気とか関係ないんじゃないんですか? 不特定多数に人気になったとしても、あんまり嬉しくないですし」
ただ一人の相手に好かれなければ、どれだけ人気だろうと意味がない。そのことはもちろん、口にすることはないが。この間の会話から、結衣先輩もまだ先輩のことを好いていることは知っているので、私も先輩のことが好きだと知られれば、何となくこの先付き合いにくいと思ったからだ。
そんな風に結衣先輩とお喋りしていると、キッチンの方から先輩と戸塚先輩の楽しそうな雰囲気が伝わってきて、私は無意識にキッチンの方を睨んでいた。
「いろはちゃん? 何で睨んでるの?」
「えっ? あっ、何でもないです。ちょっと目が疲れちゃったみたいで、ただ細めてただけです」
「そうなの? なんだかヒッキーと彩ちゃんのことを睨みつけてるような感じだったんだけど」
「やだなー。そんなことするわけないじゃないですか」
「そうだよね」
何とか誤魔化しきることに成功した私は、結衣先輩には見えない角度でホッと息を吐いた。まさか無意識のうちに戸塚先輩を羨んで睨んでいたなど、言えるはずがない。
「出来たぞ」
「うわぁ、美味しそー。ヒッキー、本当に料理上手なんだねー」
「感想は食べてからにしてくれません? 見た目だけ美味しそうで味はそうでもないとか思われたくないんで」
「大丈夫だよ、八幡。八幡の料理が美味しいのは知ってるから」
確かに先輩の料理は美味しかった。引っ越してきた当日、偶々再会して先輩の料理をいただいた時、少なくないダメージを負った私が言えば先輩も納得してくれるだろうが、それを言ってしまうと結衣先輩に私の部屋が隣だと知られてしまう。できればもう少し黙っておきたい。
「彩ちゃんはこの辺に住んでるの?」
「そうだよ。五分くらい歩いたところだから、結構八幡にお世話になってるんだ。そのお返しって程じゃないけど、片付けとかは僕たちがやってるから、食器の位置とかは自然と覚えたんだ」
「戸塚なら二十四時間三百六十五日何時でもウェルカムだ」
「そう言ってもらえてうれしいよ。でも八幡にばかり頼っていると八幡が大変だろうから、毎日ってわけじゃないけどね」
「厨二さんや玉縄君も一緒に来てるんでしょ? あの二人も近いの?」
「材木座君はここから一駅向こうだけど、玉縄君は完全に逆方向なんだけどね。でも結構な確率で僕たちが八幡の部屋に来る時一緒に来てるよ」
「アイツ英文学科に友達いないんじゃないの? まぁ、一人もいない俺が言えることじゃないが」
「法学部の人って仲良くならないの?」
結衣先輩の何気ない質問に、先輩が顔を顰める。隣では戸塚先輩も引きつった笑みを浮かべているし、私も内心「その質問はないだろう」と思っている。
「仲良くしてるヤツはいるが、単純に俺にそういったスキルが備わっていないってだけの話だ。というか、戸塚と材木座、あとは玉縄くらいしか知り合いいないし」
「テニスサークルの人とは挨拶したりしてるじゃん」
「向こうから話しかけてくれば話すが、俺から話しかけることはないぞ。というか、そんなことする勇気がない」
「先輩って変なところでヘタレですよね。あれだけ物怖じせずにズバズバと言って嫌われ者になる勇気はあるのに」
「人の古傷抉るの止めてくれない? もうあんなことやってねぇから」
私が言ったのは、先輩が二年次の文化祭実行員で取った解決方法なのだが、どうやら先輩にはちゃんと伝わったようだ。自己犠牲と言えば聞こえがいいかもしれないが、先輩はそんなつもりではなく、他に解決方法が思い付かなかっただけだと言い張っている。時間があれば他の解決方法もあっただろうが、あの時は一刻を争う事態だったから仕方ないのだろうが、その所為で一時期先輩に対する悪い噂が流れたのだ。
「先輩は女子を泣かせて悦に浸る変態さんですもんねー」
「そんな趣味ねぇよ! というか、俺が泣きたいくらいだったんだが」
「先輩が泣いても誰も同情しませんよ? まぁ、私はお情けで同情してあげたかもしれませんけど」
「はいはい、ありがとうございます」
気のない返事をしながら料理を食べる先輩。私も先輩につられるようにして一口食べ、やっぱりレベルの高さに打ちひしがれるのだった。
空き時間ってどうすれば良いのか悩んでしまうんですよね……