やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
折本さんの心の裡がどうあれ、先輩は私の彼氏だ。そのことを主張するわけではないが、私は先輩の隣に座り腕を組む。
「なんだよ」
「別にいいじゃないですか、彼女なんですから」
少しうっとうしそうにしながらも力尽くで振り払わないのがこの人のやさしさ。私と先輩のやり取りを見て、結衣先輩と折本さんは少し羨ましそうな目をしていたが、この場所を変わってあげるつもりなどない。
「まさかいろはちゃんが比企谷を選ぶとはね。君ならもっと選び放題だと思うんだけど」
「しれっと人をディスってんじゃねぇよ」
「そうだよ。八幡は結構人気だし、一色さんも油断していたら誰かに盗られちゃうかもしれないから気を付けなね」
「は、はい……」
戸塚先輩の目が笑っていなかったので、若干引きつった声で返事をしてしまったが、戸塚先輩は気にした様子もなくいつもの笑顔を向けてくれた。だが一方で玉縄さんにはキツイ視線を向けたままだ。
「てかいろは、離れろ」
「いいじゃないですかー」
「これから料理作るんだから、くっつかれてると邪魔だ」
「はーい……」
はっきりと邪魔と言われてしまったので、私は渋々絡めていた腕を解く。ついさっきまであった先輩の温もりが無くなってしまい少し寂しいが、包丁を使うのにくっついたままでは危ないから仕方がないか……
先輩がキッチンへ向かったタイミングで、折本さんと結衣先輩が私の両隣へ移動する。これは何か聞かれるんだろうな……
「ヒッキーとデートしたの?」
「いろいろと忙しくて……外でのデートはないですね。私が先輩の部屋に遊びに来てゴロゴロしてるだけとか」
「何それうけるー。てか一色ちゃん、比企谷の部屋でゴロゴロして楽しいの?」
「意外と楽しいですよ? いろいろな先輩の表情が見れたりしますし、先輩の機嫌が良ければ頭撫でてくれたりご飯作ってくれたりしてくれますし。もちろん、忙しいときは私が作ったりもしますけど」
「恋人同士というより夫婦みたいな光景だね~。いいな、いろはちゃん……」
羨ましそうな表情をされても、結衣先輩に先輩を渡すわけにはいかない。結衣先輩の魅力を以てすればあるいは先輩が靡いてしまうかもしれないから。
「それにしても八幡に彼女か……なんともうらやまけしからんな」
「材木座君だって、同じサークルの女の子と仲いいんでしょ? 八幡だけ責めるのは違うと思うよ?」
「あ、あれはあくまでも同じ趣味だからであって、八幡と一色殿のような関係ではない」
「でもこの間一緒に出掛けたんだよね? しかも二人きりだったって聞いたけど」
「なんだそれ! 僕は聞いてないぞ」
材木座先輩にも春の予感があるとしり焦る玉縄さん。まぁ一番縁遠いと思っていた人にそういった予感があると知れば仕方がないだろう。だけど見ていてみっともないと思ってしまうのは、焦り方が尋常ではなかったからだ。
「そういう戸塚殿こそ、いろいろな女子からお誘いがあると聞いたことがあるぞ」
「僕の場合は一緒にカフェに行って写真撮ろうとか、ケーキバイキングに行こうとかそういうのだから。しかも女子がいっぱいの中に男は僕一人だけ」
「(実質的にはハーレムなんだろうけど、絵的には女子会にしか見えないだろうし)」
戸塚先輩を誘っている人も、中には戸塚先輩と仲良くなりたいと思っている人もいるだろうけど、大半が女子会に誘ってる感じなんだろう。だって、下手をしたら女子よりも可愛らしいからな、この人は……
「一色さん。何か失礼なことを考えていない?」
「そ、そんなことないですよ」
玉縄さんに向けていた鋭い視線がこちらに向いたので、私は慌てて誤魔化す。この人、見た目に反してかなり鋭い人だから気を付けなければと思っていたのに……
「ところでいろはちゃん、今度小町ちゃんと一緒に遊びに行こうって話があるんだけど、一緒に行かない?」
「えっ、小町さんとですか?」
「うん。後輩になるんだし、カオリンも一緒にどう?」
「あー、私は遠慮しておこうかな。なんだかすごく睨まれてたから」
折本さんは中学時代の事で小町さんに敵愾心を向けられてるからなぁ……
「とりあえず私は小町さんと会いたいので一緒に行きますね」
「義妹と仲良さそうだね」
「義妹って気が早いですよ。まだ付き合ってそんなに経ってないですから」
義妹どころか先輩と付き合ってさほどそれらしいことしたことないし……もう少し恋人っぽいことしたいと思っているんだけど、これ以上踏み込んだら拒絶されそうだし……
「そういえば比企谷はいろはちゃんと一緒の時はどんな風なんだい?」
「いつも通りですよ? ひねくれてるけど、最終的には私の望みを叶えてくれますし」
「八幡は優しいからね」
戸塚先輩には優しいけど、玉縄さんには厳しいようで、私の言葉に戸塚先輩だけは共感してくれたが、玉縄さんと材木座先輩は首をかしげている。
「お前ら、俺だけに準備させておいて俺の話で盛り上がってるんじゃない」
「運ぶの手伝いますよ」
先輩の準備が終わったので、私はそそくさと先輩の側に駆け寄って手伝う。
「だってせっかく付き合いだしたんだし、いろいろと聞きたいじゃない?」
「私の目の前で付き合いだしたカップルだし、いろいろと気になっちゃうんだし」
「気にするな。というか、付き合ってると言ってもそれほど時間が経ってないんだから、聞かせることなんてあるわけないだろ」
「ということは、比企谷はまだ俺たちと同じということだな?」
何が同じなのかは分からないが、深く聞かない方がいいことなんだろうと思い誰もがスルーした。この人は何を焦っているのか分からないけど、見た目はそこまで悪くなと思うんだけどな……
「それじゃあ、いただきます」
「相変わらずヒッキーの作ったご飯は美味しそうだよね」
折本さんと結衣先輩がさっさと食べ始めたので、私たちもそれに続く。先輩と二人きりのご飯も好きだけど、こうしてみんなで食べるのもたまには悪くないかもしれない。
日付が変わる前に解散になったので、私は片づけを手伝いながら先輩の部屋でまったりしている。
「ねぇねぇ先輩」
「なんだ」
「結局みんなの前で名前を呼んでくれたの少しだけで、殆ど『こいつ』とかだったじゃないですか」
「まだ慣れないんだから仕方ないだろ」
本当は慣れているのに、茶化されるのが嫌なだけだったんだろうなと思いつつ、それを指摘するとまた不貞腐れちゃいそうだったので、私は頬を膨らませるだけで済ませた。
「次集まる時はちゃんと私のことを名前で呼んでくださいよ? そうじゃないと、戸塚先輩に泣きつきますからね」
「それは卑怯だろ……分かった、ちゃんと呼ぶようにはするから」
「てか、小町さんの前では呼べてたんですから、折本さんたちの前でも呼べそうですけどね」
「気持ちの整理とか、いろいろあるんだよ、俺にも」
先輩の気持ちの整理という言葉が気になるけど、ここで興味を示したところで上手くはぐらかされてしまうだけだと理解している。なのであえて興味なさげにして洗い終わったお皿を受け取ってタオルで拭く。
「これで最後ですね」
「戸塚は兎も角、他の連中は俺が片づけをやると決めつけて帰りやがって……」
「まぁまぁ、可愛い彼女がこうやって手伝ってあげてるんですから。文句言わないでくださいよ」
「……そうだな。いろはは可愛い彼女だな」
「っ!? い、今のもう一回言ってください!」
「さて、風呂入って寝るか」
「聞こえてないフリしないでくださいよ!」
不意打ち過ぎたのでもう一度聞きたかったのだが、先輩は私のことは一切相手にせずにお風呂の準備をしに行ってしまう。
「先輩に可愛いって言ってもらえた……冗談じゃなくて、結構本気な感じで」
何度か冗談めいた感じでは言ってもらったことがあったけど、あんな真面目に言われたのは初めてだ。今度はちゃんと嚙み締められるタイミングで言ってもらいたいな。
順調に恋人っぽくなってるのか?