やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
今日は結衣先輩と小町さんと三人でお出かけの日。本当なら先輩も連れて行きたかったのだが、都合がつかないということで諦めて三人で出かけることにしたのだ。
「結衣さ~ん!」
「小町ちゃん」
相変わらずこの二人は仲が良いみたいで、兄の彼女である私ではなく結衣先輩に先に声をかける。まぁ、付き合いの長さで言えば結衣先輩の方が長いんですし、仕方ないのかもしれないけど……
「そして、こんにちは、お義姉ちゃん」
「こ、こんにちは」
「いろはちゃん、そんな風に呼ばれてるんだ~」
「(呼ばれてないっての!)」
急に義姉扱いされ戸惑う私を、小町さんは楽しそうに見ている。おそらくだが、兄を盗られた腹いせでもしているのでしょう。
「さて、冗談はこれくらいにして、今日は結衣さんといろは先輩の二人なんですね。てっきり折本さんとかお兄ちゃんとかがいると思ってたんですけど」
「カオリンは小町ちゃんに苦手意識があるらしくてね」
「先輩は都合がつかないといって断ってきました」
「あーなるほど。折本さんとは初対面の時にちょっと鋭い視線を向けすぎちゃったようですね」
小町さんも自覚していたようで、折本さんに避けられている理由をしっかり理解していた。
「お兄ちゃんの方の都合というのは気になりますね……いろは先輩、何か聞いてないんですか?」
「たぶんバイトだと思いますよ。先輩、結構掛け持ちしてますし」
前回担当していた中学生の成績をかなり伸ばしたということで、先輩は家庭教師の方でも人気が高いらしく、何回か担当してほしいという連絡を受けている場面に遭遇した。おそらく今日もそれ関係で登録先から呼ばれたんじゃないだろうかと思っている。
「あのゴミいちゃんが立派に働いてるなんて……当時の小町に言っても信じないだろうな~。いやむしろお兄ちゃんも信じないまである」
「その言い回しヒッキーぽいね」
「そうですか? まぁ、長年兄と一緒にいたので似ていても仕方ないかと」
口では嫌そうな感じを出している小町さんですが、表情は誤魔化せていない様子。先輩と似ていると言われてなんだか嬉しそうです。
「とりあえずお店に入ろうか。何時までも立ち話もアレだし」
「そうですね。大学のこととか、いろいろと聞きたいですし。それに、いろは先輩が兄と何処まで進んでいるのかも知りたいですから」
「な、何にもありませんからね」
よくよく考えたらキスすらしていないのだ。進んだと言えるのは、先輩が私のことを名前で呼んでくれるようになったくらいで、後は先輩後輩の関係と変わっていない。
「(……あれ? 私、その程度で満足しちゃってたってこと?)」
「いろは先輩?」
「どうしたのいろはちゃん。急に立ち止まって」
「い、いえ……何でもないです」
改めて考えると、私って先輩に対して臆病になっているんじゃないだろうか。これ以上踏み込んで拒絶されたら嫌だとか、先輩に嫌われたら困るとかいろいろと理由を探して逃げているんじゃないだろうか。
そんな考えが浮かんできてからというもの、私は結衣先輩や小町さんとの会話をろくに楽しめなくなってしまった。
「いろはちゃん、本当にどうしたの?」
「具合でも悪くなっちゃったんですか?」
「だ、大丈夫です……」
そんな感じだから二人にも心配されてしまう始末……これは帰ったら先輩に相談して少しくらいは進展しなきゃですね。
とりあえず持ち直して二人との会話を楽しんだのち、私は先輩の部屋に突撃することに。先輩が不在だったら合鍵で入ろうと思っていたが、先輩は部屋の中にいた。
「先輩、ただいまでーす」
「いや、いろはの部屋は隣だろうが」
「もう殆ど同棲してるのと同義なんですし、今更そこは気にしなくていいと思いますけどね」
「いや、気にしろよ」
変なところで真面目な人なので、こういうことを指摘してくる。まぁ、私も指摘されると分かっていて言っているのだからあまり変わらないかもしれないが。
「それで、今日は小町や由比ヶ浜と出かけてたんじゃないのか?」
「そうですよ。そこで気になることが出てきたからこうして先輩の部屋に来たんです」
「気になること?」
「はい。小町さんに言われて気づいたんですけども」
「小町に? あいつ、何を言ったんだ?」
先輩も気になったようで、私の話をちゃんと聞く姿勢になる。別に今までがだらしない姿勢というわけではなかったのだが、よりしっかりした感じだ。
「いえ、そこまで大それたことを言われたわけじゃないですよ」
「そうなのか?」
「はい。私と先輩が何処まで進んだのかと聞かれただけです」
私がはっきりとそう言うと、先輩はすぐには理解できなかったのか数秒固まってから呆れたような顔を見せた。
「はぁ? そんなの余計なお世話だろうが」
「小町さんとしては、高校時代の先輩に戻らないか心配しているようでした」
「戻らねぇよ……」
先輩が高校時代にしていたことを考えれば、もし戻ったらどうしようと心配する気持ちも分かる。だがさすがにもうあんなことはしないと先輩も心に誓っているのだ。心配するだけ無駄なのでしょうが、小町さんは今の先輩の心情を近くで感じていないからなぁ……不安になるのも仕方がないのだろうな。
「それで私思っちゃったんですよね」
「何を?」
「先輩、私のことを名前で呼ぶ以外以前の関係と全く進展してないんですよ」
「そうか? いろはが気軽に人の部屋に泊まったり、人に洗濯させたりと、以前とは違うとは思うんだが」
「そういうのは兎も角!」
改めて指摘されると恥ずかしいので、私は語気を強めて先輩の口を塞ぐ。これ以上恥ずかしいことを聞かされるのが嫌だったのと同時に、先輩の中にはそういうことをしたいという気持ちがないのかと、ちょっと残念だと思ってしまったのが恥ずかしかったので。
「恋人らしいと言えば、もっとこうあるじゃないですか」
「……お前は何が言いたいんだよ」
「だから、その……き、キスとか……」
うわぁ……付き合いだしたばかりの中学生でもここまで初々しくないだろうな……
そんな現実逃避みたいなことを考えている私を見て、先輩も少し思うところがあったのだろう。視線を逸らして何かを考えている。
「言われてみればしたことなかったな」
「えぇ……気づいてなかったんですか?」
「いや、とっくにしたもんだと思ってたわ」
「それってどういう意味ですか! 先輩は私以外とキスしたことがあるってことですか?」
「いや、お前がしょっちゅう人が食べているものを横から盗るから、しょっちゅう間接キスはしてるだろ? だからてっきり普通のキスもしたものだと思ってたんだ」
「あっ……」
先輩に指摘され、私は今更ながら自分の行動が恥ずかしく思えてきた。確かに先輩が食べているものを横から貰うことはしょっちゅうだし、その時は先輩が使っているお箸やスプーンから貰っているので確かに間接キスはしょっちゅうしていることになる。てか、真顔で言われるとこっちが恥ずかしいんだけどな……
「つまりいろはは、未だにキスしてもらってないことに気づいて、小町たちとのお出かけが楽しめなかったと言いたいんだな?」
「むぅ……そうやって声に出して指摘する先輩は嫌いです」
「悪かった」
私の頭を撫でながら謝罪する先輩。なんだか妹扱いされているようですが、これはこれで悪くありません。
「それで、いろははしたいのか?」
「何をですか?」
「だから、キス」
「っ! ……で、出来ればしてみたいです」
もうすぐ二十歳になるのだが、キスをしたことなんて一度もない。改めて聞かれると恥ずかしくて逃げ出したくなるが、せっかく先輩がその気になってくれているのだから、ここで逃げたらダメだろう。
「分かった」
こういう時やっぱり先輩の方が年上なんだなと思い知らされる。私は緊張でいっぱいいっぱいなのに、先輩は落ち着いている。こういう経験があるわけではないんだろうけども、私の緊張を感じ取って精一杯リードしてくれているんだろう。
「(あっ、先輩の唇ってあったかいんだ……)」
先輩からキスされている時、私はそんなことを考えていたなど、先輩には言えるわけがない。
八幡が男らしいなぁ