やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩に買い物を任せてしまったため、私は先輩の部屋で小町さんと二人きりということに。自分の部屋に戻ればいいだけなのだが、それはなんだか負けな気がして部屋に戻ることができない。
「お兄ちゃんの部屋とは思えないくらい綺麗に整頓されてますよね。いろは先輩が掃除してるんですか?」
「先輩が自分でしてるんですよ」
「まぁそうでしょうね。お兄ちゃんが人に掃除させるとは思えませんし」
小町さんは最初から分かっていたようで、ニヤニヤしながら追及してくることはなかった。この子のことだからからかってくると思っていたんだけど、これは意外だった。
「ところで」
「なんですか?」
「いろは先輩はどうしてお兄ちゃんの部屋に入ってきたんですか? いろは先輩の部屋は隣ですよね?」
「か、彼女として先輩の帰りを待とうと思っただけです」
い、言えない……妹に嫉妬してここに居座っているなんて正直に言えば、絶対にからかわれる。
「いろは先輩がお兄ちゃんに対して本気なのは疑っていないですけど、私に対してまで嫉妬する必要はないと思うんですよね。私は兄のことは好きですけど、そういう対象ではないですから」
「分かってますよ。昔から兄妹仲は良いですからね、先輩と小町さんは」
先輩は間違いなくシスコンだろうし、小町さんもなんだかんだでブラコンだと思う。お互いにからかったりすることはあっても、他の人がからかおうとしたら本気で怒ったりするくらいだし。
「それで、いろは先輩は二人きりの時お兄ちゃんのことをなんて呼んでるんですか?」
「っ!」
ここでニヤニヤしながら質問され、私は飲もうとしていたお茶を吹きだしそうになり、慌てて飲み込んで咽る。
「な、なんですかいきなり!?」
「いやー、いろは先輩ってお兄ちゃんのことを『先輩』としか呼んでないから、二人きりの時は特別な呼び方でもしてるのかなーって思ったんですけど、その反応は何かあるんですか?」
「何もないですよ! てか、未だに名前で呼んだことがないかもしれないです……」
冗談で何度か呼んだことあったかもしれないけど、二人きりだからと言って特別な呼び方をしたことなどない。先輩には名前呼びを強要しておいて、自分は未だに呼び方を変えることができていないなんて……
「いろは先輩は、お兄ちゃんのことをなんて呼びたいんですか?」
「べ、別に何か呼びたい呼称があるわけじゃないですけど、せっかく付き合ってるわけですし、名前で呼んでみたいとは思ってます」
「じゃあ呼べばいいじゃないですか。それほど難しいことじゃないと思いますけど」
「長年『先輩』としか呼んでなかったから、今更名前で呼ぶのも変なんじゃないかって思っちゃうんですよね」
途中からは意地になって「先輩」としか呼ばなかったのだが、今更になってそれがあだとなるとは……こんなことになるならせめて苗字呼びくらしにしておけばよかった。
「なるほど、いろは先輩はもっとお兄ちゃんに甘えたいと」
「そ、そんなこと言ってないじゃないですか!」
「いやいや、小町の目は誤魔化せませんよ。いろは先輩はお兄ちゃんに名前で呼んでもらいながら自分もお兄ちゃんの名前を呼んで、頭を撫でてもらいたいとか考えてるんですよね」
「………」
小町さんが言ったシチュエーションを妄想して、私は自分の顔に熱が集まっているのを自覚する。
「わっ、いろは先輩顔真っ赤」
「な、なんでもないです!」
私は逃げ出すように自分の部屋に駆け込み、そして鍵をかける。先輩なら私の部屋の鍵を持っているので入ってこれるが、小町さんならこれで時間を稼げる。
『いろは先輩! ちょっとした冗談ですから戻ってきてください! もしお兄ちゃんにいろは先輩をからかってたって思われたら怒られちゃいますから』
「少ししたら戻りますから、それまでは一人にしてください」
『わ、分かりました……』
小町さんの方も少しからからかい過ぎたと思ったのか、素直に引き下がってくれた。ここでしつこくされたら私も意固地になって部屋から出ていくことはしなかっただろう。
「せ、先輩の名前を呼びながら頭を撫でてもらうシーンを想像して顔を真っ赤にするなんて……付き合いたての中学生じゃあるまいし」
実際キスも漸くしたばかりで経験値の低い私たちだが、まさかそんなシーンを想像しただけで顔を真っ赤にするとは自分でも思ってなかった。それくらい私は恋愛というものに免疫がないのだろう。
「と、とりあえず先輩が帰ってくるまでには平常心を取り戻しておかないと……」
あの先輩は変なところで鋭いから、少しでも赤面が残ってると小町さんにからかわれたことに気づいてしまうだろう。そうなるとさっき小町さんが言っていたように、小町さんが先輩に怒られるということに。
「先輩が、私の為に怒ってくれる……悪くないかも」
そんなことを考え、また顔に熱が集まってくる気配を感じ、私は慌てて頭を振ってその妄想を頭の中から追いやるのだった。
なんとか平常心を取り戻して先輩の部屋に戻ってすぐ、先輩も買い物から帰ってきた。
「当然のようにくつろいでるんだな」
「いろは先輩からいろいろ聞いたけど、お兄ちゃんもしっかり一人暮らししてるんだね」
「なんだいきなり。てか、いろはから余計なこと聞いてないだろうな」
「余計なことって何さ。私は義妹として、いろいろとお兄ちゃんの現状を聞いてただけだよ」
先輩は少し疑っているような視線を小町さんに向け、私に視線で「本当か?」と聞いてくる。
「別段おかしなことは話してないですよ。ちょっと踏み込み過ぎな質問はありましたけど」
「だって小町も付き合った経験ないから、どんなふうに過ごしてるのか興味ありましたし」
「小町さんってモテそうなのに、どうして彼氏がいないですか?」
「いやー、なんだかんだ言って兄が基準になってるのが大きいのかもしれないですね。容姿は兎も角考え方が大人びた人間が側にいたので、同学年が子供っぽく見えてたのが一番の理由だと思います」
これは私は知っているが先輩は知らなかったのでした質問だ。先輩が原因で小町さんに恋人がいなかったと知れば、少しは先輩の機嫌が良くなるかもしれないから。
「親父殿が許してくれないからかと思ってたがな」
「あっ、それもあるかも。私に彼氏ができてなんて知ったら、お父さん仕事を休んで相手の家に突撃しそうだし」
「どれだけ親ばかなんですか……」
いや、小町さんのことを笑えない。私の父も私に彼氏ができたと知ればこの部屋に突撃してくるかもしれないから、まだ母にしか話していないのだから。
「ところでお兄ちゃんは、いろは先輩に名前で呼んでもらいたいとか思わないの?」
「っ!?」
とんでもない発言をした小町さんを羽交い絞めにしてしまい、先輩に不審がられる。
「い、いろは先輩……ギブ……」
「……はっ!?」
いつの間にか首を極めていたようで、小町さんが堕ちる寸前だった。私は慌てて小町さんを解放し、小町さんは大げさに私から距離を取る。
「こ、小町さんが悪いんですからね!」
「まさか首を極められるとは思ってなかったですよ……あー死ぬかと思いました」
「小町もからかいすぎだが、いろはも大げさじゃないか?」
「だ、だって……未だに先輩としか呼べていない私に愛想が尽きちゃうんじゃないかって……」
「前にも言ったかもしれないが、いろはが呼びたいように呼べばいいし、踏ん切りがつかないのなら今のままでも構わない。呼び方くらいで愛想を尽かすなんてことはないから、ゆっくりと変えればいいぞ」
そう言いながら先輩は私の頭を優しく撫で、小町さんの頭を少し乱暴に撫でる。
「小町はいろはをからかいすぎるなよ。今度は完全に堕とされるからな」
「さすがに今ので懲りたよ」
「そ、そんなことしません!」
兄妹のコンビネーションに恥ずかしくなり、私は残っていたお茶を一気に飲み干すのだった。
「いろは先輩って、照れてるの分かりやすいですよね」
「そういうことを言うからやられるんだろ。小町も反省しろ」
「でも、こんなに分かりやすくて可愛いお義姉ちゃんがいると、どうしてもからかいたくなっちゃうんだよね」
「そういえば雪ノ下や由比ヶ浜のこともからかってたよな、お前は」
「結衣さんは分かりやすかったし、雪乃さんもなんだかんだ分かりやすかったからねー」
どうやら小町さんのからかい癖は昔からのようで、私は餌食になったのが私だけではなかったのかと少し気が楽になったのだった。でも、結衣先輩は兎も角、雪乃先輩もからかうなんて、かなりのチャレンジャーなんですね。
仲のいい義姉妹になれるのか?