やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩が作ってくれた料理を三人で食べていると、小町さんが不思議そうに私の顔を眺めてきました。
「何か?」
「いえ、いろは先輩はお兄ちゃんに料理を作ってあげたことがあるのかなって思いまして」
「数回はありますけど、殆ど先輩に作ってもらってますね。私が作るよりも先輩が作った方が美味しいですし」
「そんなこと気にしてたら結婚した後大変じゃないですか? まさか、お兄ちゃんを本当に専業主夫にするつもりなんですか?」
そういえば先輩、高校時代の夢がそれだって言ってたような気が……
「さすがに専業主夫にするつもりはありませんよ。というか、先輩が外で働いて私が家で帰りを待つというシチュエーションに憧れがないわけじゃないですし」
「なるほど。つまりいろは先輩は、お兄ちゃんと結婚した後のビジョンがちゃんと見えているということですね」
「あんまりからかうと、今度は本当に堕とされるぞ」
先輩のツッコミに、小町さんが私から距離を取った。ついさっき首を極めて堕とされかけた記憶が蘇ったのか、若干恐怖心の篭った目で見られている。
「てか、お兄ちゃんはいろは先輩の手料理食べたくないの?」
「何回か食べさせてもらったし、毎回作らせるのは手間だろ? いろはが作りたい時に作ってくれればそれでいいだろ。それよりも、毎回ウチに来て飯を集るのを辞めてほしい」
「集ってないですよ! ただ先輩と一緒にいたいなーって思った時間がちょうどご飯の時間だったってだけで」
嘘です。先輩の料理が食べたいからその時間に合鍵を使って部屋に入ってきているのだが、そこまで正直に言う勇気はない。
「付き合いたてのカップルってもっと初々しいのかと思ってましたけど、さすがに大学生ですからそこまでじゃないんですね。当たり前のように部屋を訪れるなんて」
「隣だからじゃないか? 普通に離れて生活してたら緊張とかするのかもしれないが、付き合う前からしょっちゅう部屋に遊びに来てたから」
「引っ越してきて早々風邪を引いた時、先輩に看病してもらったりしてましたしね」
あの時は本当に心細かった。このまま死んでしまうのではないかとすら思っていたところに先輩が来てくれて、本当に安心できた記憶がある。
「弱ってるいろは先輩に何かしたの?」
「するわけないだろ」
「だよね。お兄ちゃんなら欲望より先にリスク回避って考えが出てくるだろうし」
「そもそも弱ってる女子に何かしようって思考が俺の中にねぇよ」
「ヘタレだもんね」
私は先輩はこう見えて紳士的だからと思ったのだけど、小町さんはその度胸がないだけだと思ったようだ。まぁどちらも当てはまるのかもしれないけど。
「それでお兄ちゃん、小町はどこで寝ればいいのかな?」
「ベッド使っていいぞ。俺は床で寝るから」
「大丈夫? 慣れてないと床で寝るのって大変だと思うけど」
「いろはが泊ってく時はそんな感じだから気にするな」
「えっ!? いろは先輩、もうお泊りしてるんですか!?」
先輩としては当然と言う感じの流れだったのだが、小町さんからしてみれば衝撃的は発言だったようだ。すごい勢いで私に詰め寄ってくる。
「先輩のご飯が美味しくて食べ過ぎて動きたくなくなった時とか、疲れてそのまま寝ちゃったりした時とか」
「そんなに無防備な姿をさらしてるのに、お兄ちゃんはいろは先輩に何もしてないと?」
「寝落ちした時はベッドに運ぶぞ」
「いや、そうじゃなくて……」
小町さんが何を期待しているのか分かるけど、私と先輩の間にそういった事実はない。そもそも先輩が弱ってる私に何かをするわけないという気持ちは、高校時代から変わっていないから安心してこの部屋で寝られるのだから。
期待していた話題にならなくて少し残念そうな小町さんだったが、すぐに「まぁゴミいちゃんだし」といった感じで納得したようだ。
「それじゃあ遠慮なくベッド使わせてもらうね。あっ、お風呂はいろは先輩の部屋のを借りてもいいですか?」
「別にいいですけど、先輩の部屋と同じですよ?」
「さすがに男物のシャンプーを使うのは」
「そういうことですか。なら良いですよ」
用意のいい小町さんのことだから、お泊り用のシャンプーくらい用意しているのかと思いましたが、さすがにそこまで用意していなかった様子。私は特に警戒心を抱くことなく小町さんを部屋に招き入れお風呂を貸す。
「間取りは同じでも、やっぱりお兄ちゃんの部屋とは印象が違いますね。女性の部屋というかなんというか」
「そんなに違いますかね? 私からすれば、先輩の部屋と大差ないと思うんですけど」
「ところどころに可愛い小物とか置いてあるじゃないですか。お兄ちゃんの部屋にはこういうのはなかったですし」
「前、おそろいで置こうとしたんですけどねー。断られちゃいました」
少し恋人っぽいと思って提案したんだけど、思いっきり嫌な顔をされたのだ。あの時のことを想いだし、少し腹立たしい気持ちになってしまう。
「いろは先輩もちゃんと乙女してるんですね~。まぁ、あのお兄ちゃんがこういう小物を部屋に置くとは思えないので、ペアにするなら別のものにした方がいいですよ」
それだけ言って小町さんはお風呂に消えていく。
「何をペアにすればいいのよ……」
そこまでアドバイスしてほしかったのに、小町さんはそれ以上何も教えてくれなかった。さっさとお風呂を済ませて隣の部屋に行ってしまったので、私は先輩と何をペアにすればいいのかに頭を悩ませることになった。
翌朝、小町さんからお誘いがあったので私は先輩の部屋で朝食を摂ることに。ちなみに、これを用意したのは先輩ではなく小町さんらしい。
「小町の料理は久しぶりだな」
「大したもの作ってないけどね」
兄妹の会話を聞きながら、私は黙々と料理を食べる。下手に踏み込めない領域だからということもあるが、あまりにも自然に二人で会話をしているので入り込む隙が見当たらないのだ。
「すぐに帰るのか?」
「んー、あんまりのんびりしてたらお父さんから探りがありそうだからね。相変わらず小町に対しては過保護で困っちゃうよ」
「娘に対する父親ってのはそういうもんなんじゃないか? いろはの家だって、そんな感じだって言ってなかったか?」
「そうですね。何時までも心配してくるので、若干鬱陶しいですけど」
普通に心配される分にはそんなこと思わないけど、過干渉してくる時があるのだ。それが鬱陶しくて実家から足が遠のいている。
「あー分かりますその気持ち。小町ももう少し自由にさせてよって思う時がありますし」
「その分俺は自由にさせてもらったがな」
「お父さんもお母さんも、お兄ちゃんにはあまり興味がなかったしね~」
「現在進行形で興味持たれてねぇよ」
不貞腐れてるのかとも思ったが、先輩は特に気にした様子がない。昔から放任されていたから、今更寂しいとは思わないのだろう。
「それにしても小町も大学生か。ついこの間高校に合格したと思ってたのに」
「お兄ちゃん、オヤジくさいよ」
「言ってみただけだ。親父殿が言いそうだろ?」
「うん、実際言われた」
どうやら本当に父親に言われたようで、小町さんは顔を顰めている。私も実家を出る前にお父さんに言われたのを思い出し、若干苦い顔をしているのだが。
「それじゃあお兄ちゃん、またね」
「あぁ、次からは事前に連絡してくれると助かるんだがな」
「考えとくよ」
次もいきなり泊まりに来るんだろうなと思いつつ、私も小町さんを見送った。
「それで、いろははこの後どうするんだ?」
「特に予定はないですねー。先輩、デートします?」
「……いいぞ」
「えっ!?」
てっきり断られると思っていたので、まさかの返事に私の方が驚いてしまう。
「誘っておいてなんで驚いてるんだよ」
「だって先輩、デートですよ? 先輩が受け入れるなんて思ってたわけないじゃないですか」
「酷い言われようだが、否定するだけの実績がないのも事実だからな。だがせっかく時間があるんだし、彼女から誘われたからな」
少し顔を赤らめながら言う先輩を見て、私も恥ずかしくなってくる。
「そ、それじゃあおめかししてきますから、三十分後にまた来ます!」
「お、おぅ」
さすがにこの格好で出かけるわけにはいかないのでという名目で、私は自分の部屋に逃げ込む。
「先輩、ちゃんと私のことを彼女だって思ってくれてるんだ」
そのことが嬉しくてついつい頬が緩んでしまうが、私はいそいそと準備を進めるのだった。
ちゃんと恋人してます