やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
講義も始まり、休みの時ほど先輩と一緒にいられなくなったけど、私はそこまで寂しさを覚えていない。隣で生活しているということも多分にあるのだろうが、先輩から貰ったネックレスがあるからだと思っている。
「いろはちゃん、そんなネックレス持ってたっけ?」
「これですか?」
今日は結衣先輩と一緒の講義だったのだが、結衣先輩が目ざとく私のネックレスを見つけて尋ねてくる。休み前はしていなかったので気になるのは仕方がないだろうが、意外と人のことを良く見ているんだなと思ってしまったのは結衣先輩には内緒だ。
「この間先輩に買ってもらったんです」
「先輩ってヒッキー? そういうのプレゼントしてくれるんだね」
「私も意外だと思いましたけど、そういうことをちゃんと考えているみたいですよ」
私が小町さんと話しているのを聞いていたわけではないので、もしかしたら先輩も私と同じ考えなのかもしれないと思ったが、もしかしたら小町さんがけしかけたのかもしれない。あの兄妹はそういうところがあるからそっちの方が可能性が高いが、先輩と同じ気持ちだと思う方が私の気分がいいので、真相を確かめようとはしていない。
「いいなー。私もヒッキーからプレゼント貰いたい」
「結衣先輩は高校時代に貰ってるじゃないですか」
「だからあれはサブレのだし! 私には去年いろはちゃんと一緒に買ったものしかくれてないし」
年上なのだが、こうやって落ち込んでる時は慰めたくなってしまうのは何故なのだろう? 見た目が幼いからなのか、それとも別の何かなのか……
とりあえず私のネックレスの話題はそれほど盛り上がることはなく――というか、次の講義があるのでそれほど盛り上がる時間もなく終わり、私は今日の講義を消化して帰路へ着く。
「いろはせんぱーい!」
「ん?」
構内を出てすぐ、背後から聞き覚えがある声が飛んできて、私はゆっくりと振り返る。
「小町さん、こんにちは」
声の主は先輩の妹の小町さん。この度大学でも後輩になった彼女だが、結衣先輩と一緒の時ならともかく私一人の時に声をかけてくるのは珍しい。少なくとも高校時代には数える程度しかなかったともうのだけど。
「これから一緒にお出かけしませんか?」
「私と小町さんの二人で?」
「結衣さんも一緒ですよ」
「なるほど」
二人きりだと気まずいと思われると見抜かれてたようで、小町さんは結衣先輩も誘っていたようだ。というか、私がおまけで結衣先輩と二人で出かけようとしていたのかもしれない。
「小町ちゃん、おまたせー」
「結衣さん、お疲れ様でーす」
この二人は高校時代から仲が良かったので気にしなくていいのかもしれないが、今の関係から考えると私の方が小町さんに近いんだけどな……でも、結衣先輩のように小町さんと付き合えるかと問われれば首をかしげてしまうだろう。
「それで、何処に行くんですか?」
「いろは先輩のネックレスのことをゆっくり聞きたいので、今日はいろは先輩の部屋でお話ししましょう」
「聞きたいって、先輩から貰ったってだけで、それ以上のことは何もないですけど」
「でもあの兄がいろは先輩に贈ったんですよね? 何かあるんじゃないかって疑うのは当然だと思いますけど」
確かに私も何かあるんじゃないかとは思ったけど、このネックレスをくれて以降、先輩も忙しいのかろくに会えていないのだ。何か面白い話があるわけでもないんだけどな……
「そういうわけで、いろは先輩の部屋にゴーです」
「おー」
「なんでノリノリなんですか……」
私が先輩にやっているようなノリで小町さんと結衣先輩が盛り上がっているのを見て、私は今後先輩にこういうノリを強要するのは控えようと心に誓う。
部屋に向かう途中でお菓子を購入して、長居する気満々だと分かる二人を見ながら私は、先輩が都合よく現れてくれないかなと期待していた。
「あれ? ヒッキーと彩ちゃんだ」
「由比ヶ浜? それと小町……いろはの部屋の前で何をしてるんだ?」
「八幡、一色さんのことちゃんと名前で呼んでるんだね」
「戸塚先輩、お久しぶりでーす」
どうやら先輩も戸塚先輩と話があったようで、それが終わり戸塚先輩を見送っていたところらしい。だが小町さんと結衣さんが戸塚先輩も巻き込んで、私の部屋から先輩の部屋に会場を変えておしゃべりが始まることとなってしまった。
「それでお兄ちゃん。いろは先輩にプレゼントしたのはどういう心境からなの?」
「なんでお前はそんなにグイグイ来るんだよ……」
「だってゴミいちゃんだよ? 小町の誕生日にマックスコーヒーを一箱プレゼントしようとしてたあのゴミいちゃんが、ネックレスなんて」
「あれは冗談だって言っただろ。てか、何時の話を引き合いに出してるんだお前は……」
一瞬先輩ならありえそうだなと思ってしまったが、やはり冗談だったようで安心した。もしかしたら私の誕生日にそんなものをプレゼントされるんじゃないかと思ってしまった。
「それで、やっぱりいろは先輩にプレゼントしたのは所有権を主張するため?」
「なんだその所有権というのは」
「だっていろは先輩大学内でも人気高そうだから」
実際結衣先輩と一緒に行動しているからそれなりに注目を浴びているし、勘違いした人に告白されたこともある。だからと言って先輩が嫉妬して所有権を主張してくるとは思えないんだけど。
「単純に付き合い始めて何もそれらしいことをしてなかったからプレゼントしただけだ。なんだかんだで忙しくて遠出もできてないしな」
「一番の遠出が小町たちの実家だもんね」
「どういうこと!? ヒッキーといろはちゃん、もう結婚の挨拶したってこと!?」
「由比ヶ浜さん、少し飛びすぎじゃないかな? 確か小町さんの合格祝いに一色さんも参加したんだよね?」
「はい。まぁ、先輩のご両親は急な仕事でいなかったんですけど」
「会いたかったのか?」
先輩が意外そうな顔で私を見てきたので、私は少し恥ずかしい気分になる。付き合ってはいるけどこういう風に正面から顔を見つめられるのはそうそうないので仕方がないだろう。
「一応、彼女としてご挨拶をと意気込んでいたので」
「まぁ、ああ言う人たちですからね。仕事第一人間とでも言うんでしょうか。兄もそういう面がありますから」
「まぁいたところで俺の彼女にはあまり興味を示さなかっただろうな。小町の彼氏なんてやつが現れたら、親父殿が激昂しそうだが」
「当分は大丈夫だと思うよ」
兄妹の会話に割って入れるほど、私たちは先輩のご両親のことを知らない。それが少し悔しい気もするけど、これからゆっくり知っていけばいいだけ。
「てか、話が逸れてるよ! いろは先輩にプレゼントしたのは、本当に恋人らしいことができてなかったからだけなの?」
「だからそう言っただろ? お前はそれ以外にどんな答えを期待してるんだよ」
「さっきも言ったように所有権の主張とか、ネックレスをプレゼントしたから次は指輪とか、そういうのを」
「ゆ、指輪……」
私が照れる前に結衣先輩の顔が真っ赤になる。おそらくは左手薬指まで思考が飛んでいるんだろなと、先輩と戸塚先輩は苦笑いを浮かべながら結衣先輩を見つめている。
「そういう意図は全くない。というか、俺はいろはの指のサイズなど知らないんだから、指輪なんて買えるわけないだろ」
「知りたいですか?」
私が悪乗りして先輩に指を見せると、少し見ただけでため息を吐かれてしまった。
「そういうことをするから、小町にからかわれたりするんだぞ」
「私はからかってるんじゃなくて、結構本気でお兄ちゃんといろは先輩のことを応援してるんだけどね」
「指輪……結婚……出産」
「結衣先輩っ!?」
「行くところまで行かせた方が落ち着くんじゃない?」
「戸塚先輩って結構ドライですね」
妄想が加速している結衣先輩に対して戸塚先輩が放った言葉に小町さんがツッコむ。張本人であったはずの私と先輩が蚊帳の外という、ちょっとおかしな構図に私は思わず笑ってしまった。
「とりあえず由比ヶ浜は戻ってこい。それから小町、あんまりいろはをからかってやるなよ?」
「分かってるって」
「あれ? さっきまで病院にいたような気が……」
「だいぶ飛んでったんだね。由比ヶ浜さん、ちょっとおもしろいよ」
「えっ、そうかな彩ちゃん」
「褒められてないと思いますけどね……」
戸塚先輩の新しい一面が見れたような気がする一日だったが、とりあえず小町さんからの追及は今後大人しくなりそうということだけが収穫だった。
由比ヶ浜は行きすぎだな