やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩が作ってくれた料理を食べながら談笑していると、ふと結衣先輩が先輩と戸塚先輩を交互に見て首を傾げる。私は何事か気になったので、結衣先輩に今の行動の理由を尋ねる事にした。
「結衣先輩。先輩と戸塚先輩を交互に見てどうかしたんですか?」
「いや、大したことじゃないんだけどね」
「そんな言い方されたら気になるじゃないですかー」
ちょっとおバカっぽいけど、結衣先輩相手ならこれくらいで十分だろう。高校時代にもこういった言い方をして結衣先輩から説明してもらったこともあるし、先輩も戸塚先輩も私がこういう『キャラ』だって知っているし。
「隼人君は仲良くなった相手は名前で呼んでたし、相手にも名前で呼ばれてたけど、ヒッキーと彩ちゃんは違うんだなーって思っただけ。彩ちゃんは名前で呼んでるけど、ヒッキーは何時まで経っても苗字で呼んでるでしょ?」
「そういえばそうですね。私のことも名前で呼んでも良いですよって言ったことあるんですけど、頑なに苗字呼びですし」
「おいおい。俺にリア充の真似をしろっていうのか? そもそも相手だって認識出来れば呼び方なんてどうでも良いだろ?」
「僕は八幡に名前で呼んでもらいたいけど」
「ぐっ……こればっかりは戸塚の頼みでも聞けない」
戸塚先輩の上目遣いでのおねだりに、先輩の心が揺らぐ。これが私のようにあざとさが感じられればそうでもないのかもしれないが、戸塚先輩のあれは素だ。捨てられた子犬のような目をしている。
「じゃあ、部屋の中だけで良いから」
「それなら……」
戸塚先輩の譲歩に、先輩が考え込む。なんだか付き合いたてのカップルみたいな会話だが、絵的に問題ないと思ってしまう私はどうかしているのだろうか……
「それだったら私もヒッキーに名前で呼ばれたいし!」
「なら私もです。部屋の中だけなら問題ないんですよね?」
「いや、彩加とお前たちとはって……やっぱり恥ずかしいな」
うっかり名前で呼んでしまったはいいが、やはり恥ずかしかったのだろう。先輩は戸塚先輩から視線を逸らして頬を掻く。やっぱり付き合いたてのカップルのような反応に、私の胸はチクリと痛んだ。
「なぁ戸塚、やっぱり無理っぽいんだが」
「一回呼べたんだから、あとは慣れていくだけだよ。無理しないで欲しいけど、やっぱり名前で呼んでもらえると嬉しいし」
「それなら……次第に慣れていく方向で頑張っていく」
「彩ちゃんだけなの? ヒッキーってやっぱりホ――」
「断じて違うからな! 彩加だけだ」
「八幡……」
なんだかキラキラオーラが見えるような気がするけど、ここで大人しく引き下がってはいけない気がして、私は先輩に再アタックする。
「先輩、私のことも名前で呼んでくださいよー。こうして材木座先輩たちがいない時だけで良いので」
「じゃあ私も! ヒッキー、ほらほら」
「ええぃ、くっつくな! じゃれつくな! というか由比ヶ浜、ジュース零してる」
「えっ!?」
先輩に指摘され、結衣先輩は自分の服をチェックする為に先輩から離れる。私もちょっと気になって意識を結衣先輩に傾けたタイミングで、先輩は器用に私が絡めていた腕を引き抜いて距離を取ってしまった。
「ヒッキー騙したね!」
「こうでもしないと離れなかっただろ? というか、零してるのは本当だ」
先輩がタオルを手渡しながら結衣先輩に零した箇所を教える。確かに少し零れているようで、そこには小さなシミができていた。
「ありゃ、本当だ」
「結衣先輩、大学生にもなって……」
「こ、これは偶々だしっ!?」
「まぁ由比ヶ浜さんもワザとじゃないんだし、八幡も一色さんもそこまで言わなくても」
「俺は別にそこまで言って無いけどな。というか戸塚、今日は随分と食べるんだな」
「えっ? あぁ、八幡の料理がおいしくてついね……というか、普段は材木座君や玉縄君が量を食べちゃうから」
「あの二人ってそんなに食べるんですか?」
材木座先輩は見た目通りかもしれないが、玉縄さんはそこまで食べるイメージは無い。むしろ蘊蓄を語ってなかなか箸をつけないイメージだ。
「最近遠慮が無くなってきてるからな……そうか。さ、彩加は遠慮してただけなのか」
「うん……だって部屋を貸してもらって更に料理まで作ってもらってるわけだし……」
「別に気にしなくてもいいんだが」
だんだん先輩と戸塚先輩が付き合ってるんじゃないかって思えてくる空気が流れ始めているので、私は強引に話を変える。
「そういえば先輩、何か良いバイト知りませんか?」
「バイト? そう言えばするって言ってたな」
「そうなんですけど、なかなか良さそうなバイト先が見つからないんですよね」
「なら俺のバイト先の一つの居酒屋で募集してるぞ」
「先輩の紹介って言えば雇ってもらえますかね?」
「いや、そんなの知らん」
興味を失ったのか先輩は空いた皿をキッチンへと運んでいく。こういった些細なことでもすごいなと思ってしまうのは、私がそのことに気づかなかったからなんだろうか……それとも、意識している相手だからこういった些細なことに気づくからだろうか。
「でもいろはちゃんならすぐに仕事覚えられそうだよね」
「まぁ、伊達に生徒会長をやってたわけじゃないですからね」
「散々人に仕事を押し付けてたくせに」
「何か言いましたか? 先輩が私を生徒会長にしたんですから、責任取ってもらっただけですよ」
「二期目は俺の所為じゃなかったはずですけどね?」
「一期目の評判が良くてそのまままた勝手に立候補させられてただけですから。だから、結果的には先輩の所為なんですよ?」
少し責めるような態度で先輩に言うが、あまり効果はない。これが玉縄さんならあっさりと懐柔されてくれただろうけど……まぁ、あの人にこんな態度を取る必要性は無いんだけど。
「はいはい、あざといあざとい」
「何ですとー! 私は別にあざとくないですからね」
「高校の時から数えて何回目だ、このやり取り。だいたいお前は全然素っぽくないからそう言われるんだよ」
「私のことをあざといって言ってたのは先輩だけですから。だいたいの相手は騙さ――素直に聞いてくれてましたし」
「今騙されたって言い掛けなかった?」
「そんなことないですよー。というかさっきから話題を逸らされてる気がするんですが、先輩は私のことを名前で呼んでくれないんですか?」
「えっ、そこに戻るの」
先輩としては終わった話だったのかもしれないが、私としては簡単に終わらせてはいけない話なのだ。先輩に名前で呼んでもらえれば、それだけで一歩前進したような気がするし。
「そもそも異性のことを名前で呼ぶなんて、小町以外でしたことねぇし」
「そういえば小町ちゃんと大志君って付き合ってるの?」
「そんな事実は存在しない! あの野郎が小町に付きまとってるだけだ!」
「まぁ、サキサキも付き合ってないって言ってたしそうなのかな? お似合いだと思うんだけど」
「結衣先輩、川崎先輩と連絡とってたんですか?」
「こっちに引っ越してくる前にちょっとね。『もう一回浪人したら大志と同期生になるんじゃね?』って話題から近況を聞いただけ」
「それで、戸部先輩たちは見事にそうなりそうだと」
来年も合格できなければ後輩になるわけで……あんまり思い入れないけど、頑張ってください、戸部先輩。
「って! また話題が逸れてますよ! 先輩、一回だけでも良いんで呼んでくださいよ! 呼んでくれないと、ここに居座りますからね!」
「それは勘弁してもらいたいんだが……というか、苗字で呼ぼうが名前で呼ぼうが大差ないんじゃないのか? さっきも言ったが、相手が自分だと認識すればそれで」
「気分の問題ですよ。そもそも、先輩とここまで親しくしてくれる女の子が他にいるんですか? そういう相手のことは他と一緒の呼び方じゃ失礼です」
「確かにお前らとは付き合い長いが……それとこれとは別じゃねぇの?」
「他の人がどう思ってるかは知りませんが、私は先輩になら名前で呼ばれても良いって思ってますよ」
玉縄さんなんて人の許可無く勝手に呼び始めたけど。まぁ、あの人は私には興味ないみたいだから放っておいてるけども。
「八幡、呼んであげれば?」
「さ、彩加まで……」
まさか戸塚先輩からの援護射撃があるとは思っていなかったけども、その一言で先輩が揺らいだ。さっきまでは頑として私のことを名前で呼ぶつもりは無かったみたいだけども、戸塚先輩に言われて困ったような表情を浮かべている。
「(本当に戸塚先輩に弱いんですよね、先輩って)」
戸塚先輩はライバルにならないと思っていたけども、最終的なライバルはもしかしたら戸塚先輩なのかもしれない。
「い、いろは……」
「なんですか、八幡先輩?」
「? お前に名前を呼ばれたのって初めてな気がする」
「そんなことないですよー」
そもそも私は『比企谷先輩』とも呼んだことなかったので、本当に先輩を先輩と特定して呼ぶのは初めてなのだ。でもその理由は先輩には内緒だ。
名前呼びは非リアにはハードルが高いですからね