やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
昨日は結衣先輩と友達に祝ってもらい、結構遅い時間まで外にいたので自分の部屋に帰った。ここ最近先輩の部屋にお泊りすることが多かったから、なんだか久しぶりな気分。もちろん、部屋が汚れ切っているとかそういうことはなく、普通に生活できるくらいには綺麗な部屋である。
「でも、先輩と一緒に寝たかったな……」
誤解のないように言っておくが、先輩は私と同じベッドで寝ているわけではない。私がベッドを使わせてもらっていて、先輩はクッションを複数使って床で寝ている。始めこそ一緒に寝るかと誘ってみたりもしたが、最近ではベッドを使わせてもらうのが当たり前のようになってきている。
「付き合ってそれほど経ってないのに、何だろうこの熟年夫婦みたいな感じは……」
一緒にいることが当たり前のように感じている自分に呆れながら、私は久しぶりに自分一人の朝食を用意する。
「先輩に作ってもらってばっかりだったから、朝食の準備が面倒だな……」
今日は休日で、急ぎで出かける用事もないので朝食を摂る必要はさほどない。今更成長云々は関係ないだろうし、昨日の夜少し食べ過ぎたので摂らない方がいいとさえ思える。
だが先輩と付き合う前から散々朝食はちゃんと摂れと言われている私は、面倒だと思いつつもちゃんと準備をして朝食を摂った。
「……ごちそうさまでした」
食器を片付けてから、誕生日だというのになんとも質素な料理だったなと自分自身に呆れる。いくら食欲がなかったとはいえ、もう少し何かすればよかったものを、と。
まぁ自分自身で祝わなければ誰も祝ってくれないというわけでもないので、朝食くらいは質素で良かったと思おう。
「さてと。早速先輩の部屋に行きますか」
バッグの中から先輩の部屋の合鍵を取り出し、私は意気揚々と隣の部屋へ突撃する。先輩はドアロックはするがチェーンロックは掛けないので、この鍵で部屋に入ることが可能なのだ。
「せーんぱい。愛しの彼女が遊びに来ましたよっと」
「……朝から何の用だ」
あからさまに嫌そうな顔をしているが、先輩のこれは演技。本気で拒絶しているのならチェーンロックをすればいいし、そもそも毎回そういう表情をしつつ私に付き合ってくれているのだ。捻デレとはよく言ったものだ。
先輩は私の分のコーヒーを用意してから、洗濯と洗い物を素早く済ませ、私の正面に腰を下ろす。恋人だから隣に座ってほしいという気持ちもあるけど、先輩の顔をじっくり見ることができるので正面に座られるのも嫌いではない。
「それで、こんな朝早くに何しに来た」
「何しにって、今日は私の誕生日ですよ? 彼氏の先輩はそれはもう凄いお祝いをしてくれるんじゃないかと思いまして」
「金欠大学生に何を期待してるんだか……」
「先輩が金欠なら、普通の大学生は文無しですね。先輩は幾つバイトを掛け持ちしてるんですかー?」
ちょっと馬鹿っぽいけど、先輩相手なら気にする必要もない。私がこういう演技をするのは今に始まったことではないし、先輩は最初から演技だと見抜いてるから。
「それで、先輩はお祝い、してくれないんですか?」
素早く先輩の隣に移動して上目遣いで尋ねる。なんともあざとい手法だが、私にはこれしかできない。散々キャラっぽくやってきていたせいで、他の方法が分からないのだ。
「ちゃんと用意はしている。だからくっつくな」
「先輩は私と密着するの嫌なんですかー?」
「別に嫌というわけでないが、コーヒー持ってるんだから危ないだろ」
私と密着したいが、私がやけどをするかもしれないという心配をしてくれているのか。この人はぶっきらぼうに見えて優しい人だから当たり前といえばそうなのだが、そんな小さなことがこんなにも嬉しいなんて。
「(あぁ、私は本当にこの人が大好きなんだな)」
そんなことを考えていたからか、先輩が私を振りほどこうとした時に反応が遅れた。重心がブレて後ろにではなく先輩の方へ倒れてしまい、さっきより密着する形に――というか、顔から先輩の膝に倒れてしまった。
「大丈夫か?」
「へ、平気です……」
膝枕みたいで嬉しい反面、顔から倒れた恥ずかしさで私は急いで立ち上がり先輩の向かい側へ戻る。
「乙女に恥をかかせるなんて、先輩は鬼畜です! サディストです! 八幡です!」
「だから、八幡関係ないだろ……」
冗談ではなく本気で顔を赤らめているのが分かったのか、それ以上反論はしてこなかった。
「これは相当な罰が必要ですね」
「罰ってなんだよ……」
「デートしてください」
「まぁ、それくらいなら」
「全額先輩の奢りですから」
「普段から殆ど俺が払ってるような気が……てか、最近はいろはの食費も」
「そうでしたっけ?」
旗色が悪くなりそうだったので誤魔化したが、確かに先輩の部屋にお泊りする際の食事の料金は先輩持ち。それが週に四日以上あるのだから結構な負担だろう。
「というわけで、ゴーですよ?」
「はいはい」
本気で私の食費を払わせるつもりではないようだが、これ以上その話題を続けるのは私の精神衛生上よろしくない。強引に先輩の腕を引っ張り、私は誕生日デートへ出かけるのだった。
デート自体はそれなりにしてきたが、彼氏彼女になってからはそれほどしていない。というか、以前のお出かけをデートとカウントしているのは私だけなのかもしれない。先輩からしてみれば後輩に振り回されたとか、我がままな後輩に付き合ったとか、そんな感覚だったかもしれない。
「ねぇ先輩」
「なんだ?」
「……八幡さん」
「お前……」
「やっぱ恥ずかしいですね! しばらくは『先輩』のままでいいですか?」
「好きにしろ」
先輩は私のことを完全に名前で呼んでくれるようになったが、私はまだ呼べずにいる。それが進展しない理由なのかもと思って呼んでみたが、想像以上に恥ずかしい。
「(先輩はよく呼べるなぁ……)」
せっかくのデートなのでそれらしくしたかったのだけど、私にはまだ早かった。自分がこんなにもヘタレだったとは思わなかったので、なんだか情けなさより笑えてくる。
「それにしても、彼女の誕生日に本屋デートって……」
「偶々欲しかった本があったから寄っただけで、ショッピングモールデートだろ」
「先輩、高校時代から結構本読んでますもんね」
今の時代電子書籍なるものもあるので、わざわざ本屋に行く必要はないのかもしれないけど、先輩は紙媒体を愛用している。だからこうして頻繁に本屋に足を運んでいるのだろう。
先輩が本を購入している時だけ私は少し離れた場所で先輩を眺めていたのだけど、店員の女性が若干先輩に馴れ馴れしかったのが気になる。この人のことだから気づいていないだろうけど、あれは完全に好意を含んだ視線だ。
「先輩って相変わらず無自覚フラグ建築士なんですね」
「急に変なこと言うなよな」
「だって、あの店員さん、先輩に好意を持ってる感じですし」
「そうか? まぁ、嫌悪感を抱かれるより好意を抱かれた方がいいだろ」
「はぁ……人としての好意なら私だってここまで嫉妬しません」
わざとなのか、それとも恍けているのかは分からないけど、先輩はそれ以上何も言わなかった。さっき買った本が気になっているのか、それとも別のことに思考を割いているのかは分からないけど、それ以上興味がないということだけは分かる。
「いろは、昼はどうする?」
「外で食べてもいいですけど、先輩の手作りの方が嬉しいですね」
「何が食べたい?」
「そうですね……昨日の夜はちょっと食べ過ぎたので、軽いものでお願いします」
「了解。それじゃあ、買い出しして帰るか」
自然に手をつながれ、私はこの人も変わったんだなと思った。高校時代の先輩なら無言ですたすたと先に行ってしまっただろう。
「さっきの話だけどな」
「はい?」
「無理に呼び方を変える必要はないぞ。俺はそれなりに苦労したがもう慣れたからあれだが、異性を名前で呼ぶのって結構勇気がいることだから」
「そ、そうですね……」
よくよく考えたら私って異性のことを名前で呼んだことなかったような気も……葉山先輩然り戸部先輩然り。全員苗字呼びだったし、先輩に関しては『先輩』としか呼んでない。
「(高校時代の私の阿呆ー!)」
昔の自分にいら立ちを覚えつつ、私は先輩に手を引かれて食材の買い出しに付き合うのだった。
それが異性なら猶更でしょう