やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
食材を買い込み、私は先輩と手をつないで――とか甘い展開はなく普通に部屋に帰る。本音を言えば少しは手をつなぎたいと思ったりもしたけど、先輩の両手は食材が入った袋でふさがっているのだ。
「てか先輩、なんでこんなに買い込んだんですか?」
「昼と夜と明日の朝の分だと考えれば、それほど買い込んでないだろ」
「でも一日分にしては多い気が」
先輩の冷蔵庫の中はまだ余裕があった気もするので、ここまで買い込まなくてもいいはず。それなのにここまで買い込んだのは何かあるんじゃないかと思い、私は疑いの目を先輩に向ける。
「……今晩小町が来るそうだ。お前の誕生日を祝いたいって言って」
「小町さんが、ですか」
先輩の妹の小町さんは、高校でも大学でも私の後輩だ。祝いたいと思う気持ち自体は不自然ではないが、それほど付き合いがあるわけではないので、わざわざ当日に祝わなくてもとは思う。それも、私が先輩の彼女で、当日は二人きりがいいなと思ってると分かっているはずなのに。
もしかしたら小町さんは先輩と私の交際を快く思っていないのかもしれない。もしそうだとすれば、今夜は結構荒れるかもしれないな……
「それで、小町さんは先輩の部屋にお泊りというわけですか」
「その流れになるかは知らないが、食材は買っておくように言われてるからな。どうせ俺が作るんだろうから、足りなくなってた分を買い込もうと思っただけだ」
「道理でお出かけに誘ってすんなり受け入れてくれたわけですね」
「元々いろはと出かけるつもりだったがな」
不貞腐れている私にフォローではないだろうが、先輩はそう告げる。さっきのショッピングモールデートは私から誘わなくても先輩も計画していたのかもしれない。
「今日くらいは先輩と二人きりが良かったな」
「何か言ったか?」
「何でもありませーん」
先輩は普段どうでもいいことは聞き逃さないくせに、こういう時は難聴スキルを発動する。まぁ、聞かせるつもりのないくらいの声量だったので、聞き取られた方が困ってしまうのだけども。
「それにしても、小町さんも大学生になったからか、先輩の部屋にしょっちゅう来るようになりましたね」
「元々小町は俺の部屋を知らなかったんだがな。それを誰かさんたちが連れてきたからだろ」
「あの時の発案者は結衣先輩ですからね。私はついでにお邪魔しただけですから」
小町さんがオープンキャンパスに来た日、結衣先輩が小町さんに先輩の部屋を教えたのだ。まぁ、小町さんならご両親から聞き出せないこともなかったでしょうけども、受験中はそっちに集中していたということになっている。
「高校時代は先輩がシスコンなんだと思っていましたけど、改めて見ると、小町さんもかなりのブラコンですよね。普通二十歳前後の兄妹がこんなに仲が良いことはないと思うんですけど」
もう少し大人だったり、子供だったりしたらありえないことではないだろう。だが先輩は二十一に、小町さんだって十九になる年だ。少し仲が良すぎると思ってしまうのは仕方がないことではないだろうか。
先輩はシスコンを公言しているくらいだから分かるが――分かってしまうのも彼女として複雑だが、小町さんは一応ブラコンを否定している。それなのにこれほど頻繁に兄の部屋を訪れるのだから、立派なブラコンなのだろう。
「そうか? まぁ、仲が悪いより良い方が見ていて気分が良いんじゃないか?」
「時と場合によりますよ。自分の彼氏が妹と仲が良すぎるってのは、いろいろと複雑なんですから」
「そんなものか?」
「そうなんです」
いまいちピンと来ていない様子だが、私が不機嫌だということは伝わったらしい。それ以降先輩が小町さんのことを話題に出すことはなかった。
昼食を済ませ、少しまったりした時間が流れていたのだが、一人の来訪者の所為でその時間は終了した。
「お兄ちゃん、やっほー」
「いらっしゃい」
「いろは先輩も、こんにちは」
「こんにちは」
先輩の妹である小町さんが部屋に遊びに来たのだ。先輩は普通に部屋に小町さんを迎え入れ、小町さんも私がいるのが当然だという感じでスルーしている。
「遅かったな。昼くらいに来るって言ってなかったか?」
「ちょっといろいろあってね。それでお兄ちゃん、いろは先輩とはどこまで行ったの?」
「今日はショッピングモールをぶらぶらした後スーパーで買い物――」
「そうじゃなくて、彼氏彼女としてどこまで行ったか聞いてるんだよ」
小町さんのドストレートな質問に、私は思わず咽てしまった。先輩の方は呆れているのを隠そうともしない顔をしているけど、小町さんは気にした様子もない。
「お前、そういうことを遠慮なく聞くのはどうかと思うぞ」
「興味津々なお年頃なんだよ、お兄ちゃん」
「お年頃って……」
「てか、いろは先輩が慌てたということは、以前聞いた時より前進したってことだよね。もしかして小町、来年には叔母さんになってたり?」
小町さんの妄想に私は顔が熱くなった。だって小町さんが言葉の意味を理解するならば、そういうことを私と先輩がしたということだから。
「残念ながらそういうことは一切していない。てか、俺もいろはもまだ学生なんだ。したとしてもちゃんと避妊はするだろ」
「でも、百パーセントじゃないわけだし、万が一ということもあり得るでしょ?」
「そんなことになったらいろはの両親に大学辞めさせられそうだな」
辞めさせられるとするなら、先輩ではなく私だろう。先輩はエリート大学の法学部、私は普通の私大文系。卒業して将来役に立つのはどちらかと聞かれれば、間違いなく先輩だと答えるだろう。
「なーんだ、つまらない。お兄ちゃんが小町にこんなもの取りに行かせるから、てっきりいろいろあったんだと思ったのに」
小町さんが先輩に何かの小箱を手渡したが、今の私にはそれについて追及するだけの元気がない。先輩は慌てた様子もなく小町さんから小箱を受け取り、少し乱暴に小町さんの頭を撫でる。
「取りに行ってもらったことは感謝するが、思い込みが激しすぎるぞ」
「痛いよ、お兄ちゃん激しすぎ」
「小町が突拍子もないことを言うからだ」
最後に軽く頭を叩いてから、先輩は小町さんにコーヒーを差し出す。これが兄妹のスキンシップなのだとしたら、先輩は私のことを妹扱いしていなかったという言い分も納得できる。だって私にはもう少し遠慮というか、配慮が見受けられたから。
「そういえば、いろは先輩が当たり前のように部屋にいたから言わなかったけど、小町、今日来てよかったの?」
「お前がいろはを祝いたいって言ったんだろ。今更だな」
「まぁ、お兄ちゃんといろは先輩が睦事をするっていうなら、今日のところは退散するけどね」
「ふざけたこと抜かすなら、さっきより強めに叩くぞ」
「お兄ちゃん、随分と暴力的になったね。実家にいた時はもう少し優しかったのに」
「小町がふざけるからだろ。言葉で伝えて分かるなら、俺だって手は出さない」
先輩は別に暴力的な人ではない。小町さんとのやり取りだって、スキンシップで収まるレベルだし、小町さんだって本気で嫌がっている様子でもない。やはりのこ兄妹の間には私では太刀打ちできないレベルの絆があるのだろう。それこそ、先輩と雪乃先輩、結衣先輩との間になる絆より強固な絆が。
「まぁいいや。それじゃあお兄ちゃん、晩御飯は楽しみしてるからいろは先輩借りるね」
「へ?」
「兄に聞いても埒が明かないので、いろはお義姉ちゃんにいろいろ聞きたいなーと思いまして。いろはお義姉ちゃんの部屋に行きましょう」
「ちょっ!? 先輩助け――」
先輩に助けを求めようとしたが時すでに遅し。小町さんに腕をつかまれてそのまま隣の私の部屋に連行されてしまった。
「まだお兄ちゃんのことを『先輩』って呼んでるんですね」
「何回か変えようとはしたんですけどね……長年『先輩』としか呼んでなかったので」
午前中にも変えようとしたが、結局恥ずかしくなってうやむやにした。そして先輩には急がなくていいと言われてホッとしたのだ。
「いろは先輩の気持ちを疑うわけではないですけど、そんなだと周りの女子に付け込まれるかもしれませんよ?」
「ですよね……」
小町さんのダメ出しに、私はがっくりと肩を落とす。このままじゃ胸を張って彼女だって言えないもんね……
今年もよろしくお願いします