やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
小町さんからあれこれ聞かれたが、彼女が期待していたような答えはできない。なぜなら私と先輩は付き合ってこそいるが、それ以上の関係にはなっていないからだ。
もちろん、私だって先輩と付き合えただけで満足――なんて中学生じみた考えをしているわけではない。ずっと恋焦がれていた相手と付き合えているのだから、もっと踏み込んだ関係になるのだって吝かではないとは思っている。だが先輩にそういう欲があるのかどうか分からないし、こちらから誘ってまたビッチだと思われるのも避けたい。
そもそも私はビッチではないのだが、先輩の中で結衣先輩は天然ビッチで、私はゆるふわビッチという謎の仕分けがされてしまっているらしい。そのせいで誘うに誘えないのだ。
「つまり兄はまだいろは先輩に手を出していないと」
「そういう言い方止めてくれませんか? なんだか私が無理矢理先輩に誘われるみたいな感じに聞こえるので」
以前大勢の男たちに襲われそうになった時のことを思い出してしまい、私は思わず身体を捩る。あの時先輩が現れてくれなかったら私は……
「いろは先輩?」
「な、何でもないです」
自分でも顔色が悪くなったことは分かっている。小町さんが心配そうにのぞき込んできたので、私は力ない笑みを浮かべて自分に大丈夫だと言い聞かせる。
「そういえば小町さん、先輩に何を頼まれていたんですか?」
「何のことです?」
「何のことって、先輩の部屋に来た時何か渡してたような」
「あぁ、あれですか。お兄ちゃんが予約していた店が駅の側だったので、私が引き取ってきただけですよ。その報酬がお兄ちゃんのご飯なんですけど」
「小町さんも料理の腕は相当ですよね?」
高校時代は先輩ではなく小町さんが家事一切を仕切っていたはずだ。それなのに先輩の料理を報酬として感じるというのはおかしなことではないか。そんなことを考えていたが、小町さんが明確な答えをくれた。
「あのゴミいちゃんが小町の為に料理を作ってくれる。それだけでプライスレスですよ」
「あぁ、そうですね……」
忘れていた。先輩がシスコンであることは忘れようがない事実だが、小町さんもブラコンだったのだ。その兄が料理を作ってくれるとあれば、簡単なお遣いくらい喜んでこなすことを。
「まぁ最近はいろは先輩の為に料理の腕を振るってるようですけど」
「そ、そんな頻繁にお世話になっては――」
「誤魔化さなくてもいいですって。そりゃ彼氏彼女が隣同士で生活してるんですから、しょっちゅうお泊りとかあってもおかしくないですよね?」
見透かされているのか、それとも先輩から聞いているのかは分からない。だが確かに私はしょっちゅう先輩の部屋にお泊りしている。もちろん、一線は越えていないけど。
「さて、聞きたいことは聞けましたし、そろそろお兄ちゃんの部屋に戻りますか。何時までも彼女を借りてたら、小町が怒られちゃいますから」
「私が怒りたいくらいですけどね」
あれこれ聞かれたせいでなんだか疲れてしまった。これは先輩に慰めてもらって回復するしかない。そう切り替えて私は小町さんに続き先輩の部屋に戻るのだった。
私と小町さんが席を外していた間に、先輩は三人分の料理を作り終えており、結局今日も私はお手伝いすら出来ずにいる。
「ごめんなさい、先輩」
「気にするな。小町と話してたんだろ?」
「はい……」
先輩は本気で気にしてない様子だが、彼女としてこうも先輩に頼りっきりというのは考えてしまう。私だって先輩には劣るが十分料理上手な部類なはず。愛しい彼氏に料理を振舞う機会が欲しいのだけども、どうしても先輩に甘えてしまうのだ。
「さぁさぁお兄ちゃん、一緒にいろは先輩をお祝いしようよ」
「小町が一番ノリノリなのはおかしい気がするが」
「だって、未来のお義姉ちゃん候補筆頭の誕生日だもん。小町だって嬉しいんだよ」
「相変わらず気が早いヤツ」
「そうそう。お母さんにはお兄ちゃんに彼女が出来たって教えておいたから」
「で?」
先輩は軽く流す感じだが、私は思わず肩を跳ねさせた。先輩の両親は先輩に対してあまり関心を持っていないようだが、流石に彼女が出来たとなれば話は違うだろう。そのうち連れてこい、くらいの展開があってもおかしくはない。
私は先輩のお母さんにふさわしい彼女だと思われるだろうか、などと考えていたのだが、小町さんの答えはある意味予想通りだった。
「『ふーん』だって。それから『それ自体は止めないが、責任は取るように』って」
「だからしてないっての」
「(お母さんというよりお父さんっぽい感じなのかな?)」
やっぱり先輩に興味が薄いようで、彼女を連れてこいという展開にはならなかった。そこはホッとできたのだけども、先輩のお母さんにもやってると思われているのが複雑だ。
「そもそもお兄ちゃん」
「なんだよ」
「いろは先輩と付き合いだしたのがバレンタインなんでしょ? なんでまだ何もしてないの」
「何もしてないのに怒られるとは思わなかった」
先輩の「仕事じゃないんだから」という言外の言葉を私はしっかりと聞いた気がする。そもそもこういうのは彼氏彼女のタイミングというものに起因するので、周りがとやかく言うことではないというのが先輩の本音なのだろう。それに関しては私も同意する。
だが小町さんは先輩のお母さんが言うように、少しくらいは何かしてくれてもいいんじゃないかという考えもあるので、私は口を挿まずに黙っているのだ。
「ただでさえ本気なのかと疑ってるんだから、キスくらいしててくれないと小町だって安心できないんだよ」
「なんで小町を安心させるためにキスしなきゃいけないんだ」
「いろは先輩だって、お兄ちゃんからキスしてくれれば安心できますよね? 結衣さんや雪乃さんにふらつくことなく、自分が愛されてるって言いきれますよね」
「なんでそこで由比ヶ浜と雪ノ下が出てくるんだよ」
先輩からしてみたら意外な名前だったのかもしれないけど、私や小町さんからしてみたら妥当な名前だ。あの二人がライバルだと思っていたからだ。
「お兄ちゃんだって分かってるんでしょ? 結衣さんも雪乃さんも本当にお兄ちゃんのことが――」
「小町」
「っ!」
先輩が少し強めに小町さんの名前を呼ぶと、小町さんは肩を跳ねさせて黙った。それほど強めではなかったのに、有無を言わせぬ威力があったからだろう。
「俺は由比ヶ浜でもなく雪ノ下でもなくいろはを選んだんだ。今更あいつらの名前を出していろはを不安にさせるんじゃない」
「う、うん……」
「いろはもあまり気にするなよ。俺はお前のことが好きだからお前を選んだんだ」
「はい」
先輩に言い切ってもらえて嬉しいけど、面と向かって言われるとなんだか恥ずかしい。それも小町さんの前というのだからより恥ずかしい。
「ま、まぁお兄ちゃんといろは先輩がラブラブなのは分かったよ」
「そういうんじゃねぇけどな。小町も分かってくれたならそれでいい」
「いろは先輩もお兄ちゃんの気持ちが分かって良かったですね」
「う、うん」
顔が熱くて今すぐ逃げ出したいけど、ここで逃げたら私が先輩への想いが疑われちゃうんではないかと思って動けない。もちろん私の想いは本物で、先輩も疑っていないだろう。
「いろは」
「は、はい」
「誕生日おめでとう」
そう言いながら先輩が差し出してきた小箱を受け取り箱を開けると、指輪が入っていた。
「これってピンキーリング?」
「小町は薬指のにしろって言ってたけどな」
「まぁ、お兄ちゃんにしては頑張った方だけどね」
「ありがとうございます」
いそいそと小指に指輪をはめてじっくりと眺める。この間ペンダントを貰った時よりも感動が大きい。
「とりあえず小町のお遣いはこれで終了だから、お兄ちゃんのご飯を頂くとするよ。それにしてもお兄ちゃん、演技上手すぎ」
「え、演技?」
「いろは先輩に対する想いをちゃんと伝えるために二人の名前を出しただけなのに、あんなにプレッシャーをかけてくるんだから」
「半分は本気だったからな」
先輩の本気を受けて、私はもっと先輩に応えたいと思ったのだった。だがその想いにどうやって応えればいいのかが分からない。
「いろは? どうかしたのか?」
「な、何でもないですよ」
先輩だけでなく小町さんにまで不審がられてしまったが、いつも通りの笑みで誤魔化したのだった。
八幡のプレッシャーは凄そう