やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
小町さんと同じベッドで寝ていたからかどうかは分からないけど、いつもより早い時間に目が覚めた。この時間ならまだ先輩も寝ているかと思ったが、先輩は既に起きて朝食の準備をしている。
「おはようございます」
「おはよう。早いな」
「私より先に起きている先輩に言われたくないです」
せっかく先輩の寝顔が拝めるかもと少し期待していた私は、ちょっと拗ねた感じで先輩から視線を逸らす。何時もなら「あざとい」と言われて終わりだっただろうが、先輩は私の頭を撫でて調理に戻る。
「な、なんですか!?」
「いや、少し落ち込んだ顔をしてたから」
最近になって分かってきたけど、先輩は相手の表情をよく見ている。私が素で落ち込んでいるのとキャラ付けで落ち込んでいる時の違いをちゃんと見分けてくるし、それ以外の場面でもそう言ったことがある。
「先輩って私のことあざといって言いますけど、先輩だって大概だと思うんですよね」
「なんだいきなり」
「だって本気で落ち込んでいる時に優しくされたら、もっと先輩のことを好きになっちゃうじゃないですか」
「それが何か困るのか?」
「困りはしませんけど、今のままじゃ満足できなくなっちゃうかもしれません」
昨日の夜小町さんと話したからではないけど、私だって今のままで満足なわけではない。中学生の付き合いたてのカップルではなく私たちは大学生の恋人同士。今以上があってもおかしくない年齢なのに、未だに踏み込んだ関係にはなっていない。
そりゃ私も先輩も初めての彼氏彼女なわけですから、お互いに経験値ゼロなのでゆっくりなのは仕方がないのかもしれないけど、それにしたって付き合って二ヵ月、半同棲状態なのに何もしてこないのは私に対して失礼ではないかと思い始めている。
そんなことを考えていると、先輩が少し恥ずかしそうに視線を逸らしながら何かを考えている表情をしている。一体何を考えているというのだろうか。
「いろはは、もう少し恋人っぽいことをしたいと思うのか?」
「無理にしたいとは思いませんけど、たまにもうちょっといいんじゃないかなとは思ったりします。もちろん、無理矢理とかは嫌ですけど」
ただでさえ男性恐怖症な私だ。これで先輩に無理矢理迫られて新たなトラウマが出来てしまったら、しばらく外出が出来なくなるだけではなく、この部屋から引っ越さなければいけなくなるだろう。
そうなると引越しの理由を両親に説明しなければいけなくなり、下手をすればお父さんが先輩の部屋に殴り込みにくる――なんて未来が容易に想像できてしまう。まぁ、お父さんにはまだ付き合っている人がいるとは言ってないけど。
「先輩は私とそう言ったことをしたいとか思ったりしないんですか? それとも、私にはそう思わせるだけの魅力がありませんか?」
ずっと抱えている不安。先輩の側には沢山の女性がいる。その中には私よりも魅力的な女性だっているだろう。例を挙げるならば、結衣先輩とか。
高校時代から結衣先輩や雪乃先輩と一緒の時間が多かった先輩が、私のどこに魅力を感じているのかなんて、私には分からない。先輩が私を選んでくれた時は嬉しかったけども、改めて考えると私の何処を気に入ってくれたのかが分からない。
「心配しなくても、いろはは十分に魅力的だ。だが俺にその覚悟がないからな」
「覚悟、ですか?」
一体何の覚悟だというのだろうか? 今のご時世覚悟なくそう言った関係になって問題になったりする若者が少なくないというのに。
「いろはのこれからを俺が貰ってもいいのだろうかという疑問が、な」
「そこまで深く考えなくても良いんじゃないの?」
「なっ!?」
先輩の答えに私ではない第三者が答え、私は慌ててそちらに振り替える。先輩も驚いた表情でその人を見つめている。
「お兄ちゃんがそこまで考えているなんて思ってもみなかったけども、いろは先輩はお兄ちゃんに手を出してもらいたいって思ってるんだから、そこで尻込みするなんて男らしくないと思わないわけ?」
「べ、別に手を出してもらいたいって思ってるわけじゃ……」
「思ってないんですか?」
「思ってない――こともないです」
第三者――小町さんからの質問に、私は蚊の鳴くような声で答える。さすがに声高に答えられるほど経験がないのだ。
「そういうわけだからお兄ちゃん、覚悟とかなんとか言ってないで、そろそろいろは先輩とそういうことをしても良いんじゃないかな? そうだな……例えば一緒にお風呂に入るとか、一緒のベッドで寝るとかなら、そこまで身構える必要もないんじゃないの?」
「随分なことを言っているが、小町は自分がそう言った場面に遭遇したらどうなると思う?」
「小町が?」
先輩からの問に、小町さんは少し考え込んでから顔を赤らめる。恐らく自分がそう言った場面になったら勇気が出せないと分かったからだろう。
「こ、小町のことは兎に角として、お兄ちゃんといろは先輩はもう少し進んでもいいと思うよ。てか、進まなきゃダメな気がするよ。結衣さんの為にも」
結衣先輩が未だに先輩のことを引きづっていることは小町さんも当然知っているし、私や先輩だって知っている。だから私たちが未だに友達以上みたいな関係を続けていると結衣先輩に吹っ切るきっかけを与えられないのだろう。
もちろん結衣先輩は良い人なので、私から先輩を奪おうだとか、私に嫌がらせをして先輩から遠ざけるなどのことはしてこない。そこは安心なのだけども、やはり結衣先輩の為にも何とかしなければいけないのかもしれない。
「と、とりあえずそういうことで。お兄ちゃん、朝ごはんちょうだい」
「やれやれ……」
小町さんの登場でなんだかうやむやになった気もするけど、先輩が私に魅力を感じてくれていることだけは分かった。今はそれだけで十分だと思っておこう。
小町さんと一緒に大学に向かうと、背後から大きな声を掛けられた。
「小町ちゃーん、いろはちゃーん!」
「結衣さん!」
私は大声で名前を呼ばれて恥ずかしいと思ったのだけど、小町さんは結衣先輩と同じノリで呼び返して手を振っている。この場合、私がおかしいのだろうか?
「おはよう。二人で一緒に来たんだね」
「今日は私もいろは先輩も一限目から入ってますから」
「そういうことじゃなくて、二人が一緒にいるのって珍しい気がしたから」
「昨日は兄の部屋に泊まりましたから」
小町さんからしてみれば隠すことでもないのだろうけども、私は思わず肩を跳ねさせる。朝にあんな話をしたからではないが、結衣先輩に申し訳ないと思ってしまう。
「そうなんだー。私もお泊りとかしたいなー。今度小町ちゃん、遊びに来ない?」
「良いですね! あっ、でも結衣先輩の部屋って大丈夫なんですか?」
「失礼だし! 人を招けるくらいには綺麗にしてるから!」
「あんまり大声で言うようなことじゃないとは思うんですけどねー。まぁ、楽しみにしてますね」
「いろはちゃんも来る?」
蚊帳の外を決め込んでいた私に、結衣先輩が無邪気に尋ねてくる。この人はどこまでも良い人なんだろうな。
「お誘いは嬉しいんですけど、結衣先輩の部屋に三人で寝られるスペースがあるとは思えないんですけど」
「いろはちゃんも失礼だし! 片付ければそれくらい作れるし!」
「つまり、現状では不可能だと?」
「そ、そんなことないもん」
何故だろう。結衣先輩が子犬のように見えてしまう……
「と、とりあえず結衣先輩の方で準備が出来たら誘ってください。予定が合えば私もお邪魔させていただきますから」
「ほんとっ! じゃあ準備しておくね」
もし結衣先輩に尻尾があれば、思いっきりブンブン振ってるんだろうな……そんなことを思っていると小町さんがニヤニヤしながらこちらを見ている。
「何ですか?」
「恋敵をイジメて面白いですか?」
「な、何をいきなり……」
「だって今のいろは先輩。高校時代に兄が結衣さんにしていたような弄り方をしていたので、彼氏の影響を見せつけているのかと思いましたよ」
「確かに。ちょっとヒッキーっぽかったかも」
先輩が結衣先輩にどんな風に接していたかは詳しく知らないけど、こんな感じだったのか……もしかしたら先輩も、結衣先輩を弄って楽しんでいたのだろうか。
「だから結衣さんも少し嬉しそうだったんですね」
「よ、喜んでないし!?」
「結衣先輩……」
結衣先輩がマゾだろうとなんだろうと関係ないけど、少し付き合い方を改めた方が良いんじゃないかと思った瞬間だった。
女子会回も近い……のか?