やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
それぞれ講義を終わらせて、私たち三人は食堂に集まっている。朝に別れてから小町さんからそれぞれにメッセージが送られていたようで、結衣先輩も私が現れたことに特に驚きを見せることはしない。
そもそも私と結衣先輩は大学内ではニコイチみたいな感じで見られているので、私たちが一緒に行動していたとしても不思議には見られない。そこに小町さんが加わって初めはどういう関係なのかと思われていたが、今では気にした様子もなさそうだ。まだ入学して全然経っていないのに……
「(小町さんのコミュニケーション能力というわけなんでしょうね)」
中学時代の事は先輩から聞いている程度しか知らないけど、高校時代の小町さんの人間関係構築速度はすさまじいものがあった。学年が違う相手だろうと遠慮なく話しかけ、すぐに打ち解けていた。もちろん最低限の礼儀はわきまえているので、いきなり馴れ馴れしいということはなく、それでいて数日後には数年来の友人のような関係まで発展しているのだ。
「いろは先輩、こっちでーす」
「私が一番最後だったんですね」
「私たちも来てそれほど経っていませんから」
小町さんの返答に結衣先輩も笑顔で頷く。未だにこの人ではなく私が選ばれたのが不思議で仕方がないのだけども、だからと言って結衣先輩に先輩を譲るつもりは起きない。
「それで、何故呼ばれたんですか?」
「何故って、結衣さんの部屋にお泊りする日程を決めようと思いまして」
「あれって本気だったんですね」
私としては半分くらいは社交辞令のつもりだったのだが、小町さんや結衣先輩の中では決定事項になっていたようだ。まぁ、ここ最近先輩としか過ごしていないので、別の人と過ごすのも悪くはないのかもしれないけど、少しは進展させたいと考えていた時にこのお誘いだ。少し面倒だと思ってしまっても仕方がないだろう。
もちろん、そんなことは言葉にすることもなければ、顔に出すこともないので小町さんや結衣先輩に私が半分嫌がっているということは気づかれていない。
「小町としては結衣さんといろは先輩に兄の何処がいいのかじっくり聞きたいところでしたから。雪乃さんもですけど、兄の何処が良くて三人で取り合っていたのか不思議でしかないんですよー。もちろん、お兄ちゃんが優しくて他人を気遣える人だということは分かってますけど、ゴミいちゃんの面を色濃く見ていた小町としては、何処に惹かれたのか興味津々なのです。なのでお兄ちゃんが居なくてかつ人の耳を気にしなくてもいい場所でじっくりお話したいのです。いろは先輩の部屋では兄に聞かれる可能性もありますので、結衣さんの部屋でのお泊りはまさにうってつけなのです」
「そんな理由でお泊りしたかったの!?」
「あっ、純粋にお泊りしたかったというのもありますからご安心を」
お泊り会を切望している理由を聞かされ、結衣先輩が驚く。私だって驚いたけども、結衣先輩のように表面に出すことはしていない――というか、感情が追い付いていない。
「だってゴミいちゃんですよ? 雪乃さんのように美人だったり、結衣さんみたいに天真爛漫で友達が多い人だったり、いろは先輩のように選び放題の人から好かれる要素って何なのかなーって。それ以外にも沙希さんとかもお兄ちゃんのことを気にしてましたし。身内には分からない何かがあるのは確かなんだろうなーとしか分からないので」
「いやいや、小町ちゃんだって十分ヒッキーのこと好きでしょ?」
「そりゃ好きですよ。家族ですから」
「そういう意味じゃなくて、小町ちゃんの中でヒッキーが基準になってたりするんじゃないの?」
結衣先輩の疑問は、私も思っていたものだ。先輩がシスコンなのは周知の事実だし、本人も公言していることだから今更だが、小町さんの方もブラコンなのだ。だがこれは小町さん自身が否定しているのだが、説得力がないと感じているのは私だけではないだろう。
そしてそのブラコンの度合いが、普通のブラコンとは違うのだ。例えば川崎先輩のブラコンはまだ家族思いの範疇で収まる。だが小町さんのそれは、家族思いという言葉で片付けられない部分が多々見られるのだ。
例えば高校時代。それなりにカッコよく成績がいい、それでいてそれを鼻にかけていない男子に小町さんが告白された。だが小町さんの答えはNO。詳しい理由は分からないけども、人伝に聞いた限りでは先輩に劣っているような気がしたかららしい。
どこがどう劣っているのかは分からないけども、小町さんの中で先輩が男性の基準になっていると思っていい事案だろう。
「どうですかねー。兄がそれなりに凄い人だということは小町も理解してますし、高校二年の時のようなゴミいちゃんから進化したからそれなりに評価が高くなってるのは事実です。でもそれイコール男性としての基準なのかどうかは分かりませんね」
「いやいや、ヒッキーが基準になってるって」
「そうなんですかね? 結衣さんやいろは先輩の中なら理解できますけど、小町はお兄ちゃんの妹ですよ? 異性として見てるわけないじゃないですか」
「そうなのかな……」
結衣先輩が小町さんにやんわりと撃退され、その後はその話題に触れることなくお泊りの日程だけ決めて解散となった。
帰宅後、私は少しもやもやしたので先輩を訪ねる。部屋に鍵はかかっていたが合鍵でそんなものは簡単に突破できる。
「先輩、ちょっといいですかー?」
「お前はまた……」
部屋に先輩がいることは分かっていたので確認もせず入ってきた私に、先輩は頭を抑えながらも追い返すことはしない。このやり取りが結構行われているから、今更口で言っても無駄だと学習してくれたようだ。
「それで何の用だ」
「先輩ってシスコンじゃないですか」
「いきなりだな」
ここで否定しないのがこの人だ。普通の人間なら否定するところなんだろうけども、この人はむしろ誇らしげな表情をするのだ。
「それで小町さんもブラコンなんじゃないかって話を今日してたんですよ」
「お前ら、大学でなんて話をしてるんだ」
「私じゃなくて結衣先輩が言いだしたんですからね?」
「由比ヶ浜が?」
先輩は意外そうに結衣先輩の名前を出したけども、むしろ小町さんをブラコンだと疑っていない人の方が少ないだろう。
「小町さんは否定してたんですけど、小町さんの中で男性の基準が先輩になってるんじゃないかと思いまして」
「家族が基準になることなんてあるのか?」
「先輩だって、小町さんが基準になったりはしませんでしたか?」
「そりゃ小町は可愛いし料理上手だし魅力的な女子だとは思うけど、異性の基準にはならないだろ。小町は唯一無二の存在で、小町と同じような他人がいるとは思ってないからな」
「うわぁ……言い切ったよこの人」
仮にも彼女の前で他の女子を褒めるとかどうかしてる――と普通の彼女なら憤慨するところなのでしょうけども、先輩のこれは付き合う前からなので今更嫉妬するだけ無駄なのだ。
「だから小町の中の俺がどういう評価なのかは分からないが、それイコール男性としての基準になってるとは思わないんだが」
「そういうものなんですかね? 私は兄弟がいるわけじゃないので分からないですけど、異性のきょうだいがいる人ってそれが普通なんですか?」
「川なんとかさんだって、大志のことを異性として見てたわけじゃないだろ?」
「川なんとかさんって……川崎先輩ですよね?」
「そう。だからいろはが思ってるようなことはないと思うぞ」
「イマイチ納得できないんですよね……」
先輩が小町さんのことを異性として意識しているということは疑ったことないけど、小町さんの方が先輩のことを異性として意識してるんじゃないかという節が多々見られる。もちろん血縁ということで「そういうこと」をしたいとか、そういった類の意識じゃないんだろうけど、それでも心配はぬぐえないのだ。
「考えすぎだと思うぞ。それじゃあ、俺は出かけるからいろはも部屋に帰れ」
「このままお留守番してまーす」
「またかよ……」
先輩はバイトに出かけてしまったが、このまま自分の部屋に戻ってモヤモヤするつもりはなかったので、私は先輩の部屋で一人考え込むのだった。
八幡が基準だとなかなか厳しいんじゃないかと……