やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
小町さんの追及を何とか避けるために、私は他の話題はないか必死に思考を巡らせる。そもそも他人が自分の彼氏を好きになった瞬間など聞きたくないし、私のきっかけを誰かに話すつもりもない。
だがこうなった小町さんはなかなかしつこく、何度話題を変えようとしても結局は元の話題に戻ってしまうのだ。こんなことなら、先輩に小町さんの扱い方をしっかりと聞いておくんだった。
「いい加減観念してくださいよ。小町はお二人が兄を好きになったきっかけを聞くまで眠りませんから」
「そんなこと言われても、思い出は大事にしまっておきたいし」
「結衣さんはもう失恋したんですよ? 何時までも大事にしていたい気持ちは分からなくもないですが、それに固執してたら前に進めないんじゃないですか?」
「そ、そんなことないし!」
確かに結衣先輩は既に失恋した身。過去の思い出を話したところで問題はないと考えても不思議ではない。だがもう少し言い方というものがあるのではないだろうか。
小町さんは失恋したことがないから分からないのかもしれないけど、私だって葉山先輩のことを話せと言われて簡単に話せるかと言われれば無理だろう。それくらい失恋というのは心に負うダメージが大きいのだ。たとえそれが、仮初の恋だったとしてもだ。
私の仮初の恋ですら難しいのだから、結衣先輩の本気の恋の思い出を人に話すのは相当難しいことだと、恋愛を経験している私には分かる。だが小町さんにはそう言った思い出がないのだろう。
「小町さんは誰かに恋したことないんですか?」
「小町ですか? んー、今のところはないですねー。大志君も結局はお友達で終わりましたし、小町的には無しの部類だったので良いんですけど」
「随分辛辣なことを……」
別に本人に聞かせるわけでもないので良いのかもしれないが、多かれ少なかれ川崎先輩の弟さんは小町さんに特別な感情を抱いていただろうに……恐らく告白したとしても、けんもほろろに断られたんだろうな。
「そもそも小町ちゃんってどんな男性がタイプなの?」
「タイプですか? そう聞かれて考えると分からないですね……兄があんなでしたし、戸塚さんとかは良いかもとは思いますけど、小町が戸塚さんと付き合うとお兄ちゃんが五月蠅そうですし」
「あー、ヒッキー彩ちゃんのこと大好きだもんね」
「もしかしたら、彼女の私よりも上かもしれませんし」
先輩の中で一番上なのは小町さんだろう。そこは恐らく揺るがないだろうし、私もそこを目指そうとは思わない。思っても届かないだろうから。
だから先輩の中で二番目を目指そうと思っているのだが、その二番目の相手が厄介だ。私から見ても戸塚先輩は可愛らしいし、下手な女性よりも魅力的に見えてもおかしくはない。しかも先輩のことをよく理解しているからなおさらである。
最近は私に遠慮しているのか先輩の部屋に集まることはないけども、もし私が長期先輩の側を離れることになったら、戸塚先輩を部屋に呼ぶかもしれない。いや、先輩と戸塚先輩は同姓だから気にしなくてもいいのかもしれないけど、万が一がありそうで怖いのだ。
「そんなわけでして、小町はお二人の恋愛観に興味津々なのです」
「好きになるきっかけなんて些細な事だし、具体的に話してと言われても難しいよ」
「結衣さんの場合は、やっぱり身を挺して飼い犬を助けてもらったことですかね?」
「なんですか、その話?」
「あれ? いろはちゃんは知らないんだっけ?」
「たぶん聞いてないと思います」
そもそも最初の頃は先輩になど興味なかったので、聞いていたとしても聞き流していたのかもしれない。だが今となってはものすごく興味を惹かれる話題だ。あの先輩が身を挺して犬を庇った? いったいどういう状況だったのだろう。
「あれは兄たちの入学式当日。珍しく早く出かけた兄は、サブレの散歩中だった結衣さんと、車で通学中だった雪乃さんと同じタイミングでその場所に居合わせ、飛び出したサブレが雪乃さんの車に轢かれそうになったのを庇って、代わりに轢かれたんですよ。そのせいで一ヶ月ほど高校生活スタートが遅れて、ただでさえボッチ気質だったのに、すでに完成されつつある人間関係に割って入る度胸もなく完全なるボッチになってしまったのです」
「でも先輩って雪乃先輩のことも、結衣先輩のことも二年になってから知り合ったとか言ってましたよ?」
そんなことがあったのなら、一年の時に知り合っていたとしても不思議ではない。結衣先輩は兎も角として、雪乃先輩は先輩の病室に謝罪に向かうべきだと思うし。
「諸々のことは両親が対応してましたし、雪ノ下家も顧問弁護士が来てましたからねー。結衣先輩はクッキーを持ってきてくれましたけど、その時はまだ兄は入院中でしたし」
「そうだったんですね」
そう考えると、奉仕部というのは中々に皮肉な集まりだったのだろう。事故の加害者と被害者、そして事故の原因を作った者の三人で活動していたのだから。部外者の私が言うのは違うのかもしれないが、そんな状況を作り出せた平塚先生はいったい何を考えていたのだろうか。
「そのせいかどうかは分かりませんけど、兄って結衣先輩の家のサブレにやたらと懐かれてるんですよね」
「確かに。私やママが居ても、ヒッキーに遊んでもらおうとしてたし」
「カマクラもなんだかんだでお兄ちゃんに懐いてましたしねー。人に好かれない代わりに動物に好かれるのかもとか考えた時もありましたけど、意外と人気でビックリしましたもん」
「やり方は兎も角として、先輩は問題に直面しても逃げませんでしたからね」
ある方面から見たら逃げていたのかもしれないけど、何もせず人任せにしていた葉山先輩や、口だけでいざという時に何もできなかった雪乃先輩よりかはしっかりと向き合っていただろう。まぁ、本当にやり方は褒められたものではないのだが。
私の時だって最初に提案されたのが推薦人として自分が壇上に上がり、スピーチを失敗して不信任にさせるという方法。確かに私にはダメージは少ないが、それを実行したら先輩の高校生活はあの時以上にボッチになっていただろう。
その次に提案されたのが、私を担ぎ上げるだけ担ぎ上げて放置した相手を見返してやる方法。結果としてもしかしたら先輩に乗せられたのかもしれないけど、私は自分を馬鹿にしていた相手を見返すという、一番スカッとする方法で問題を解決できた。そのせいで二期連続で生徒会長を務めることになったけど。
それが原因で私は先輩という人に興味を持った。興味を持ったから必要以上に問題事を奉仕部に持ち込み、なんだかんだ言って先輩を生徒会業務に引っ張っていた。先輩では頼りにならないと言いつつ、一番頼りにしていたから。
「まぁ、結衣さんがお兄ちゃんを好きになった理由はなんとなく察せますけど、いろは先輩はいったい何時なのか皆目見当もつかないんですよね。そもそも小町のお義姉ちゃん候補の中に、いろは先輩は全く入っていなかったわけですし」
「何です、そのお義姉ちゃん候補というのは」
「兄を押し付け――じゃなかった。任せられる相手のことですよ。高校時代の兄はあんなでしたから、上から引っ張り上げるか下から押し上げることができる人じゃないとと思っていたんですけどね」
「何言ってるんですか?」
確かプロムの準備の時にも似たようなことを聞いたことがあったと思うけど、確かその時は私のことを「くず」だとか言ってたような……いや、正確には「同じくず同士」だったか。とにかく小町さんの中での私の評価はそんなものだったのだ。
「それなのに雪乃さんや結衣さん、沙希さんを差し置いていろは先輩が兄の彼女になったのが驚きですよ。お兄ちゃんがいろはさんの何処に惹かれたのかも気になりますけど、聞き出しやすいのはいろは先輩の方でしょうから」
「人のこと散々言ってますけど、小町さんも十分『くず』ですよね」
「そりゃ、お兄ちゃんの妹ですから」
自信満々に言い切られても困ってしまうのだが、その一言で納得してしまうのは何故だろう。仮にも彼氏だというのに、あの人がくずだということに反論できないのは、それだけ先輩の卑怯な一面を見てきたからだろうか。それとも、小町さんが言うように、私も同類だから分かるのだろうか。
開き直る小町