やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩の家での食事の時間は、あっという間に過ぎてしまい、そろそろお暇しようかという流れになってきてるが、ここで私は一つどうにかしなければいけないことを思い出す。そう、結衣先輩にはまだ、私の部屋が先輩の隣だと知られたくないのだ。
何時までも隠していられるとは思っていないけども、今知られたら色々とメンドクサイことになる。具体的には、結衣先輩がほぼほぼ毎日私の部屋に入り浸るとか、そんな感じに。
「それじゃあ八幡、僕たちはそろそろ帰るよ」
「あぁ、またな」
既に戸塚先輩が別れのあいさつを交わし、結衣先輩もそれに倣って挨拶をしながら手を振っている。
「ヒッキー、また遊ぼうねー」
「そうだな……考えておく」
「絶対だよ!」
先輩としては社交辞令だったのだろうけども、結衣先輩はそんなことに気づけるはずもなく、先輩が本気で考えてくれると思ったらしい。相変わらずと言うか何と言うか……この辺りは結衣先輩らしいと言えるのだろう。
「あっ、さすがに片づけを先輩一人に押し付けるのは失礼ですので、私は手伝っていきますね」
「は? 別に気にしなくても――」
「こればっかりは女の沽券にかかわりますので」
「お、おぅ……」
物凄い剣幕で詰め寄ったお陰で、先輩はうまい具合に気圧されてくれた。さすがに調理から片付けまですべて男性である先輩にやらせたとなれば、女としての沽券にかかわるという脅しは効果的だったようだ。まぁ、今時女性が家事をやらなければならないなど、時代錯誤な考え方をしていないから、先輩に任せっきりでもなんとも思わないのですが。
「それじゃあ私も手伝うし」
「結衣先輩は家事が苦手ですし、今日のところは私一人で大丈夫ですよ」
「片付けくらいできるし! ま、まぁ、いろはちゃんがそう言うなら、今日はお願いするけどさ」
この反応、結衣先輩は片付けも苦手らしい。そう言えばさっき、部屋も散らかってるようなことを話してたし、仕方ないのかもしれないですね。
「それじゃあ一色さん、僕たちは先に帰るね」
「はい、また今度です、戸塚先輩」
「うん、またね」
相変わらずの可愛らしい笑顔を向けられ、ちょっとぐらっときてしまいましたが、これで戸塚先輩と結衣先輩を先輩の家から遠ざけることに成功したようですね。
「それじゃあ、さっさと片付けるか」
「はい、頑張ってくださいね」
「は? お前も手伝うんじゃなかったのか?」
「あれは私がこの部屋に留まる口実ですよー。まさか、本気で私が手伝う為に残ったと思ってたんですか?」
「留まるって……何の為に」
「そりゃもちろん、結衣先輩に私の部屋を知られない為ですよ」
私がはっきりと言い放つと、先輩はポカンとした表情で固まった。恐らく何でそんなことをしなきゃいけないんだとでも思ってるのでしょう。
「あっ先輩、食後のお茶をください」
「自分の部屋に戻って飲めばいいだろ、そんなの」
「だってまだ結衣先輩がいるかもしれないですし、今部屋を出るのは得策ではないんですよ。こんなに可愛い女の子がお願いしてるんですから、淹れてくれてもいいじゃないですか」
「はいはい、可愛い可愛い」
「全然心が篭ってないじゃないですかー」
高校時代にも何度かこんなやり取りはした覚えがあるが、先輩の答えは何時も心が篭っていない。これが他の男子なら簡単に手玉に取れたというのに……
例の合コンから一週間以上が過ぎ、私は普通に講義に出たり、サークルの見学をしたりと忙しかった。だいたいは結衣先輩と一緒だったけども、他の友達もできたりしたので会話内容が偏ることもなく平穏な日々を過ごしていた。
「それじゃあ、私こっちですので」
「そっか。じゃあね、一色さん」
「ばいばい、いろはちゃん」
新しい友達と結衣先輩は同じ方向なので私と別れて会話を続けていく。一人になった私はスマホを片手にバイト情報を探しながら近くのベンチに腰を下ろす。間違っても歩きスマホなどして、誰かにぶつかったら面倒だから。
「あんまりいい条件のバイトは無さそうだなぁ」
この間先輩に冗談で言ったけども、本当に先輩のバイト先に面接に行こうかな。そうすればバイトの時間も先輩と一緒に――っと。私は何を考えているのだ。バイトをしたいのは純粋にお金が必要だからで、先輩と一緒にいたいからではない。
「(……本当に?)」
自分に問いかけるが、答えなど決まっている。もし本心から先輩と一緒にいたいわけではないと言い切れるのなら、そもそも自問自答などしないだろう。
「はぁ……」
スマホから目を離し視線を前に向けると、見覚えのある髪型の男性が、中学生らしき女の子と何かを話しているのが見えた。男性の方はある程度の距離を保った感じだが、女子中学生の方はぐいぐいと近づいている。
「(なんだか面白そうですね)」
私はこっそりと二人に近づき、何の話をしているのか聞きたくなった。だが私が二人の会話を聞ける距離に近づく前に、二人の会話は終了し、男性の方にバッチリ私の姿を見られてしまった。
「何やってるんだ、お前」
「えっと……こんにちは」
「えっ、先生の彼女さんとかですか?」
「先生?」
何故先輩が先生と呼ばれているのか理解できずに、私は間抜け面で首を傾げる。
「比企谷先生に勉強を見てもらってるんです」
「あっ、家庭教師をしてるとか言ってましたね」
「それで、貴女は先生の彼女さんなんですか?」
そういうことに興味津々なお年頃なのだろう。先輩の教え子はぐいぐいと私に近づいてくる。これは先輩に気があってそういう行動をしていたのではなく、単純にこの子の癖なのだろう。
「比企谷さんとお付き合いさせてもらってます、一色いろはって言います」
「きゃー! 先生、こんな可愛らしい彼女さんが居たなら教えてくださいよ」
「違う。こいつは高校時代の後輩だ」
「そんな、照れなくてもいいのにー」
「そうですよ先輩。この間部屋で二人きりになったばっかりなのに」
「えっ、それって……」
私と教え子の連携で先輩に詰め寄る。先輩は頭を抱えながら教え子には軽く、私には結構強めのチョップを喰らわせてきた。
「なにするんですかー!」
「多感な年頃の女子に邪推されるようなことを言うなよな。お前は単純に戸塚と由比ヶ浜が帰った後も三十分くらい居座っただけだろ。本当に何もしないでお茶だけ飲みやがって」
「もうちょっと付き合ってくれてもいいじゃないですかー」
「えっと、つまり先生と一色さんは本当にただの先輩後輩の間柄なんですか?」
「今はそうですけど、私をこんな風にした責任を取ってもらおうとは思ってるんですけどねー」
「人聞きの悪いことを言うな。だいたいお前を生徒会長にした責任は、とっくに果たしただろ」
「……それだけじゃないですけどね」
「「?」」
先輩と教え子さんには聞こえないように呟いたので、二人は揃って首を傾げる。
「というか、先輩のようなひねくれた人が、こんなに純真な女子中学生に勉強を教えてるなんて、信じられません」
「確かに先生はひねくれていますけど、教え方は上手ですよ。お陰で成績も上がってお母さんに褒められましたし」
「本当ですかー? 先輩、高校時代は平均くらいだったのに」
「さすがエリート大学の法学部に通ってるだけのことはあるってお父さんも言ってましたし」
「そのエリート大学って止めてくれない? 自慢してるみたいで嫌なんだけど」
「先生が自分で言ってたら自慢になるでしょうけども、私たちが言ってる分には尊敬の念ですよ。あっ、それじゃあ先生、私はここで失礼します」
可愛らしく一礼してから、教え子さんは走っていってしまい、私と先輩だけが残される。先輩は特に気にした様子は無いが、私はさっき冗談でも先輩の彼女を名乗ったのだ。
「というか、お前はここで何してたんだ?」
「別に何もしてませんでしたよ。ボーっとバイトを探していたら、見覚えのある髪型の人が見えたので近づいただけです」
「何故近づいた?」
「だって、先輩が女子中学生を誘拐しようとしてると思って」
「そんなことするわけねぇだろうが。お前の中の俺はどんな奴なんだよ……」
「純粋無垢だった女子高生を悪の道に導いた最悪の先輩です」
「誰が純粋無垢だって? 俺と会う前からお前の腹の中は真っ黒だったろうが」
「なんですとー!」
確かに自分でも腹が黒いという自覚はあるけども、先輩に言われると何故かカチンときた。そもそも先輩以外には私が腹黒だと思われたことが無いということが原因なのだろうか。
「だいたい先輩ももう少しのってくれても良かったじゃないですか」
「教え子に嘘を教えるのは間違ってるだろ」
「変なところで真面目ですよね、先輩って」
この後は互いに予定も無かったので、同じ家路についた。傍から見ていたらカップルが同棲先に帰ってるようにも見えたのだろうが、ただ単に部屋が隣なだけという事実が、私の中で小さくない痛みを生んだ。
いろは程度の腹黒なら可愛いモノですけど