やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
思いがけない形で先輩と会えたのが嬉しくて、私は食事中ずっと先輩のことを見つめて入る――なんてことはなく、先輩の正面は小町さんが、先輩の隣は戸塚先輩が座ってしまったため、私は小町さんの隣に腰を下ろしている。
「休日に外に出かけるようになったなんて、小町はお兄ちゃんの成長に感動しているよ」
「お前はいつの話をしてるんだよ……」
「だって、高校時代のお兄ちゃんは、休日は家でゲームしてるかアニメ見てるか、それか本読んでるかのどれかだったでしょ?」
「甘いな。本を買いに出かけていたこともあるぞ」
「そんなことで威張らないでよ」
兄妹の会話に割って入れるほど、私と先輩の付き合いは長くはない。というか、小町さんも私が先輩の彼女だって分かってるんだから、少しは私に先輩を譲ってくれても良いんじゃないだろうか。
「八幡、三年になってからは僕の練習に付き合ってくれてたりもしてたから、割と休日も学校に来てたよね」
「まぁ、戸塚に頼まれたからな」
「そのついでに私の手伝いもしてもらってましたね」
「そういえばお兄ちゃん、一時期帰りが遅かったもんね。奉仕部じゃなかったんだ」
「お前は知ってただろうが。名ばかりとはいえ奉仕部員だったんだから」
小町さんが入部した時にはすでに、奉仕部は空中分解している状態だったらしい。まぁ、雪乃先輩が告白して先輩がそれを断った後も未練たらしくあの部室に集まっていたのだから、居心地が悪くても不思議ではない。
小町さんもその時のことを思いだしたのか、苦笑いを浮かべながら結衣先輩に視線を向けている。当事者の一人でもある結衣先輩も、困ったような顔をしている。
「だが八幡よ。我が誘っても全く付き合ってくれなかったではないか」
「お前のくだらない文章を読むために出かけるなんてありえねぇからな」
「はふん」
「相変わらず材木座君の扱いは酷いよね」
「こいつはこれでいいんだよ」
戸塚先輩も同情している風を装っているけど、本気で先輩に態度を改めさせるつもりはなさそう。だってそれ以上先輩に何かを言うこともないし、材木座先輩を気遣う様子もないから。
材木座先輩も材木座先輩で、戸塚先輩に必要以上に同情されないことを気にしている様子もないし、さっきから居心地が悪そうにそわそわしている。
「材木座、トイレでも我慢してるの?」
「違うわ! あまり付き合いのない女子と一緒なのが落ち着かないのだ」
「由比ヶ浜は同級生だし、一色とはそれなりに面識があるだろ。後小町とも」
「面識があっても付き合いはそれほどないからな」
この中で材木座先輩ともっとも付き合いがあるのは先輩で、その次は恐らく戸塚先輩だろう。二人とも同じ大学ということもあり、同性であるということが大きいだろう。
そもそも材木座先輩は異性との付き合いが苦手だということを先輩から聞いたことが――もっと言えば他人との付き合いが苦手とも言っていた――あるし、この状況は彼にとっては好ましくないのかもしれない。まぁ、だからと言って「帰って」と言えるほど薄情でもないですけど。元々は男三人でのお出かけだったはずですから。
「てか八幡よ」
「なんだよ」
「お主、本当に一色嬢と付き合っていたのだな」
「今更だな」
「いや、噂では聞いていたが、八幡本人から聞いたことがなかったからな」
「いや、そんなの報告する必要もないだろ」
先輩が誰かに言いふらすような性格ではないと、この場にいる全員が分かっているから良いですけど、私としたら少しくらいは自慢してほしいと思う気持ちがないわけではない。そりゃ、結衣先輩のように裏表なく可愛らしい彼女ではないかもしれないけど。
「でも八幡狙いの女性は減ってないよね」
「戸塚に全部移行するかとも思ってたんだがな」
「それは八幡が彼女いるオーラを出さないからであろう? 付き合っている相手がいると分かれば、少しくらいは減るのではないか?」
「お兄ちゃん、そんなに人気なんだ」
小町さんが意外そうに先輩の顔を見つめる。ここにいる女子三人だけで考えても、先輩が一番だと思っているのは二人いるのだから、それなりに人気が高いと分かりそうなものなのに……
先輩は先輩で、小町さんから人気者だと思われて嬉しいのか、いつもの嫌味節ではなく少し恥ずかしそうな声で否定している。
「(先輩も、小町さん相手だとあんなふうになるんだもんなぁ……私相手じゃあそこまで素をさらけ出してくれてない)」
小町さん相手に張り合うのが間違っているのかもしれないけども、今の私は先輩の彼女。先輩の中の異性で一番でありたいと思ってしまうのは仕方がないことだろう。
「(私は誰に言い訳してるんだろうか)」
自分自身にツッコミを入れて、私は先輩と小町さんの会話に割って入ることを決めた。このままではいつも通り空気で終わってしまう気がしたから。
「先輩、今度私が先輩の大学に遊びに行きましょうか?」
「はぁ? なんでそんなことを――」
「こんなに可愛らしい彼女がいるんだってところを見せつければ、先輩に言い寄ってくる相手も減るんじゃないですかね」
「だったら私も行こうかな。お兄ちゃんがどんなキャンパスライフを送ってるのか気になるし」
確かに先輩がどんなキャンパスライフを送ってるのか知らない。先輩が私の大学に来たことはあるけども、私が先輩の大学に行ったことはなかった。今更ながら、私って先輩のことをあまり知らないんだな……
「私もヒッキーのキャンパスライフ、気になるな」
「由比ヶ浜まで何を言い出すんだよ……法学部なんて基本的にボッチに決まってるだろ」
「それは八幡が人付き合いが苦手だからでしょ? 法学部にだって友達がいる人は沢山いるって」
「友達付き合いに夢中で勉強が疎かになってるだけだろ」
「まぁ、現段階で八幡が一番現役合格に近いって言われてるくらいだからな。高校時代の八幡を知る身としては、驚愕でしかない」
「ほっとけ」
どうやら先輩はエリート大学の法学部の中でもエリートのようで、現役合格が期待されているほどらしい。ほんと、隣で生活してるのに、彼女なのに先輩のことあんまり知らないんだな……
「お兄ちゃんが弁護士になったら、お父さんたちの会社が訴えられそうだね」
「そういうのは労働基準監督署の管轄だろうが。残業に休日出勤が当たり前の会社なんだから」
「そうなの? そういえば八幡のご両親って見たことなかったかも」
「見る必要ないだろ。息子の俺だってここ最近親父殿とお袋殿を見た記憶なんてないんだから」
「それはお兄ちゃんが帰ってこないからでしょ」
「二人から帰ってくるなって言われてるんだから仕方ないだろ。むしろ両親の言いつけをしっかりと守る良い息子であると言える」
それは小町さんの受験期間の話だったのではないかとも思いましたが、小町さんが苦い顔をしているのを見るに、今も帰ってこなくていいと言われているようだ。相変わらず先輩の扱いが雑なご両親ですね。
「先輩、そろそろ私のことをご両親に紹介してくださいよ」
「結婚するわけじゃないんだから、わざわざ両親に紹介する意味が分からん。むしろ結婚の時だって紹介しなくても別にいいんじゃないか?」
「それって、お兄ちゃんといろは先輩が結婚前提って感じに聞こえるよ」
「っ!」
小町さんのからかいに私は顔を真っ赤にしたけど、先輩は素面で小町さんを撃退している。私ばっかり意識してるようで恥ずかしいけども、それだけ「結婚」というワードは女性にとって大きな意味を持っているのだろう。
「ねぇねぇヒッキー」
「なんだ?」
「ママがヒッキーに会いたがってたんだけど、ゴールデンウィークに一緒に千葉に来てくれないかな?」
「………」
「先輩?」
何か嫌なことを思いだしたのか、先輩は急に黙ってしまった。別に結衣先輩のお母さんが苦手とかそういうわけではないんだろうけども、いったいどうしたというのだろうか。
「そういえばお兄ちゃん、ゴールデンウィークに帰ってこいって言われてなかったっけ?」
「そうなんですか?」
「……いい加減、彼女を見せろとお袋殿に言われていたのを忘れてた」
「それって……」
つまり、私も必然的にゴールデンウィークに比企谷家に行くということだろう。だって先輩の彼女は私なのだから。
ゴールデンウィークは社畜してました……