やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない   作:猫林13世

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憂鬱にもなるよな……


八幡の憂鬱

 何も予定がなかったゴールデンウィークだったのだが、急に私の中で最も重要な要件が舞い込んできた。そりゃいつかはご挨拶を――とは思っていたが、こんな不意打ちみたいにその機会が訪れるなんて思っていなかったから。

 

「その日はいろは先輩は小町の部屋にお泊りですね」

 

「なんで泊まるの前提なんだよ……顔合わせだけして帰るっての」

 

「だってお父さんたち、ゴールデンウィークも仕事だよ? 帰ってくるのはだいぶ遅いだろうし」

 

「相変わらずの社畜っぷりですね……人を呼びつけておいて自分たちは仕事ですか、そうですか……」

 

 

 先輩はどこか諦めた様子ですが、私はそう簡単にそのことを消化できない。ご両親にご挨拶ってだけでも緊張感が半端ないのに、まさかのお泊りまでとは……先輩個人の部屋にはしょっちゅう泊まってますけど、これとそれとでは全然話が違うのです。

 

「それじゃあ、午前中は私のウチにおいでよ。ママも会いたがってたしちょうどいいでしょ?」

 

「由比ヶ浜のお父さんも仕事なのか?」

 

「パパ? 確か会社の人とゴルフとか言ってたような気がするし」

 

「あぁ、そちらはそちらで大変なんですね……これだから社畜は……」

 

「八幡、さっきから疲れ切ったサラリーマンみたいな雰囲気になってるよ?」

 

 

 先輩の捻くれた感想に、戸塚先輩が背中をさする。別に嫉妬する行為ではないのだけども、あまりにも自然にボディタッチをするもので一瞬戸塚先輩の性別を忘れてしまった。

 

「(先輩と戸塚先輩は同性、先輩と戸塚先輩は同性……)」

 

 

 自分の中で何度か繰り返して漸く落ち着きを取り戻せた。途中海老名先輩の顔が思い浮かんだ時は危なかったけども、この二人はそういう感じではないのでこれ以上そのことで頭を悩ませないでおこう。

 

「八幡も十分社畜になりそうな要素は持ち合わせているではないか」

 

「うるさいよ」

 

「確かに。憎まれ口を叩きながらも付き合ってくれるもんね、八幡は」

 

「戸塚に頼まれたなら憎まれ口なんて叩かずに付き合うけどな」

 

「もう、八幡ったら」

 

「………」

 

 

 落ち着きを取り戻せたと思ったらこれだ。この二人はあまりにも自然にこういう感じを作り出すから困る。同性だからと油断していると、そのうち本当に海老名先輩歓喜な状況になるんじゃないかと思わせてくるから……

 

「それじゃあゴールデンウィークは三人で千葉に帰るんだね」

 

「戸塚は?」

 

「僕はサークルの活動があるから。それに、この間帰ったばっかりだしね」

 

「そういえば春休みに帰ってたな」

 

「たまには顔出しておかないと」

 

「我もサークルの集まりが――」

 

「あぁ、聞いてないんで」

 

「はふんっ!?」

 

 

 材木座先輩の発言を無視して、先輩は本当に嫌そうな顔で予定帳と睨めっこしている。実家に帰るだけなのになんであんなに嫌がるんだろう。

 

「先輩ってご両親と仲が悪いわけじゃないですよね?」

 

「ん? 別に仲が悪いってわけじゃないと思うが……何故そんなことを?」

 

「本当に嫌そうな顔をしてたので、どうしてかなーって思っただけです」

 

「普段無関心なのに、彼女のことになって干渉してきたからだよね」

 

「人の気持ちを代弁するなよ」

 

 

 小町さんにズバリ言い当てられ、先輩はどこか不貞腐れた様子。私の方は小町さんの言葉に納得したのと同時に、彼女と言われて少し恥ずかしい気持ちになる。付き合ってもう三ヶ月くらいだというのにこの初々しさ……自分でもどうにかならないかと思ってしまうほどだ。

 

「小町はご馳走を作って待ってるから。ちゃんと帰ってくるんだよ、お兄ちゃん」

 

「はぁ、今から憂鬱だ……」

 

「いつかは通る道なんだから、うだうだ文句言わないの」

 

「分かってるけどよ」

 

 

 残っていたアイスコーヒーを一気に飲み干し、先輩はもう一度ため息を吐く。先輩にこれだけ嫌がられるご両親って、いったいどういう人なんでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結衣先輩の部屋にお泊りして、そのままの流れで先輩たちとお茶をして数日が経った日。今日は午前中に結衣先輩の実家に遊びに行き、午後から先輩の実家に挨拶に行く日だ。挨拶と言っても、ご両親はお仕事らしく帰ってくるのは夜遅くらしい。つまり、先輩の実家にお泊りということだ。

 さすがに先輩の部屋ではなく小町さんの部屋に泊まるので、そのことをご両親に咎められるとかはないだろうし、先輩も私も成人しているので普段からお泊りしていることがバレても問題はないだろう。

 

「(まぁ、私が成人したのはつい最近ですけど)」

 

 

 別にそういう行為をしているわけでもない、健全なお泊りなのでバレたとしても怒られる筋合いもない。というか、これだけお泊りしているというのに何もしてこない先輩を叱ってほしいまである。

 

「――って、私は何を考えているんだか」

 

 

 思わず自分自身にツッコミを入れてしまったが、先輩は私に手を出してくるどころか一緒のベッドで寝たことすらないのだ。理性の化け物とはよく言ったものだと感心するのと同時に、もう少しくらい私に興味を持ってくれても良いんじゃないかと思ったりもする。

 そんなことを考えていながらも、実際に手を出されたら冷静でいられるかどうか分からない。万が一先輩に恐怖心を抱いてしまったら、せっかく先輩が選んでくれたのに離れて行ってしまうかもしれない。それが怖くてこちらから誘えないというのも、現状の一端ではあるだろう。

 

『いろは、準備できたか?』

 

「あっ、大丈夫です」

 

 

 外から声を掛けられ、私は慌ててドアを開けて先輩を招き入れる。私が先輩の部屋に行くのは結構あるけど、先輩が私の部屋に入ることはあまり多くない。なので未だに招き入れる時に緊張してしまう。

 

「準備って言っても、この間結衣先輩の部屋にお泊りに行った時と用意するものは変わらな――はっ! 手土産とかどうすればいいんでしょうか? 手ぶらで訪問とかありえないですよね?」

 

「渡す相手が夜まで居ないんだから、千葉でテキトーに買えばいいだろ」

 

「そんなもので良いんですか? 気の利かない彼女だとか思われて息子に不釣り合いだとか思われたら――」

 

「気の利かない息子代表みたいな俺だから心配ないだろ。むしろ気が利きすぎてその配慮が感じ取られていないまであるからな」

 

「なんですか、それ」

 

 

 思わず笑ってしまったけども、これが先輩なりの気の遣い方なのだろうと分かり、私は冷静さを取り戻せた。相変わらず分かりにくいけど、この人はちゃんと人を気遣える人なのだ。

 

「そろそろ由比ヶ浜が駅に到着するころだから、俺たちも出ておかないとな」

 

「結衣先輩とお母さんって、本当に仲が良いですよね。何回か会いましたけど、お母さんっていうかお姉さんみたいな感じでしたし」

 

「若いんだよな……見た目だけじゃなくて言動とかも」

 

「本当に年上の娘がいる人なのかって、一瞬疑いましたもん」

 

 

 可愛らしいとか、そういう感想ではなく、もしかしたら先輩を盗られるんじゃないかとすら思える相手だった。もちろん、相手は既婚者子持ちなのでそんなことはあり得ないんだろうけども、あの人が本気で先輩と結衣先輩の恋路の手伝いをしていたら太刀打ちできたかどうか……

 

「由比ヶ浜母もだが、雪ノ下母もなかなか大変だったからな」

 

「その節はお世話になりました」

 

 

 雪乃先輩のお母さんとは、プロムの件でいろいろあった。まぁ、私が直接対峙する前に先輩がまたしても斜め下の解決策と、先輩しか使えない技で雪乃先輩のお母さんを納得させ、他の反対派を丸め込んでくれたので、私は面識がないのだが。噂では物凄い切れ者な印象を与える和服美人だとかなんとか。

 

「どうやら総武高校の卒業の定番になったようだしな」

 

「私が卒業した後はどうなるかと思いましたが、小町さんもやったらしいですし、このまま定番化するかもしれないですね」

 

「一度やっちまえば、後は惰性で続くだろうしな」

 

「惰性はやめましょうよ。せめて恒例化するって言ってください」

 

「あんまり変わらないだろ」

 

「そうですかね? まぁ、プロムのことは兎に角、先輩にはいろいろとお世話になってたんですよね。改めてありがとうございました」

 

「今更だな。まぁ、お礼は受け取っておくからさっさと出かけるか」

 

「ですね。手土産は千葉で考えますので」

 

 

 先輩に荷物を持ってもらいながら、私は自分の部屋の鍵をかけ、先輩の一歩後ろを歩く。本当なら隣を歩きたいんだけども、先輩の歩幅に合わせるのはなかなか大変なので、一歩後ろがちょうどいいのだ。




イベントとかサボってたからな……

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