やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない   作:猫林13世

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一応年長者ですからね


年長者の考え

 駅で結衣先輩と合流して、私たちは千葉行きの電車に乗る。ゴールデンウィークということで混んでいるかなとも思っていたけど、意外なことに車内は空いており、三人並んで座ることができた。ちなみに、先輩は私と結衣先輩に挟まれて座っている。

 本音を言えば先輩の位置に私が座って、少しでも先輩と結衣先輩の距離を保ちたかったのだが、あまりにも自然に結衣先輩が先輩の隣に腰を下ろしたので対応できなかったのだ。

 

「こうしてヒッキーと電車でお出かけって久しぶりだね」

 

「そうか? まぁ、あまり出かけることもなかったしな」

 

「そもそもヒッキーがいろはちゃんと付き合いだしてからは、私も遠慮して誘ってなかったからね」

 

「じゃあどうして今日は誘ってきたんですかね? どうせ親が遅くまでいないのなら、午前中は家でのんびりしていたかったんですけど」

 

「しょうがないでしょ。ママが会いたがってるんだから」

 

 

 とても同級生の会話とは思えないが、この二人は昔からこんな感じなので良いのだろう。私が入り込める隙もなく二人で会話をしていくのは、今に始まったことではないとはいえ、彼女として複雑な思いがある。

 そりゃ結衣先輩が先輩のことを好きだったことも知っていますし、一緒に告白したわけですからある程度の理解もあるつもりです。でも私が入り込めない世界を作って先輩と話しているのを見るのは、おもしろくありません。

 

「先輩がお出かけしなかったら、私は先輩の部屋にいたでしょうね」

 

「聞いてた? 俺はのんびりしたかったんだけど」

 

「ですから『彼女』の私とのんびりしてたってことですよ」

 

「いや、いいけどね……いろはが勝手に部屋に入ってくるのはいつものことだから」

 

「いろはちゃん、ヒッキーの部屋に勝手に入るの?」

 

「そりゃ、先輩の部屋の合鍵を持ってますから」

 

 

 元々は先輩の方が先に出かけなければいけなかった時に預かっただけなのだが、屁理屈をこねて持ち続けた結果、そのまま私のものということになったのだ。先輩はイマイチ納得していない様子だけども、彼女としてこの鍵を手放すなんて選択肢は存在しないのです。

 私が先輩の部屋の合鍵を持っていると知って、結衣先輩は少し羨ましそうな表情をしている。さっきあえて彼女を強調した時はそんな反応しなかったのに、やっぱり言葉よりも目に見える物の方が効果が大きいのだろうか。

 

「ウチに来た後ヒッキーの実家に行くんだよね? 今度みんなでお泊りしようよ」

 

「みんなって誰です?」

 

「ヒッキーと彩ちゃん、いろはちゃんと私、後は小町ちゃんとかかおりんとかも呼んでさ」

 

「メンツは兎も角、何処でお泊りするつもりなんですかね? そんなに広い部屋に住んでる奴はいないだろ」

 

「え? どこか旅館でも良いんじゃない?」

 

「めんどい」

 

 

 この男が遠出のお誘いを受けるわけがないのに、結衣先輩はそのことを失念していた様子。まぁ、戸塚先輩と小町さんが結衣先輩側に着けばこの人はなし崩しに付き合ってくれるでしょうけども。

 

「でもそのメンバーだと男女比がおかしくないですか?」

 

「ちょっと待って。出かける前提で話を続けてるけど、俺はいかないからね?」

 

「先輩はちょっと黙っててください」

 

 

 先輩を黙らせて、私は結衣先輩に視線を固定する。私が相手をするつもりがないと分かった先輩は黙って正面を見つめている。

 

「先輩と戸塚先輩と交流がある私たちは良いですけど、何も知らない人が見たら先輩がハーレム野郎に見えませんかね?」

 

「あっ……彩ちゃん、可愛いもんね」

 

 

 成人男性を捕まえて酷い言い草だと私も思っている。だが戸塚先輩の容姿は高校時代よりもなんというか妖艶さが増しているのだ――男性なのに。それでいて可愛らしさも失っていないとか、女子としてなんとも羨ましい限りなのだが、戸塚先輩本人はそのことを自覚していない。むしろ男扱いされないことをより嘆いているくらいなのだが。

 ただでさえ男二人に女四人の構図なのに、戸塚先輩が女性に間違えられたらと考えると、先輩がとんでもない変態だと思われてしまうかもしれない。実際は隣に手を出しても抵抗しない彼女がいても一切手を出さないヘタレなのだけども。まぁ、手を出されたら出されたで、私がどんな反応をするか私ですら分からないので、今の状況は私的にもありがたいのですが。

 

「そうなると別の人も誘った方が良いのかな? 例えば厨二さんとか」

 

「あの人がお泊りに誘って来てくれますかね?」

 

「じゃあ玉縄くん?」

 

「あぁ、そんな人いましたね……最近会ってなかったからすっかり忘れてました」

 

 

 そもそも興味がない相手だったのでろくに覚えていなかったのだが、先輩の部屋でそれなりに会っていたから名前は憶えている。顔は既におぼろげにしか思い出せないけど。

 

「まぁ、そのことは本格的に考える時に決めましょうよ」

 

「そうだね。楽しみだね、ヒッキー」

 

「いや、だからね? 俺はいかないって――」

 

「ダメ?」

 

「うっ……」

 

 

 涙目と上目遣いのコンボで結衣先輩に懇願され、先輩は言葉を失っている。確かにあの表情で見られたら断りづらいのは分かりますけど、隣に彼女がいるのに他の女に魅了されているようで面白くありません。私は結衣先輩に見えない角度で先輩の脇腹を抓り、無言で抗議を続けるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千葉に到着してすぐ、私は見覚えのあるお姉さん――ではなく結衣先輩のお母さんを見つける。ほんと、一児の母とは思えないほど若々しく、同年代の母親と言われても信じがたい女性だ。

 

「結衣、おかえりー」

 

「ママ、ただいま」

 

「ヒッキー君といろはちゃんもお久しぶりね」

 

「お久しぶりです」

 

 

 先輩の会釈に続くように私も会釈だけしておく。この母娘が揃うとなんだか委縮してしまうのです。別に何かされるわけじゃないのに、何故だか上手く話せなくなってしまう。この感覚は雪乃先輩と対峙していた時とちょっと似ていますが、それとは種類が違う緊張なんだろうな。

 

「結衣から聞いてるけど、ヒッキー君といろはちゃんはお付き合いしてるんでしょ? どこまで行ってるの?」

 

「ママっ!」

 

「きゃー!」

 

 

 なんだろう、この友達にからかわれているような感覚は……あの人は高校の先輩の母親だというのに……

 

「とりあえずウチに行きましょうか。ヒッキー君もいろはちゃんもそれでいいわよね?」

 

「はい、構いません」

 

「それじゃあ結衣、そろそろ追いかけっこはおしまい」

 

「ママが変なこと言うからでしょ」

 

「だってー」

 

「(この人は結衣先輩のお母さん、この人は結衣先輩のお母さん……)」

 

 

 さっきから心の中で念仏のように同じ言葉を繰り返している。そうでもしないとこの人が結衣先輩のお母さんだということを忘れてしまいそうだから。

 

「それにしてもヒッキー君がいろはちゃんとお付き合いするなんてねー」

 

「変ですかね?」

 

「ううん、あまり他人に興味がない子だと思ってたけど、ちゃんと周りのことを見ていて、ちゃんと相手の気持ちを考えられる子だったんだって思ってね。ママちょっと嬉しいの」

 

「そういうもんですか?」

 

「ヒッキー君もいつか親になれば分かるわよ」

 

 

 てっきり結衣先輩とお母さんがおしゃべりしながら家までの道を行くんだと思っていたのだが、意外なことに先輩とお母さんが話している。しかも先ほどのようなノリではなく、真面目な雰囲気で。

 

「結衣から聞いていた限りでは、成功のためには自分を犠牲にしても厭わない子だと思ってたからね、実際に話した時にそれは勘違いだって分かったし、その後も何回か会ってヒッキー君の為人は知れていたと思ってたから。だからこそ、いろはちゃんではなくゆきのんちゃんとお付き合いすると思ってたの」

 

「何故俺と雪ノ下が付き合うと?」

 

「あの子は誰かが支ええてあげないとすぐに折れちゃうような儚さがある子だからね。ヒッキー君が支えてあげるのが一番だと傍から見てて思ってたのよ。まぁ、ヒッキー君はそれを共依存の延長だって思ったみたいだけど」

 

「……実際そうでしかないでしょ。俺と雪ノ下は友達ですらなかったんですから」

 

「言い方なんてどうでもいいのよ。貴方とゆきのんちゃんは間違いなく他人ではなかった。それを貴方たちがどういう風に表現するのかは自由だけどね」

 

 

 先ほどから私と結衣先輩は口を挿む隙が見つけられずにいる。さっきまで娘と同レベルではしゃいでいた人とは思えないくらい真面目な雰囲気と、先輩が私たちに会話に加わってほしくないオーラを出しているから。

 結局結衣先輩の実家に到着するまで、私と結衣先輩は一言も発することなくただただ家までの道を歩いたのだった。




八幡もちゃんと考えてるはず

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