やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
小町さんとのお風呂タイム中は、先輩の助けはない。いったいどんな質問されるのだろうと身構えていたのだが、結構ありきたりな――言い換えれば先輩がいる時と大差ない質問しかされなかった。
「(あれだけ聞き出す気満々な雰囲気だったのに、意外と大人しいんでしょうか?)」
小町さんとの付き合いもそれなりに長くなってきているので、彼女の為人もそれなりに把握している。だから先輩がいないところでは結構きわどい質問をしてくるんじゃないかと思っていたのだが――まぁ、されたとしても答えようがないので意味はないのだけども――それほど疲れることなくお風呂タイムは終了したのだった。
「お兄ちゃんお待たせ。入るでしょ?」
「まぁ、泊まっていく以上はな」
「別にお兄ちゃんだけ帰ってもいいよ? 小町はいろは先輩だけいれば十分だし、お父さんたちも部屋から出てくることもないだろうし」
「ねぇ、ほんとになんで呼びつけたの?」
ここまで興味を持たれないのも凄いなと思いつつ、私は先輩に置いて行かれるんではないかという恐怖を覚えた。ここが別の場所ならここまで怯えることもなかっただろうが、彼氏の実家に私一人だけ置いて行かれるというのは、形容しがたい恐怖が襲ってくるのだと初めて知った。
もちろん、この人がそんなことをするわけがないと分かってはいるのだが、それでももしかしたらという思いが湧き出てきてしまう。
「帰るならいろはも連れて行くに決まってるだろ。何が悲しくて実家に彼女を置き去りにして評価を下げなければならないんだ」
「ゴミいちゃんならありえそうだと思ったけど、意外とちゃんといろは先輩のことを考えてるんだね」
「一応、彼氏だからな」
小町さんの頭を軽く小突いて、先輩はお風呂場へと消えていく。その背中を見送りながら、先輩が私の彼氏だという事実を先輩の口から聞けたことに感動していた。
「いろは先輩、ちゃんとお兄ちゃんに愛されているんですね。まさかお兄ちゃんがあんなことを言うなんて、小町は思ってもみませんでしたよ。これは赤飯を用意しなければいけなかったですかね」
「そこまでなんですか? 先輩の考えは分かりにくいですけど、しっかりと考えている人だとは思うんですけど」
「そりゃ兄はやればできる子ですから。でも異性のことでここまで成長するなんて、高校時代の兄を知っている人間からしてみれば吃驚仰天だと思いますよ? いろは先輩だって、高校時代の兄の言動は知っているでしょう?」
「そりゃ知ってますよ。でもそれだって、いかに問題を小さくして事を済ませるかを考えた結果ですし、先輩が泥を被れば丸く収まるという考えからの行動ですから――」
「いろは先輩に言われなくても分かってます。それでも、兄のそういうところが小町は嫌いです」
意外だった。あれだけシスコンブラコンコンビなところを見せつけられていたから、この兄妹に相手の嫌いなところなどないと思っていた。それなのに今、小町さんははっきりと嫌いと言い切った。
「だって、お兄ちゃんとは全く関係のないことなのに、お兄ちゃんが悪者になることでそのグループの問題が解決される――いや、解消されるなんておかしいじゃないですか。しかもそのことを知らない連中がお兄ちゃんのことを悪く言うなんて」
あぁ、つまり大好きな兄が悪者にされるのが嫌なだけなのか。やはり小町さんも十分ブラコンなのだろう。
「いろは先輩にこんなことを言うのはあれですけど、葉山さんって周りの人が評価するほどの人間じゃないなって思ってましたし。雪乃先輩からも聞きましたけど、幼少期の失敗を再現しようとしてたり、自分では友達を止められないからお兄ちゃんを頼っておいて、その後お兄ちゃんが悪者にされているのを見て見ぬ振りしたりと」
「まぁあの人は、結局自分では何もできない人でしたからね」
表面しか見ていなかった時は、あの人を彼氏に出来たら自慢できるとか思っていたけども、為人をある程度知った時から、葉山先輩への興味は薄れて行っていた。だから偽の告白をして自分の気持ちを切り替えようとしたのだが、思いのほかダメージを負ってしまったのだ。
だがそのダメージのお陰で、先輩に甘えることができ、先輩に意識してもらえるようになり、そして雪乃先輩や結衣先輩を出し抜くことができたと考えると、必要なダメージだったのだとも思える。
「小町は最初から胡散臭いと思ってましたけどね」
「そうなんですか? てか、小町さんって葉山先輩と何処で会ったんです?」
「具体的なことは覚えていませんけど、いろいろな話を聞いてトータルでそう思ってました。実際あった時に、あぁこの人があの――って感じですかね」
「そうだったんですね」
小町さんとそんな話をしていたら、先輩がお風呂から出てきて驚いた顔をした。
「お前ら、まだそんなところで話してたのか?」
「どこで話そうと小町の自由だよ、お兄ちゃん」
「まぁそうだな」
「あっ、お兄ちゃんが飲むかなって思って冷蔵庫に缶コーヒーが入ってるよ。今の小町的にポイント高い」
「そこは小町が淹れてくれたコーヒーの方がポイント高かったけどな」
そう言いながら先輩は冷蔵庫から缶コーヒーを取り出して飲みだす。寝る前にコーヒーとか――なんてことを考えたことがないわけではないが、この人は全く影響なく寝ることができるから今更気にしない。
「高校時代ならマックスコーヒーだったけどね」
「最近は飲んでないからな」
飲み終えた缶を洗いゴミ袋に入れながら、先輩は私たちを見る。
「どうかしました?」
「いや、ソファで寝るからそこをどいてほしいんですけど」
「あぁ、そうだったね。それじゃあお兄ちゃん、お休み」
「おやすみなさい」
先輩と就寝の挨拶を交わしてから、私は小町さんの部屋に向かう。この後も質問攻めされるのかと身構えていたが、意外なほどにあっさり小町さんが寝てしまったので、私は肩透かしを喰らったのだった。
翌朝、下の階層から美味しそうな匂いがしてきたので目を覚ました。先輩のお母さんが朝食の用意でもしてるのかと思ったが、意外なことにご両親は既に出勤していて、キッチンには先輩が立っていた。
「おはようございます、先輩」
「あぁ、おはよう」
せっかく可愛らしく挨拶してあげたというのに、先輩の反応はドライだった。まぁこの人は私がキャラを作っていることを一瞬で見抜いた人だから、この程度のキャラではときめかないのだろう。
「せっかく可愛い彼女を演じてあげたというのに、嬉しくないんですか?」
「演じなくても、いろはは可愛い彼女だろ」
「っ!」
まさかの真顔で言われるとは思っていなかったので、私は分かりやすく動揺する。だって、先輩の口からこんなきざなセリフが出てくるとは思っていなかったから。
「お兄ちゃんおはよー。いろは先輩も、早いですね――って、いろは先輩?」
「お、おはようごじゃいます」
「お兄ちゃん、何かしたの?」
「何もしてない。そんなことよりさっさと着替えてこい。お袋殿から洗濯を命じられたからな。やっておかないと後で何を言われるか分からん」
「小町がやっておくから良いよ。さすがにお兄ちゃんに小町の下着を洗濯させるわけにはいかないし」
「別に気にせんでもいい気もするが……まぁ、小町がやっておいてくれるならそれでいいか。いろは、これ食ったら帰るぞ」
「ひゃい」
未だに動揺している私をよそに、先輩は淡々と調理を進めている。小町さんも私の様子を疑いはしたが、特に気にする様子もなく洗濯機を回し始めている。
「(この兄妹の切り替えの早さは、羨ましいものですよね……)」
引きずることなんてあるのだろうかと思うくらい、この二人はすぐに切り替える。もちろん内面はどうかなんてわからないから、もしかしたら引きずっているのかもしれないけど、それを他人に読み取らせないのは本当に羨ましい。
私は終始挙動不審になりながらも、先輩が作ってくれた朝食を摂り、その後簡単ではあるが荷物の片付けをしてから、東京へ帰るために駅へ向かう――何故か小町さんも一緒に。
「お前はなんでついてきてるんだ?」
「見送りだよ、お兄ちゃん」
「玄関で充分だろ」
「お兄ちゃん、今日小町はとっても暇なのです」
「はいはい……」
要するに小町さんは遊びに行くために私たちと一緒に出掛ける、ということらしい。一度部屋に戻ってからという条件で、小町さんも一緒に電車に乗り込むのだった。
小町が完全に邪魔者……