やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
各自部屋に荷物を置いてから再び出かけることに。本当ならさっきの発言を詳しく掘り下げたいところなのだが、小町さんがいるのでそれはできない。いや、もしいなかったとしても聞き出すことはできなかっただろう。先輩のことをヘタレと言っていた人がいたけど、私も大概か……
「でも、先輩があんなこと言うなんて思ってもみなかったですし……」
普段は憎まれ口だったり、感情のこもっていない言葉だったりしますけど、今朝のアレはいつもの無感情な発言ではなかった。無意識だったのか、先輩の表情に変化はなかったし、その後も引き摺っている様子もない。つまり、完全に私だけがダメージを負ったのだ。いや、ダメージという感じではなく、思いっきり動揺してしまったのだ。
私としてはいつも通り無感情で可愛いと言われるか、軽く流されると予想していたから仕方がないのだが、小町さんには思いっきり怪しまれるし、その後も動揺しまくりで先輩にも不審がられてしまう始末……
「てか、先輩の所為なんだから、先輩が不審がるのはおかしいと思うんですよね」
今先輩は部屋で自分の荷物を片付けている。同様に私も自分の部屋で自分の荷物を片付けているので、こうして文句を言えているのだ。もちろん、言われたことに関してだけなら嬉しいですし、出来ることならもう一度真正面から言ってもらいたい。だがそんな空気ではなかったし、何より小町さんがいるのでそんなことをすればからかう材料にされてしまうだろう。
「それにしても、あれは先輩の本心からの言葉だったんでしょうか」
もしそうであるなら、この上なく嬉しい発言だったし、私のことを可愛いと思ってくれているんだと自信にも繋がる。だが私の勘違いで、いつものように無感情での発言だった場合、私が先輩に問いかけた途端冷めた目で見られてしまうかもしれない。
「これは中々に難しい問題に直面してしまったのかもしれませんね……」
こんなことを相談できる相手なんていないし、もし友達に相談したりしたら――
「嫌味か! 彼氏のいない私に対する嫌味なのか! それとも、ただ単にのろけたいだけか!」
――と、思いっきり怒られるだろう。何しろ彼氏欲しいとずっと言っているのに未だに彼氏が出来ておらず、そんな素振りもなかった私に彼氏が出来たことを妬んでいるくらいだ。もちろん、だからと言って友達付き合いに変化はないし、先輩のことを盗ろうなんて思っていないので、その辺は安心しているのだが。
『いろはせんぱーい! そろそろ片付け終わりましたかー?』
扉の向こうから小町さんに声を掛けられ、私は結構な時間考え事をしていたことに気づく。片付けと言っても、一泊二日程度の荷物なのでとっくに片付け終わっていたし、もし小町さんが居なかったら先輩の部屋に行っていたまである。それくらいの手間な作業なので、小町さんが部屋に突撃してきていたとしても問題はなかった。
「お待たせしました」
「おぉ! もし終わっていなかったらお義姉ちゃんの部屋突入のチャンスと思っていたんですけどね」
「その呼び方止めてくれません?」
「だってお兄ちゃんの彼女ですし、将来的には小町のお義姉ちゃんになるんですから、今から慣れておいた方がいいですよ」
小町さん的には、すでに私と先輩が結婚することが確定しているようだが、万が一ということも十分あり得る。先輩が浮気――ということはないだろうが、私に愛想を尽かしたりしたら、普通に破局だってあり得る。もちろん、愛想を尽かされるようなことはなるべくしないようにしているけど。
「馬鹿な事やってないで出かけるならさっさと行こうぜ。ただでさえ明日からまた予定が入ってるっていうのに」
「お兄ちゃん、ゴールデンウィークは予定ないって言ってたじゃん」
「新しい家庭教師の依頼が来たんだよ。去年まで教えていた子のお母さんからの紹介で指名されたってさっき連絡があった」
「連絡? 電話なんてかかってきてなかったじゃん」
「メールだ」
そう言って先輩はその内容のメールを小町さんに見せる。ついでに私もそのメールを覗き込み、確かにそのような趣旨だった。
「先輩って、将来教師になりたいんでしたっけ?」
「あのゴミいちゃんが人様に勉強を教えられるまで成長したなんて、小町は嬉しくてお赤飯を炊きたい気分だよ。あっ、今の小町的にポイントたっかい!」
「全然高くないだろ……てか、去年も教えて、ちゃんと志望校に合格させたっての」
先輩が担当していた女子中学生は、先輩の指導のお陰でしっかり志望校に合格できたらしい。しかもただの合格ではなく、入学後の実力試験で上位に食い込めるくらいの実力を携えての合格だったのだと、この間先輩に来た電話で知った。
「合格ラインギリギリだって聞いてたけど、元々実力があっただけだろ」
「どうですかねー? 数回しか会ったことないですけど、先輩に教わっていなかったらたぶん落ちてたと思いますよ、その子」
勉強よりも周りのことに意識を取られて、受験勉強を疎かにしそうな感じな子でしたし。まぁ、人のこと言えるほど私も集中力高くないですけど。
「とりあえず明日顔合わせってことになったから、出来るだけ今日はのんびりしたいんだ」
「仕方ないな。それじゃあ買い物だけして、午後はお兄ちゃんの部屋でのんびりしますか」
「いや、帰れよ。電車賃は出してやるから」
「帰ってもすることないし、友達はみんなゴールデンウィーク明けまで出かけてるし」
先輩のことをとやかく言っていた小町さんですが、どうやら彼女も予定は真っ白だったらしい。まぁ、人のこと言えないのは私もですけど。
「せっかくだから今日は泊まっていこうかな」
「は? いやだって、洗濯物干しっぱなしだろ」
「それくらいお母さんがしまうでしょ」
「いつ帰ってくるか分からない人を頼るなよ……」
「大丈夫。さっきメッセージを送ってOK貰ったから」
「いつの間に……」
もしかしたら最初から小町さんは先輩の部屋に泊まるつもりだったのかもしれない。一日二日ならどうにかなる程度の衣服は先輩の部屋に置いてあるし、小町さんが泊る時はお風呂は私の部屋のを使ったりしている。さすがに男性用のシャンプーを使う気にはなれないとかなんとか……
「それじゃあお昼の分と夜の分、それから明日の朝の分の食材を買いにゴー!」
「はぁ……」
意気揚々と拳を突き上げた小町さんとは対照的に、肩を落としながら歩く先輩。この兄妹は変なところは似てるのに、こういうところは正反対だよなぁ。
先輩に用意してもらった昼食を摂り終え、今は食後のお茶を飲んでいる。もちろん、先輩が淹れてくれたものだ。
「それにしても、お兄ちゃん本当に料理上手になったよね」
「一人暮らししてもう三年目だぞ? 出来て当然だと思うが」
「でも、戸塚先輩や材木座先輩、玉縄さんは出来ないって言ってましたよね?」
「戸塚はいろいろと忙しいし、材木座と玉縄はそもそもしようとしてないからな」
戸塚先輩だけは庇ったが、後の二人はバッサリと切り捨てる先輩。やはりこの人の中で戸塚先輩は特別な存在なのだろう。
「戸塚さんかー。あの人って彼女いるの?」
「いや、いない」
「いてもおかしくないと思うんだけどなー。小町的にも、戸塚先輩はありだと思う」
「戸塚が義弟になるのか……悪くはないかもな」
どうしてこの兄妹は付き合う=結婚という考えをするのだろうか。普通はそこまで考えないと思うのだが、比較対象がいないのでどうすることも出来ない。もしかしたら、私の方がマイノリティなのかもしれないし。
「まぁ、小町には戸塚さんのファンを押しのけてまで戸塚さんと付き合おうという気概がないので、ほぼあり得ないけどね」
「戸塚のファンは多いからな……他大学にも大勢いるって聞いたことがある」
「ウチの大学にも結構な数いますよ。たまに交流試合で来る戸塚先輩目当てで、沢山の女子がテニスコートに群がってるのを見たことがあります」
「群がるって……いろは先輩、結構酷い言い草ですよね?」
「だって、普段は閑散としているテニスコートがあれだけの人で囲まれていたら、そういう表現したくなるじゃないですか」
「確かに」
小町さんも同じ大学なので、普段のテニスサークルの人気は知っている。それが戸塚先輩が来ているというだけであれだけの人が集まるのだから、私の表現は的を射ていると分かってくれたようだ。
「まぁ、一番は戸塚の気持ちだろうけどな。世界一可愛い小町を振るとも思えないが」
「もー、言い過ぎだよ、お兄ちゃん」
彼女の前で他の女を褒めるなと言いたいが、この兄妹はこれがデフォなので放っておこう。下手に付き合えば墓穴を掘りかねないし……
この兄妹はダメかもしれない……