やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
いつもなら先輩の部屋に泊まって少しくらいはと期待している時間だが、今日は先輩の部屋に小町さんが泊っているので自分の部屋で一人だ。別にそれ自体は珍しいことではないのだが、今朝の先輩のセリフと、さっきの小町さんとの会話の所為でモヤモヤして時間を過ごしている。
確かに先輩が無理矢理迫ってこないのは私にとってもありがたい。まだ完全に男性恐怖症が治っていない今、先輩に恐怖心を抱くのではという疑念が拭えない。だからと言って何もない現状を善しと思えるほど、私だって興味がないわけではないのだ。
「(そりゃ、あんまりがっつくとみっともないとは思いますけど、それでも少しくらいは――って期待しちゃうのは仕方ないじゃないですか)」
誰に聞かせるわけでもないので言葉にすることはないが、それでもいつも心の片隅で思っていることを今日も心の中で呟く。先輩が奥手とか、そう言った理由で手を出さないわけでもなさそうだしな……だってあの人、高校時代には結衣先輩の胸を見てドキドキしてたくらいだから、性に興味がないわけではなさそうだし。
「(ひょっとしたら、私から誘えば?)」
そんな考えが頭をよぎったが、私は慌ててその考えを頭から追いやる。そんなことして相手にしてもらえなかったら、ただ私がはしたない女だと思われるだけだから。
だからと言ってこんなことを相談できる相手がいないのだ。現状を打破できる手立てがないから、現状でもいいのではないかという考えで固まってしまう。心の底から善しとは思っていなくても、関係を悪化させる可能性があるくらいならという感じだ。
「(てか、小町さんも私たちの関係の進展を望んでいるのなら、邪魔しないでもらいたいですけど)」
彼氏のいない小町さんにとって、私と先輩の関係は興味が惹かれるのだろう。だが小町さんが最前線で私たちの関係の進展を妨害していると言っても過言ではないと私は思っている。だって、しょっちゅう先輩の部屋に泊まりに来て、私が先輩に甘える時間を奪っているのだから。
もちろん、小町さんは先輩の妹だから、私から先輩を奪うなんて本気では思っていない。あの兄妹ならもしかしたらと、高校時代一瞬だけ思ったことはあるけど、今の先輩からはそこまで小町さんを溺愛している感じはしないから。
「(まぁ、それでも十分に甘いとは思いますけど)」
なんだかんだで小町さんの我が侭を許しているので、根底は変わっていないのだろうとは思う。それでも小町さんファーストではなくなってきているのも確かだ。やはり数年間会っていなかったというのが大きいのだろうが、その反動で小町さんが昔以上に先輩にくっついている気がする。
「(高校時代は先輩が妹離れできないのではと思っていましたけど、実際は小町さんの方が兄離れできない人だったとはね……)」
互いにシスコン・ブラコンではあると分かっていましたが、どちらかと言えば先輩の方が重症だと思っていました。だが二年間まともに会わなかった結果、先輩のシスコンは多少改善したのに対して、小町さんのブラコン具合は悪化したわけです。つまり、小町さんの方が重症だったというわけだ。
他の兄妹事情をよく知らないから断言はできないですけど、普通年頃になったら異性のきょうだいを避けたり嫌ったりするのではないだろうか。雪乃先輩は同性のきょうだいだったが、それでも若干距離を摂りたがっていたし。
「あっ、川崎先輩のところは仲良かったな……」
あそこの姉弟もいろいろと事情があるから一般的とは言えないかもしれないけど、私の周りだけで考えれば雪乃先輩のところの方が異常だということになってしまうのか……
「てか、改めて思うと、私ってホント交友関係狭いな……」
別に友達が沢山欲しいとかは思っていなかったけども、こうして考えるともう少し仲良くしておけばよかったと思ってしまう。もう少しサンプルがあれば、こんなことに頭を悩ませなくても良かったのかもしれないから。
「(そんなことを考えている時点で、対等な友人関係を築きたいわけじゃないって分かるんですけどね)」
友人をサンプルと考えている時点で、私はあまり交流が上手ではないのだろうと理解できる。まぁ、そんなこと昔から分かっていますし、今更それを取り繕って交友関係を広げたいとも思わない。高校時代とは違い、最低限ではあるが友人もいるし、こうして彼氏もできているわけだから。
「でも、目下の悩みがその彼氏とは……」
彼氏自体に文句はない。むしろ私にはもったいないのではないかと思ってしまうくらいに、先輩は魅力的になったと言えるだろう。見た目ではなく、中身が。それこそ、今なら雪乃先輩の隣に立ったとしても誰も文句を言わないくらいに。
それでも先輩は雪乃先輩ではなく私を選んでくれた。だからこれ以上を望んでも良いのだろうか、望むべきなのだろうかというブレーキが、私の中にあるのかもしれない。そんなことを考えながら、私は先輩がいるであろう方向へ視線を固定し、いつの間にか眠りに落ちたのだった。
自分が何時寝てしまったのか分からないが、目を覚ましたら既に外は明るくなっていた。寝坊というわけではないが、先輩の部屋に泊まっていたら確実に寝顔を見られたと慌てるくらいの時間ではある。まぁ、先輩に寝顔を見られることなんて、しょっちゅうなので慌てることはないのですけど。
そんなことを考えながら着替えを済ませ、最低限のメイクをしてから部屋を出て隣の部屋へ向かう。鍵がかかってはいたが、合鍵があるので問題なく入れる。付き合う前は小町さんが泊っていたらこんなことできなかったけども、今の私は先輩の彼女。部屋の合鍵を持っているのがバレても問題ないからだ。
「せーんぱい。おはようございます」
「あぁ、おはよう」
既にしっかりと目を覚まし、今日から担当する子の成績を確認している先輩を見て、やっぱりこの人は社畜の才能があるんだろうなと思ってしまった。
「小町さんって、結構早起きな印象があったんですけど」
「昨日は夜遅くまで人にいろはとの関係を聞いてきてたからな。寝た時間が遅い分、起きるのも遅くなってるだけだろ」
「あっ、先輩にも質問してたんですね」
私はお風呂で質問されていたが、まさか先輩にも似たような質問をしていたとは。やはりこの妹は本気で私たちの関係を心配しているのだろうか? それとも、ただ単に面白そうだから質問しているのだろうか?
「朝飯作るから待ってろ」
「ありがとうございます」
何も言わなくても私の前にコーヒーを置いて、そのままキッチンへ向かう先輩。彼女としてここは私が、とか言う場面なんだろうけども、素直に先輩の好意に甘えている今日この頃です。
「それにしても……」
先輩のベッドで無防備に寝ている小町さんを見て、私は思わず嫉妬する。本来ならそこで寝ているのは私だという嫉妬ではなく、寝顔が本当に可愛らしいからだ。
「(高校時代、先輩が『天使』と言っていたのが分かってしまうのが悔しいです)」
これだけ可愛いなら、先輩がシスコンになったのも納得できてしまう。もちろん、しょっちゅう一緒に寝ていたわけではないだろうけど、身内フィルターで普段の小町さんも私たちが見ているのよりも可愛らしく見えるんだろう。
「うーん……」
寝返りを打つ小町さんを見て、色気だけなら私の方が上だと安堵する。これが結衣先輩だったらなんて一瞬思ったが、あの人が先輩の部屋に泊まることなんてないだろうから、考えるだけ無駄だろう。
「何を見てるんだ?」
「小町さんの寝顔です。本当に天使で嫉妬してたところです」
「最近では小悪魔じゃないかと思える言動も増えてきてるけどな」
「それは昔からでは? 先輩がいないところではかなり毒舌でしたし」
「いや、俺の前でも毒舌だったけどね」
苦笑いを浮かべながら朝食の準備ができたから小町さんを起こす先輩。そんな光景を見ながら、私は先輩が作ってくれた朝食に舌鼓を打つのだった。
八幡もいろはも、最終的にはヘタレそうだしなぁ……