ボールがくれた出会い 作:御沢
「じゃあ、未雲は幼いころ、どんな子供だったの?葵も」
「私は、とにかく普通の子供だったよ?未雲は?」
「私は・・・」
そして、私は今度は自分の過去について話し始めた。
私は7年前、北海道に住んでいた。
お父さんは、白恋中・・・そう、あのイナズマジャパンの吹雪士郎さんの出身校の教師だった。だから、私もよく白恋中に行っていた。
―7年前―
「お父さん~!迎えに来たよ~!」
「未雲!勝手に入ってこない!もう小学校1年生なんだから、わかるだろ?」
「・・・ごめんなさい・・・でも、会いたかったんだもん」
「わかったから、校庭にでもいなさい。といっても、誰もいないか・・・」
「・・・うん。でも、校庭に行っている」
私は、そういうと白恋中の校庭に行った。すると、いつもは誰もいない校庭に、人影が見えた。私は、それがだれかすぐに分かった。
「士郎お兄ちゃん!なんでここにいるの?高校は?」
そう、そこにいたのはイナズマジャパンのメンバーだった吹雪士郎さんだった。私のお父さんは、士郎お兄ちゃんが、まだ中学生だった時から先生をしていたから、私と士郎お兄ちゃんも知り合い。
「今日は、『創立記念日』って言って、学校ないんだよ」
「そっかぁ~!じゃあ、みんなに会いに来たんだ?」
「そうだよ。そうだ、未雲ちゃん、サッカー教えてあげようか?」
「う・・・もうっ!士郎お兄ちゃん、私がサッカー苦手って知ってるくせに・・・」
「でも、やらなきゃうまくならないよ?」
「う・・・でもっ!今日はいいのぉ・・・」
「わかってるよ、そのうち好きになってくれるよね」
「がんばるよ・・・じゃあ、またねっ!士郎お兄ちゃん!」
そして、私は士郎お兄ちゃんと別れた。
その次の日、急にお父さんが離任することになり、北海道を私は離れ、沖縄に行った。
そして、私はサッカーから離れた。4年もの間。普通に沖縄の小学生として過ごした。
そして、私が小5になったとき、再びサッカーとであった。通っていた小学校に、ある先生が転任してきたのだ。その先生の名前は、綱海先生。
今となってはわかるけれど、その時は知らなかった。その綱海先生がイナズマジャパンのメンバーだったってことに。だったら当然、サッカーが好きに決まってるのに、私は先生に反発した。
―3年前―
「ほら、未雲もやってみろよ?」
「いやです・・・サッカー嫌いなので」
「嫌いって・・・その言葉、俺の知り合いが聞いたら悲しむな」
「先生の知り合いのことなんて、知りませんっ!私は、ボールがけれないんです!」
「・・・ったく、下手でもいいから蹴ってみろよっ?」
「いや!もういやです!」
そして、私はサッカーの授業がある日は学校を休むようになった。なぜ、サッカーが苦手なだけでそんなに嫌がるのか、みんなは不思議に思った。
その理由は、サッカーは昔お父さんもやってて、一度だけお父さんがサッカーやってて骨折したって聞いたことがあったから。だから、私の中にはサッカーをプレイする=骨折(怪我)をする・・・というイメージができていたからだ。
そして、またお父さんが離任になった。そして来たのが、ここ、稲妻町。
ここに来るのは、本当に乗り気じゃなかった。稲妻町は、サッカーの名門・雷門中学校があるから。その前に、ここから比較的近いところにある帝国学園や木戸川清修もサッカーの名門。
何処に行っても、サッカーとは縁が切れない。だったら、雷門中学校に行ってやろうじゃない!
・・・ということで、私はここ、雷門中学校に来た。
そして、今に至る。
「サッカー嫌い、だったの?」
「うん。あ、でも、今はその間違った考え方も正されたから、サッカー大好きになったよ?」
「よかったぁ~」
「うんっ!みんな、ありがとね」
私の顔にも、笑顔があふれていた。