ボールがくれた出会い 作:御沢
「未雲ちゃん・・・」
僕は、ただ、未雲ちゃんの走って行った方を、無言で見つめていることしかできなかった。僕が未雲ちゃんに近付いた本当の理由・・・それは、彼女の父親の権力を、身近に置いておきたかったからだった。正直、最初は「あんな子、僕の好みじゃないし~、でも、お父さんの力になれるんなら~」という軽いノリで近づいた。僕の父親も、権力者だったから。
しかし、そんな考えはすぐになくなった。
「緑君?しんどいの?ファイトだよっ!」
「大丈夫っ!?緑君っ!」
「ぶぅ・・・いいじゃん、教えてくれたってぇ・・・緑君のケチぃ・・・」
「もうっ・・・ぜっ、た、い・・・いな、く・・・な、らない、で、よ・・・っ・・・りょく、くんっ!!」
未雲ちゃんの、僕に対する暖かい数々の言葉達・・・
その1つ1つに、暖かさがこもっている。その暖かさは、優しさ、愛しさ、友情、愛情・・・などの、美しきものばかりだと思っていた。
しかし、そんなことはなかった。どんなに優しいウサギにだって、オオカミのようになってしまうことだってあるのだろう。―――あの手、あの足、あの顔、あの髪、あの瞳。全てが、今までの未雲ちゃんではないようだった。特にショックを受けたのは、あの瞳だった。その瞳は、いつもの愛情のこもったピンクではなく、怒りや憎悪に満ちた紅だった。その赤みは、同じ赤色の楓や鬼道コーチのものとは違う赤。2人の赤は、優しさや冷静さ、そんな感情のこもった赤なんだ。
―――そういえば、今、僕は何をしているのだろう。
今、僕がしていることは、ただ、未雲ちゃんに求めることばかりだ。・・・自分が変わらなくちゃ、何も変わらないんだ。
「すいませんっ!僕っ、未雲ちゃんを探してきますっ!!」
僕は、皆にそうとだけ告げると、ただ一目散に走った。
いつもの彼女に戻ってほしい、そうなるように手伝ってあげたい・・・!
ただ、その一心で、僕は疲れることも忘れて走りまくった。この際、どうでもいいやと女子トイレの中まで確認した。それほど、今は早く、彼女に会いたかった。
「未雲っ・・・ちゃんっ・・・!はぁっ・・・はぁっ・・・」
「りょ、く・・・く、ん・・・」
僕が未雲ちゃんを見つけたのは、旅館の屋上だった。たくさん干してあるお客様用の浴衣の影に、未雲ちゃんは隠れていた。僕が見つけた彼女は、いつものピンク色の瞳だった。―――その瞳には、優しさなどの美しき感情どころか、憎しみなどの醜い感情までもなかったが。その大きな目に、大粒の涙をためて、こちらを見つめていた。いつもはきれいに巻いている大きなツインテールも、今はぐしゃぐしゃだった。
「未雲ちゃん・・・ここにいたんだ」
「・・・うん」
「大丈夫?下に降りよう?」
「いやっ!」
間をおいて反応していた未雲ちゃんが、素早く反応した。
「なんで?皆、もう大丈夫だよ?」
「私が・・・自分を許せないの・・・」
そういう未雲ちゃんの顔は、恐怖におびえているようだった。そんな彼女の手を、僕はなるべく優しくとって、そして抱きしめた。
「大丈夫。今は許せなくっても、そのうち、許せるようになるから・・・ね?だから、もう大丈夫。それどころか、下に降りてあげなかったら、皆が悲しむんだよ?」
「なんでっ・・・緑君はっ・・・そんなっ・・・優しいっ・・・言葉をっ・・・かけてくれるのっ!?」
「それは、僕をはじめとする皆が、君のことが好きだからだよ。未雲」
僕はその時初めて、彼女の事を呼び捨てにした。彼女―――未雲は、感情のない瞳を大きく見開いて、こっちを見つめている。そして、一度瞼を閉じて、そしてまた開いた。その瞳には、優しさ、愛しさ、友情、愛情などの美しいものが宿っていた。その瞳を、ゆっくりと細めて柔らかな微笑みを作った彼女は、僕に向かってこう言った。
「うん、ありがとう。緑―――/////」
言った後で顔を真っ赤に染める彼女が可愛くて、僕は強く、しかし弱く優しく未雲を再び抱きしめて、2人で手をつないで下へと降りた。
その光景を見ていたのは、僕と未雲と、そんな2人を照らす赤く優しい光を発する夕日だけだった。
さぁ、いよいよ明日は世界への第一歩―――
たとえ彼女が、このアジア予選しか日本代表として参加できないとしても、僕たちの思いは変わらない。それは、かつての日本代表がやり遂げたように、世界一になること―――!!